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 たとえば40年前。30~40代のロックミュージシャン、アーティストはいたが60代、70代のアーティストはロックにいなかった。本人に確認していないが、中田潤も箕輪政博も今はおそらく60代半ばにはいるだろう。
 当時、ロックは10代、20代のものだった。たしか“25才以上の人間の言うことは信じるな”という凄い言説もあった。つまりロックの先のことは誰も知らなかった。クラシックほどの歴史はなく、ジャズほどの熟成はなかった。年齢が重なるにつれ、忘れられ鈍化していくものとばかり思えた。
 2024年12月5日高円寺ショーボート。この夜のイルボーンはすべてを覆した。
 前年の12月21日に同じショーボートで「箕輪政博復帰記念 イルボーン再結成ライヴ」が行われ、そこからこの一年間でバンドの編成はドラスティックに変わった。中田はVo&Bとして初期のパートに戻り、新Gとして浮乃、keyとして小石巳美が加わり、4人編成のままではあるもののそれまでのツインG、単独Bは解消され、編成としてはほとんど別バンドの様相をみせた。
 この劇的変化はバンド・サウンド全体にも凄まじい変化をもたらした。
 まず1曲目「ベイルート」。沸騰した塊が俺の全身を貫く。バカみたいな言い方だが“ドカーン!”という爆発音が腹から入って手足の先まで痺れわたる。2023年9月の無観客ライヴ、12月の箕輪復帰公演、2024年3月の川上啓之とヴァイオラ伊藤のツインG入り編成と観させてもらったが、それらどれともまったく異なる在り方のサウンドだ。これまでは張り巡らさたテンションの帳をそうっとめくるように恐る恐る触れる繊細さ、それにビビる、ある種のマゾヒズム的快楽を喚起させたが、こんなにもストレートに、パワフルなイルボーンはかつてなかった。中田と箕輪はあきらかにパワーアップした。これに寄与しているのはもちろん新メンバーの浮乃と小石だ。一瞬、イルボーンに不似合いと思えたフライングVを縦横無尽に操り、神経症的痙攣カッティングから速弾き、スライドプレイも絡め起伏の激しいプレイが次々と繰り出される。後半部での代表曲「死者」ではキース・レヴィンばりに殺意の強いイントロで死者が復活したかのごとき鮮烈な曲調へと誰も聴いたことのない「死者」に引っ張っていく。そして小石巳美は時折70年代フロイドやマグマにあったドリーミーかつジャズロックな音色を煌めかせつつ、ベーシックなベース・ラインをも担って楽曲の底を支える。今までベース運がなかった、と言う中田は初めて用いるフェンダー・プレジションで久しぶりにベースを持ち、特徴的なアルペジオ風和音プレイでアグレッシヴなバンド・サウンドの中にモネのようにカラフルな抒情を棚引かせてマッチさせる。すべてのパートが前に出るという音楽的奔流の中心にいる箕輪のプレイは芸術的な精緻さを失わせず大海の中でのびのびと泳ぎまくる巨魚のごとき生命感を叩き出す。本編最後の「さよなら昭和」では箕輪の高速タテノリビートをバックに中田のゆったりとしたメロディの歌が漂うという魔法のようなコントラストが眼前に現れ、ただひたすらびっくりして果てた。
「空と銃声」「アマテラス」「今夜、テレサと」のまだ収録作のない新曲もプレイされ、中田によればリハーサルもやっていないもう1曲のニュー・ソングがあるらしい。一刻も早いレコーディングを望む。
 前半部での「光州」が奏でられる前、中田は先頃ノーベル文学賞に選ばれた韓国の作家、ハン・ガンの代表作『少年が来る』を掲げ、12月3日に勃発した韓国での非常戒厳宣言の件に触れ、44年前の「光州事件」についての歌に入っていく。本編最後の「さよなら昭和」の終演後「戦争反対! 殺すな! 従うな!」と言って締め括った。
 80年代のパンク&ニューウェイヴから90年代のバブル崩壊期であったなら中田の声は俺にとってそれほどリアルに響かなかったかもしれない。しかし2011年の福島原発メルトダウン、2024年現在まだ続くロシア、イスラエルの戦争を経て、そんな時代の中田の声、イルボーンの音楽は、ものすごく近い。
 ロックとは何だったろうか。
 俺たちはまだ誰も知らないロックの先へと向かうべきだと、イルボーンは語りかけている。(石井孝浩)