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現地時間の23日夜、2014ソチ冬季オリンピックが閉幕した。全てのアスリートが自らの限界に挑み、特に日本のフィギュアスケート陣は氷上で華麗に舞い、私たちに勇気と元気を与えてくれたわけだが、その熱い感動に冷や水をぶっかけた者がいた。森喜朗元首相、その人である。まさしく文字通りの、年寄りの冷や水であった。

森元首相は個人ショートプログラムにてジャンプに失敗した浅田真央選手について、福岡市の講演にて「あの子、大事なときには必ず転ぶんですよね」と華麗な失言を披露。まだフリーの前である。当然のようにこの発言は強い反発を呼び、東京五輪組織委員会会長という彼の肩書きに、トリプルアクセルの3回転半ならぬ、三くだり半を叩きつけたいと思った方も多いのではないだろうか。

発言の全文を読めば分かるように、おそらく彼も浅田真央選手だけを批判しようと思っていたわけではないのだろう。しかしながら東京五輪組織委員会会長という立場の人間がどんなニュアンスであれ「大事なときには必ず転ぶ」と発言すること自体、あまりにもスキがありすぎると言わざるを得ない。思えば以前から「イット革命」「神の国」「(有権者は)寝てしまってくれればいい」など、芸術点の高い失言を繰り返してきた森喜朗氏。なぜ自身の失言癖を忘れて、今回もこんな発言をするのだろうか。ものすごく忘れっぽい人なのだろうか、もしかして。

とまあ、森元首相の話は一旦忘れることとして、浅田真央選手の話だ。日本中が期待を持って見守ったショートプログラムにてジャンプに失敗した浅田真央選手は、フリーが終わってからのインタビューでこう振り返っている。「ショートでは団体戦のことがよみがえってきて緊張してしまった」と。つまり、団体戦での失敗を、彼女はショートの時点で忘れることができていなかったのである。

さて、ビジネスの場でも似たようなことはないだろうか。大きな失敗やミスをおかしてしまい、その苦い思いを忘れることができないという場面が。早く気持ちを切り替えて次の仕事に取りかかりたいと頭では思っていても、失敗の記憶がよみがえり、それがまた次の失敗を呼び、悪循環にはまってしまうという経験は、ビジネスマンなら誰しも一度はあるだろう。

そんなとき、私たちはどうすれば良いのだろうか。そして浅田真央選手はなぜ、ショートプログラムでの失敗を忘れて、気持ちを切り替えてフリーに挑むことができたのだろうか。


先に述べたように、浅田真央選手はフリーが終わったあとのインタビューにて「ショートでは団体戦のことがよみがえってきて緊張してしまった」と語る。そして、こう続けている。「でも、こんなに緊張するのは、集中できていないからではないかと気付いた」と。まさにこの言葉が、浅田真央選手の、アスリートとしての特別さを象徴している。

実は、脳の構造上、大きな失敗をした記憶や感情を大きく揺さぶられたときの記憶は、忘れることが非常に難しいとされている。これは脳の扁桃体には記憶と感情を結びつける役目があるからであり、感情が大きく揺さぶられたときの記憶ほど、脳によって勝手に重要な記憶だと判断されてしまうからだ。

では、どうすれば良いのか。忘れようとするのではなく、思い出しにくくするのである。脳が一度に処理できる能力には限界があるため、失敗を思い出さないようにするのではなく、むしろ脳にほかの情報を与えて、別の仕事をさせてしまったほうが得策なのだ。ビジネスで言うなら、失敗したことを思い出して反省するのではなく、とにかく別の仕事を沢山やる、あるいは関係のない情報を脳に大量に取り込む。そうやって無理矢理にでも思い出しにくくすることによって、結果として、失敗の経験が忘れられることになる。

浅田真央選手の言う「集中」が具体的にどのようなことだったかは推測するしかないが、おそらくはこれから挑むフリーのプログラムを頭の中で何度も確認し、それがうまくいくイメージをし、またこれまでの練習でうまくいった経験も思い出していたことだろう。その情報を脳に処理させることで、団体やショートでの失敗は、結果として忘れられることになったに違いない。「集中」を経て、挑戦したフリーの演技。浅田真央選手は世界中から喝采を浴びる演技を披露した。そして彼女は、それを見た全ての人に「忘れられない」感動を与えたのだった。

さて、その一方で、森喜朗元首相である。彼はあの発言の翌日、日刊ゲンダイからの電話インタビューに答えている。「大事なときには必ず転ぶ」という発言について追及された森元首相の答えは、こうだったらしい。

「(とぼけた口調で)俺、そんなこと言ったかなあ。」

もう忘れていた。

(相沢直)

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