8月21日深夜の放送で、『ナインティナインのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)が9月いっぱいで放送終了することが発表された。20年と半年という、「オールナイトニッポン」史上最長の記録を持つこととなったこの番組。テレビの世界で大スターであるナインティナインだが、ラジオでも一切手を抜くことなくこの超人気番組を続けてきた。
同番組がお笑いファンに与えてきた功績は挙げたらキリがないだろうが、そのなかでもひとつ、特筆すべき功績がある。それは、「さまぁ~ず」の再ブレイクのきっかけとなったことだ。
さまぁ~ずは、1990年代前半から当時のコンビ名「バカルディ」として頭角を現し、人気芸人への道を着々と歩んでいた。しかし、看板番組が日本テレビの人気番組『電波少年』の裏番組になってしまったことなど様々な不運やタイミングが重なったことにより、90年代後半から暫くのあいだ不遇の時期を過ごすことになる。
誰もが認める実力があるのに、売れない。それは芸人界では誰もが思うところだったようで、さまぁ~ずと同事務所所属で同世代の伊集院光は、さまぁ~ず(当時バカルディ)の元マネージャーが自分の担当になると聞いた際、「バカルディを売ることができないマネージャーなんて、大丈夫なのか?」と不安に感じたそうだ。
そんなさまぁ~ずの、特に三村マサカズのほうをいち早くフィーチャーしたのが『ナインティナインのオールナイトニッポン』だった。ナインティナインは、さまぁ~ずが不遇の時期を過ごしていたときから、三村のことを「関東ナンバーワンのツッコミ」として番組内でたびたび取り上げ、「〇〇かよ!」「〇〇じゃねーよ!」といった三村独特の強い語気のツッコミを岡村が頻繁にものまねしながらネタにした。
そしてさらには、そんな三村のツッコミネタだけを取り上げるコーナーも立ち上げ、当時仕事が激減していた三村を番組のゲストに招いたこともあった。その後、さまぁ~ずは改名などを経て再ブレイク。その際に世間に注目されたのは、三村のツッコミだった。
彼らの再ブレイクについては、ウッチャンナンチャンの内村光良の功績と考える人が多く、それは疑いようのないことではあるものの、三村は再ブレイク後に再度『ナインティナインのオールナイトニッポン』に出演した際、
「(再ブレイクは)ナイナイのおかげだよ。早めにフィーチャーしてくれた」
と語っている。ナインティナインの2人はこれに謙遜し否定していたが、本人がそう思うだけあって、さまぁ~ずの現在の確固たる地位に同番組がきっかけとして関わっていることは間違いないといえるだろう。
この他にも、大御所から若手まで様々なタレントをネタにし取り上げてきた『ナインティナインのオールナイトニッポン』。終わってしまうのは、ただただ寂しいばかりだ。
(文/宇佐美連三)
【参照リンク】
ナインティナインのオールナイトニッポン
http://www.allnightnippon.com/nainai/
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