DJ界で最近流行の業界用語がある:「ボタンプッシャー(訳注:再生ボタンを押すだけのアーティスト)」。DJがクラブブースからフェスティバルのステージへと移動するに連れ、機材はますます多様になってくる。そしてミックスをするDJと演奏を統括するプロデューサーとの境界線が曖昧になっていくに連れ、本物かどうかという問題が起きてくる。
言っておくべきだが、僕自身はDJだ。僕は、若い時に5つの世界DJ選手権で優勝した(本当にそんなものがある)。そしてこれが、僕が15年間やっている職業だ。だから、僕はこの問題に関して特別の責任を感じている。

従来は、DJはターンテーブルでレコード盤を回転させ、毎晩セット(訳注:選曲)を変えていた。そうだとしたら、ノートパソコンで演奏する奴はどうなんだ?ミキシングよりも両手を挙げることに時間を使っている奴らは?複雑な光のショーの裏でやっている奴らは?
評判の良いエレクトロニックプロデューサーのdeadmau5は最近、彼のステージ衣装であるロボットネズミのマスクをつけて、ロックのバイブル的存在である雑誌『ローリングストーン』の表紙を飾った。彼は"We All Hit Play."と題するTumblr(訳注:タンブラー:ブログとミニブログ、そしてソーシャルブックマークを統合したマイクロブログサービス)の実に率直なメッセージでそのことについて暴露した。そのメッセージの中で、彼の周到に計画されたステージショーがどのように上手く行くのかを説明し、「ライブ」という言葉は誇張だということを認めた。しかし、彼の口調は妙に防御的で、不当にもDJ間に議論を巻き起こし、彼らの技術を頭を使わない「ビートマッチング」と言うまでになってしまった...deadmau5は「俺は3歳の時からその技を持っているよ。」と書いている。

偶然にも同じ週、サタデー・ナイト・ライブのネタにも匹敵する、初めてDJをしているパリス・ヒルトンを映したビデオの話題でTwitter上は持ちきりになり、DJ界は文字通り落ち着かなかった(訳注:原文ではTwitterとatwitter(=落ち着かない)をかけている)。実は、この「ミリ・ヴァニリ(訳注:伝説の口パクデュオ。グラミー賞を受賞したが、後に別人が歌っていたことが発覚し賞を剥奪された)のようなDJ」議論は、「スティーブ・アンジェロ -- どのようにファンを欺くか」と題したYouTubeのクリップの出現によって、去年の夏からくすぶり始めたものだ。
そのクリップでは、DJグループのスウェディッシュ・ハウス・マフィアがシングルCDデッキから予め録音されたセット(一連の曲)を15分間演奏している様子を映している。これはショーの大詰め部分の映像で、花火、炎、そして白煙がある合図で一斉に上がったのだが、この部分を生で演奏するのは不可能だと、スティーブ・アンジェロは後で解説している。僕はスティーブのミックスを目の前で何回も見た事があるので、僕は彼の(本当に驚くべき)DJスキルを立証することができる。だけど、少しだけ援護しよう:ハウスミュージックに花火と炎と白煙?新しい何かがここで起こっている...

DJが現時点で注目されているのは、エレクトロニック・ダンス・ミュージックの人気急増によるところが大きいだろう。ここでもう1つの業界用語がある:EDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)。良くも悪くもこの急成長しているジャンルは、自ら生で楽器を演奏せずにノートパソコンで組み合わせの曲を作成する切れ者たちに支配されている。
このように、EDMパフォーマンスが何のジャンルに当てはまるのかという固有の問題がある。今年のグラミー賞を見てみると、デヴィッド・ゲッタdeadmau5クリス・ブラウンフー・ファイターズと一緒に扱われていたのは、ぎこちない異国のやり取りのように見えた。だけど、デヴィッド・ゲッタdeadmau5の音楽は人の心を惹き付けて大成功を収めたんだ。ファンは大きな会場でその音楽を体験したいと思っていて、そのジャンルでショーを築き上げる必要があるんだ。

