昼を過ぎても、湿り気を帯びる裏路地。

 人々の住まう気配は確かにありながらも、曲がり角を行くほどに、遠く聞こえていた町の喧騒すらも消え失せていく。そういう場所を求めているのは私ではなく、その後ろを付いてまわる追跡者の方だ。そしてそれを、私を案内している男も理解している。とはいえ。

「姐さんには、いつも感謝してますぜ」
「ん?」
「おかげさまで美味いメシが食えてんですから」
「感謝するにも時と場所を選べ、お前と歩いているところを見られるだけでも面倒なんだ」
「おっと、こりゃすいやせん」

 ……とはいえ、このやり取りはさすがに白々しいのではないだろうか。茶番を演じる男の、口では謝りながらも『どうです俺の名演技』と言わんばかりに向けた顔には多少なりとも腹立たしさを覚えた。だが確かに私たちの声は、この陰鬱とした裏路地によく響いていた。


 ほどなくして男は、一見してどこにでもありそうな民家の前で足を止めた。その石造りの外壁は下部を苔が覆い、それから逃れるように蔦が這い上がる様は、空き家と言われれば誰もがそう感じるであろう佇まいをしている。だがその戸口だけは人の領域であること誇示するかのように、不自然な整い方をしていた。