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「政府が右と言うことを左と言うわけにはいかない」。
NHKの籾井会長による就任会見でのこの発言は、大きな物議を醸した。「公平・公正」「不偏不党」を掲げる公共放送の会長の言葉なのだから、当然と言えば当然である。さらに従軍慰安婦についての発言、籾井氏をNHK会長に任命した経営委員会の一部委員の過去の言動、理事全員に日付欄を空白にした辞表を提出させていたという「一般社会ではよくある」事実も明らかとなり、事態が収束するまでにはしばらく時間がかかりそうだ。

さて、冒頭の発言に戻ると、これはやはり放送法および公共放送の理念とは大きくかけ離れていると言わざるを得ない。「右向け右」という政府からの要求に従い、「右へ倣え」となるのであれば、公共放送としての意義そのものが問われるからだ。いくら就任早々で「右も左も分からない」新会長の発言とはいえ、NHKの歴代会長の中でも「右に出る者がない」ほどの失言だと言えるだろう。誤解を招きそうな表現が続いたので一応ことわっておくと、籾井会長や現政権の思想が「右より」だと言いたいわけではありません。あしからず。

しかしながら、この籾井会長の発言は、安倍政権にとっては想定外の痛手だろう。昨年秋、NHK会長の任命権を持つ経営委員会に自らに近い人物を4人も送り込んだ安倍首相だけに、これでは任命責任まで問われかねない。おそらく安倍首相の本音としては、籾井会長には自らの「右腕」としての役割を期待していたのだろう。しかし彼は、少なくとも現状を見る限り、適任ではなかった。「右腕」の資質が、欠けていたのである。

この「右腕」の資質については、公共放送や政治の世界に限った話ではない。ビジネスの世界においてもまた共通する話である。組織での有力者から信頼され、表だけでなく陰でもその人物のために尽力する。それが「右腕」である。決して他人事ではなく、いつ「右腕」に任命されてもおかしくはないのだから、籾井会長の二の舞を踏まないように、事前に想定しておいて損はない。「右腕」とは、いかにあるべきか。

そのヒントを、先人から学ぼう。日本の歴史上最も優秀な「右腕」とは誰か。それは間違いなく、岩明均「寄生獣」に登場する、ミギーだ。いわゆる普通の高校生、新一の右腕に寄生したパラサイトであるミギーは、「右腕」としての能力を存分に発揮し、結果として世界を救うことになる。ミギーにあって、籾井会長にはない、「右腕」の資質とは、具体的に何だろうか。


岩明均「寄生獣」は、こんな言葉で幕を開ける。「誰かがふと思った 『生物(みんな)の未来を守らねば......』」。NHK籾井会長に向けられた言葉のようでもある。みんなのための、公共放送。公共放送(みんな)の未来を守らねばならない。そのためには、「寄生獣」のミギーの活躍から「右腕」の資質を学ぶ必要がある。あまり多くても覚えられないだろうし、国会で後ろに座っている人たちからいちいち思い出させてもらうのも手間だろうから、ここでは簡潔に三つに絞る。

<1>「右腕」は自らを周囲の目にさらしてはいけない

ミギーは決して、自分の存在をアピールすることがない。周囲の人間相手に対してはもちろん、ほかのパラサイトに対しても自分の情報を知られることを拒む。「右腕」の正体が知られてしまえば、「本体」に対してもデメリットとなるからである。「右腕」が、自らの存在を主張したり、政治的な思想を(いかに個人としての考えとは言え)公の場で話すこと自体、得策ではないのだ。「右腕」であるならば、公の場ではなるべく主張を控えて、粛々と陰で暗躍する必要がある。

<2>「右腕」は部下から信頼されなくてはならない

今回籾井会長は、理事10人から「辞任届を書くことを命じられた」と証言されてしまった。これは言わば謀反であり、少なくとも籾井会長が理事からは信頼されていないことが明白になった。ミギーなら、そんなことはしない。ミギーにとって新一は、寄生先であるため「本体」ではあるが同時に「部下」でもあるという関係性だ。最初は種としての違い、倫理観の違いから対立するミギーと新一だったが、何度も話し合い、同じ目的に対しては少なくとも信頼し合うことで敵と戦っていく。権力者のそばにいる「右腕」だからこそ、部下へのケアは出来る限り怠らないようにしなくてはならないのだ。

<3>「右腕」はときに犠牲となる覚悟が必要である

ミギーは最強の敵、後藤と戦う際、ある手段を使って自らを犠牲にする。その覚悟を目にしたからこそ、新一は最後まであきらめることができず、勝ち目の少ない戦地に赴く。自分はあくまでも「右腕」であり、いつ切られてもおかしくない、いつだって犠牲になるという覚悟を、上に対しても下に対しても見せられることが出来るかが重要なのだ。そのとき初めて、上からの信用を得ることが出来、下が付いてくるのである。現状、残念ながら、籾井会長はそのそぶりを一切見せていない。おそらく今後は、そこが勝負どころになってくるだろう。

以上、「右腕」に必要な資質を、三つ挙げてみた。果たして籾井会長にこれが出来るかどうか。「寄生獣」の主人公、新一は、最強の敵である後藤と戦う際、マンガ史上に残る名言を残している。大ピンチに陥った新一は、絶望的な状況においてなお、こう自分に語りかけるのだった。

「なんだ......ほとんど可能性ゼロに近いんじゃないか!......でもやらなきゃ......確実なゼロだ!」

国民の、NHKに対する信頼は、籾井会長の言動によって今もなお「右肩下がり」の状況にある。しかしまだ、やり方によっては、信頼回復の可能性はゼロではない。やらなければ確実なゼロだろう。NHK籾井会長、ならびに安倍首相の判断が、今まさに待たれている。果たして彼らは、国民の声を、どう聞くか。

「右の耳から左の耳へ」となりそうな気も、しないではないが。

(相沢直)

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