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平愛梨は、肉まんとあんまんのどっちが好きなんだっけか、と、ちょっとだけ考えた。
コンビニのアルバイト店員であるぼく、相沢直は、二月も今日で最後だからってことで、バイト終わりで中華まんでも一つ持っていけよ、と店長から言われていたのだ。そのとき、中華まんをくわえている平愛梨の姿を、何の気なしに思い出した。食いしん坊な彼女は、かつて、ぼくの同級生だったのだ。学校帰りに必ず中華まんを食べていた、そんな記憶があった。あれは何まんだったんだろう。10年以上も前の話だから、さすがに覚えていないけど、ぼくは何となくあんまんを選んだ。やっぱりアルバイトで疲れた体には、甘いものが一番だ。
ひとつ、あんまんを貰って、「ありがとうございます! 助かります!」なんてお世辞を店長に告げて、ぼくは店を後にする。自転車の鍵を外し、あんまんが一つ入ったコンビニ袋を手にして、さあ帰ろうかと思ったそのとき、視界に一人の姿が入った。
平愛梨は、ぼくの姿を見つけて、くるくると笑う。彼女は昔からとても食いしん坊だったから、きっと狙っているんだろう。ぼくがついさっき貰った、アツアツのあんまんを。
ぼくは自転車を押す。平愛梨はぼくの後ろをぴょこぴょことついてくる。二月二十八日。今日は冬だって言える最後の日。ぼくと平愛梨は寒い冬の空の下、世界に二人きり。それで二人は、家路を急いだ。

(※注)
本記事は個人の妄想を勝手に書き連ねたものであり、以下の写真は本文の内容とは一切関係ありません。


「せっかく自転車なんだから、送ってこうか?」
というぼくの提案に、平愛梨はちょっと考えて、
「んー。でも、せっかく会ったんだから、歩いたほうがよくない?」
それもそうだな、と思い、ぼくは何も言わずに自転車を押して歩く。こいつ、昔からそうだったな、と思い出しながら。目的地まで急いて行くよりも、道の途中で好きなものを見つけるのが好きなやつだった。今こうしているときも、ちっちゃな男の子とにらめっこをして、笑っている。平愛梨は、昔からそういうやつだった。

ふと気付けば、彼女はぼくの持っていたコンビニ袋をじっと見つめている。その視線に気付きながら、ぼくはあんまんを取り出し、一人で食べてしまおうというふりをする。慌てたように平愛梨は、手を上げて、
「せんせー! 一人じめは、ズルいと思います!」
こういう馬鹿なところも、全然変わっていないから、ぼくは思わず苦笑してしまう。彼女は続ける。
「それに、二人で食べたほうがおいしくない?」

はいはい、とぼくはうなずき、平愛梨にあんまんを渡す。彼女は神妙な顔で受け取り、二つに分ける。残念ながら、相変わらず不器用だから、まっぷたつとはいかずに7対3ぐらいの大きさに分かれてしまった。平愛梨は、困った顔で考えこんでいる。
「いいよ。ちっちゃいほう、俺が食べるからさ」
彼女は一瞬で笑顔になる。表情がよく変わるところも昔のままだ。
「相沢くんって、顔に似合わず優しいよね」
「『顔に似合わず』は余計だっつうの」

そして二人は、あんまんをほおばる。湯気を立てたあんまんは、アツアツで、最後の冬の日にぼくたちの体を温めてくれた。平愛梨もニコニコと笑って、
「なんか。アツアツだねっ!」
「ん? ああ、そうだな。やっぱりあんまんは、アツアツじゃないとな」
「や、そうじゃなくて。なんか、さ」
と、彼女はぼくら二人を指出して、
「この感じが、アツアツじゃない?」
何言ってんだ、本当に。29歳にもなって、本当に子どもみたいに。
「あのなあ。そういうのは、付き合ってるカップルが言うんだよ。俺ら別に、付き合ってるわけじゃないだろ......」
そう言って、苦笑いを浮かべながら平愛梨の顔を見ると、まったく表情がよくここまでくるくると変わるものだ、彼女は今までぼくが見たことのないくらい、真剣そのものの顔をしていた。

ぼくは何も言えなかったし、平愛梨も何も言わなかった。自転車を挟んで、二人はただ黙って、歩いていた。黙ったまま、ずっと、ずっと。
もう、彼女の家の前だ。このまま、さよならをするのは、どうしても違うと思った。ぼくは言う。勇気を出して。
「あのさ。もし俺が、付き合ってくれ、って言ったらどうする?」

平愛梨は黙っていた。真面目な顔で考え込んで、そしてぼくに答える。
「一つだけ、条件」
「条件?」
彼女はぼくの顔を照れたような顔で見つめて、
「今度からは、肉まんにすること!」

予想もしていなかった言葉に、ぼくは呆気に取られてしまう。
「え? だって、甘いもの好きじゃないの? あんなにニコニコ笑って、おいしそうに食べてたのに......」
平愛梨は、首を横に振る。
「甘いもの、苦手なんだっけ?」
平愛梨は、首を縦に振る。
「じゃあ、何であんなに笑って......」

彼女の表情は、また変わる。照れたように真っ赤に顔を染めて、
「......好きな人の前だと、笑っちゃうんですっ!」

そして平愛梨は、玄関のドアを開けて、帰って行った。ぼくの胸はアツアツで、そして、とても甘くて。さっき食べたばかりのあんまんよりも、ずっと、ずっと。

(相沢直)

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