『現代詩手帖』9月号には、ゼロ年代の若手詩人を代表する佐藤雄一氏と、『ヒップホップの詩人たち』をはじめとする著作がある編集者・都築響一氏による特別対論が収録されています。
「とくに地方を旅していると皆ヒップホップしか聴いていない現状がすごくある。でもそれはヒットチャートにまったく反映されていないと。しかもセールス的にもたいしたことはないわけよ。いちばん売れているTHA BLUE HERBだって十万枚とかは売れなくて何千枚のレベルでしょう。けど皆けっこう知っていたりする」
都響氏は、『夜露死苦現代詩』や『ヒップホップの詩人たち』といった著書を制作するにあたって、自ら取材を続けていく中で見えてきた、日本のラップの現状について述べていきます。そして、日本のラップを、「ヒップホップは自分の人生をそのままのせられる媒体」だと考え、覚えることが難しいと思われる長い詩であっても、ライブ会場にいる人々が皆で歌っている状況等を挙げて、ラップの裾野の広さを指摘します。
さらに、両氏の対談の中では、現代詩や俳句において長年に渡って問題となっている、定型と自由律の話も。
「日本語で韻文といったときに、ヒップホップもふくめて書いている人の九九パーセントは俳句か短歌です。定型がものすごくつよい。だから日本人は五七調がDNAに刻み込まれているかのようであり、したがって脚韻が踏めないという宿命論になってくる。日本語にはアクセントの強弱がなく平坦なので、日本のラップはこっ恥ずかしいものだし、日本語に根づく定型詩は五七しかない、という通念があるわけです。ただ日本のヒップホップはそのなかで新しい強弱、脚韻のフロウをつくっていった」(佐藤雄一)
日本のヒップホップシーン、そしてラップの可能性について、様々な角度から議論されてゆく、熱い対談。ヒップホップ好きじゃなくても、興味深い企画に引き込まれるはずです。
【書籍データ】
・『現代詩手帖』9月号 思潮社
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