目に見えぬ空間へと伸ばした手が確かに掴む、『何か』。

 その感触が、指先から腕、全身へと伝わっていく。その直後に予感させる、勢いそのままに逃れようとする力。私は重心が揺らぐより先に、身体を捻じり上げるようにして、その力ごと背後へと引き戻した。

 手応えを得て、硬直していた手を開放する。その視線の先で、透明な質量が濁った悲鳴とともに石畳を転がっていくのが分かった。やがてそれは砂塵にまみれ、次第に輪郭を取り戻しながら、その動きを止める頃には、小太りの男が情けなく横たわる姿を晒していた。

 脂を帯びて生え際にへばりつく焦げ茶の髪、土埃でまだらに汚れる色白の顔、出た腹。帝国高官付きの従官服を身に纏ってはいるが、シワの走る布地や黒ずんだ裾が、普段からのだらしなさを雄弁に物語っている。たかが一度、石畳を転げ回ったくらいではこうはならない。


 ──そして私は、こいつの名を知っている。