フェスティバルでは、最大のLEDパネルと明るい照明で彼らのステージを装備するのに数百万ドルが使われ始め、この「体験」という名のライバルと張り合っている。今僕たちは「軍拡競争」の真っ只中にいて、すべてのDJが衝撃と畏怖で次のショーを上手くやろうと考えている。パフォーマンスの面が優勢になっていて、パラダイム(その時代や業界の考え方を拘束する枠組み、価値観)が変化しているのだ。観客は、以前は音楽を楽しむために DJたちに会いに来ていた。しかし今は、特定の音楽を聴くことを期待していて、さらにショーを見たいと思っている。
このことは僕自身が証明することができる:僕のセットでものすごく観客の反応があるのは、僕が自分で選んだ曲を流す時で、しかも僕の最大規模のライブに持って行く、電球で飾られたA字に組み立てた装置をステージに装備した時だ。しかし、疑問に思わなくてはならない。流行の曲や舞台装置がそれほど重要なら、DJスキルの入り込む余地はあるのか。僕は、ターンテープリズムと呼ばれる最もテクニカルな伝統となっているヒップホップの分野からDJ界に入った。僕は何年もの間毎日厳しい練習をして、スクラッチングやビートジャグリングやトリックミキシングの複雑なパターンを学んで作成したよ。僕にとって、この不可解な技術には特別なロマンがあるんだ。僕にとっては、これがDJをするということなんだ。DJをすることが僕の心を魅了するのは、それが音楽を演奏する破壊的な方法だからだ。
どんなジャンルにおいても -- ヒップホップかエレクトロニックミュージックかを問わず -- DJをすることにおいて、テクニックと選曲が同等の重みを占める。良い選曲は説得力のあるスピーチのようなものだ:メッセージは演奏のやり方と同じくらい重要だ。選曲が与えられた観客の前で(または観客に応じて)組み立てられた時に魔法が起こるのだ。DJがミックスする時、彼のクリエイティブな努力はその場で起こるものだ。
それとは対照的に、deadmau5のようなパフォーマーは、彼のコンセプト重視のショーではクリエイティブな創作はショーの前に行われており、そのおかげで彼は演劇のようにDJを行うことができるのだ。良い舞台は楽しく感動的で、とても価値のあるものだ。これはリンゴとオレンジ(訳注:英語では比較出来ないもののたとえで使われる)の古典的な論争である。deadmau5がtumblrに投稿したメッセージで間違いを犯してしまったのは、この2つを比較しようとしたからだ。僕は個人的に彼を知っている...彼は賢くて、ジョークが通じる奴だ。彼が、核心の部分でDJをするというのは何なのかということを完全に理解していない、または関心がない、と僕は思っている。だけど、それが彼の才能の価値を下げるものではない。

最近Dancing AstronautというEDMのブログで、"Dance Music Has Gone Mainstream But It Doesn't Have To Sell Out. (ダンスミュージックが主流になっているが、観客を裏切る必要はない)"と題した、とても的を得た論説の投稿があった。その投稿では、EDMのDJたちが独りよがりな選曲をし始めていることを非難している。その投稿者は、「私が心配しているのはDJが単に"再生ボタンを押している"ことではなく、毎晩毎晩同じ選曲を同じ順番で再生していることだ。」と述べている。
これはかなり本当のことで、deadmau5の混乱を引き起こした原因かもしれない。個人的なステージ演出の欠点を補わないで毎回同じ選曲を再生し、会場から会場を飛び回るDJにとって、弁解の余地はないだろう。この怠慢が実際に、「ライブ」パフォーマンスをより価値のあるものにしているんだ!大きなEDMフェスティバルの後で、DJのプレイリスト(訳注:選曲のリスト)を調べて見るといい。それらは驚くほど似ている。
この状況は風刺の対象になっている。ステージの花火、自家用機、テーブルの上に立つこと(...僕もそれについては罪を認めるけど)、それからそっくりそのままのプレイリスト。EDM界のヘア・メタル(訳注:髪に大きな特徴を持つヘビーメタル)のメロドラマが(訳注:見た目ばかりで中身が薄いことを示唆している)、30年間その大きなチャンスを待った文化の価値を下げているのだ。

本当のDJが生き生きとするのは、彼らが観客の心を読み、それと同時に観客を驚かせながら何時間も演奏して危険を冒す時だ。フェスティバルのステージでは、絶対確実な装置を使って壮大なショーを組み立てることは理に叶っている。今日の状況における至高の目標は、真の即興を統合する柔軟性を持っているライブパフォーマンスだと言っても良いのではないだろうか。それが究極のWin-Win(訳注:自分にも相手にも利益があること)だと言える。LEDスクリーンのような装備を避けて自分の持ち札で闘うことを選んだDJ達に対しては、僕は彼らの意志を尊重する。彼らには、観客に毎晩違うものを提供するようにして欲しい。もしdeadmau5の巨人兵ゴリアテに少年ダビデで対戦するなら、勝つことが大切だ (訳注:古代イスラエルの王となる少年ダビデが巨人兵ゴリアテを倒す聖書物語。そのゲームがある)。観客に挑戦するために自分自身に挑戦して欲しい。そしてこのジャンルを今発掘しているすべての新しいファンに対して言いたいことは、広い心でショーに来て欲しいということだ。自分の知っている曲を聴くために待つことはない。あなたがバンドを見ていないのには理由がある。DJをすることはまだ新しい音楽の最先端にあるのだ。自分自身で驚いて欲しい。
(原文: Don't Push My Buttons ※訳注:タイトルには「僕をイライラさせないでくれ」という意味もある)
-------------------------------
headshot-a-trak.jpg
A-Trak
グラミー賞ノミネーションDJ。プロデューサー。リミキサー>
言語
Permalink

 | Email this | Comments

RSS情報:http://www.fabloid.jp/atrak/dont-push-my-buttons_b/