是枝裕和監督の最新作『海よりもまだ深く』は、"なりたかった大人"になれなかったが、それでも生きている大人たちの物語。台風の夜、団地に一人住まいの母と長男、その元嫁と11歳の息子が偶然ひとつ屋根の下に集い、繰り広げる"元家族"のストーリーは海を越え、第69回カンヌ国際映画祭でも観客の盛大な歓待を受けた。その話題の一作について是枝監督と母・淑子役の樹木希林にインタビュー。人々を魅了する是枝作品について聞いた。
――今作は家族をテーマにした作品で、是枝監督はこれまでにも描かれていると思いますが、ご自身に家族が増えたことが作品に新しい影響を与えていることはありますか?
是枝:この映画のノートを作り始めた時期が2009年で、『歩いても 歩いても』(08)が公開した直後でした。その段階で阿部さんと希林さんは頭の中で決まっていて、でも物語になっていったのは一昨年くらい。脚本が出来たのが2013年の夏。撮る1年前ですね。その間に、僕も阿部さんも父親になっていることが一番大きくて。
『歩いても 歩いても』(08)は息子から見た母と父の話だったけれど、そこに父親という視点を加えてみようと思ったのは、僕にそういう変化があったからだと思います。
――過去の監督作品と比べて観る視点も楽しいですが、関連性についてはどのように考えますか?
是枝:ご覧いただいた方が関連性を考えてくださるのは良いのですが、僕の中ではそういうものがなくて、ただ『歩いても 歩いても』(08)と同様に劇中で歌謡曲を一曲かけるということだけは決めていて、そこに向かって走っていく作り方も踏襲はしています。けれども、それは自然とで意識してやっていることではないです。
樹木:結果的に"そういうこと"になっているんでしょう。順番もありますからね。
是枝:『海街diary』(15)を作りながら脚本を書いていました。むこうは原作があって、そこに自分がどうコミットしていくかという作業だったし、あれは背筋を伸ばして生きようとする人たちの話だったから、たぶん自分の中のバランス感覚としては、背筋が丸まったような人たちの話がしたかったというのはありますね。
樹木:あちらはあこがれの美人女優がいっぱいいて、自分の夢の映画作りで背筋が伸びたところはあると思いますが、わたしは団地は、これでごめんこうむりたい。今後はエレベーターがあるところでお願いします(笑)。
是枝:4階まで歩いて登るのは大変でしたよね(笑)。
――阿部さん演じる主人公がダメ男で、今までにも監督の作品にはダメ男が登場しましたが、今回の彼のダメ具合は凄まじかったです。
是枝:ギリギリまで攻めてみようかという(笑)。
樹木:わたしはそこまでダメな男って思わなかった。もっとひどいのが周りにおりましたので(笑)。
是枝:背中を丸めて生きている、時代のせいにしている男。そういう感覚ではとらえていました。だから特別な感覚ではないですが、ひとつひとつ撮っていくと息子としても父親としても夫としても弟としてもダメな男ではあると思います。
――スパイクにわざと傷をつけるシーンがダメ感を象徴していて面白かったです。
是枝:でもありますよね。「これでまけてくれ」というのって(笑)。人間の小ささとしては、きっと皆の中にあるものだと思います。
樹木:自分のことを見つめて、ある種の状況に置かれたら、ありますね。
是枝:でもその辺のニュアンスは難しいところです。自分ならどこまであるかということと、あるなって思いながらやることとの違いってすごく微妙だから。さらに、女の人から見た場合、どこまで許せて、どこまでありなのか、とても難しかったです。そこは阿部さんも苦労しながら、試すようにやっていました。
――樹木さんは短くない期間、是枝監督の作品に出られていますが、近くで観ていて思うことはありますか?
樹木:監督だってね、失敗作があるんですよ。本人はね、全部代表作と言うけれど、それはそれなりに。でもその都度、人間を見る目が成熟しているなあと思います。かといって上から目線ではなくて、そこの位置に下がって。一緒に生活をしている、物を作っている感じがとても魅力的ですよね。
是枝:なるべく子役にも――たとえば今回で言うと、吉澤太陽君にも橋爪功さんにも接し方としては同じように接したいと思っていますけど、そういうことは希林さんがそう。誰に対してもそうじゃないですか。
樹木:子どもと遠慮なくけんかしてますから(笑)。
是枝:誰に対してもそう。かっこいいもの(笑)。それがかっこいい大人だなって、希林さんを見ていれば思うんです。
樹木:今後は大胆になさっていいと思います。このお顔立ちでは偉そうに見えないので。お互いにほめあったところで、写真撮影に映りたいと思います(笑)。
映画『海よりもまだ深く』は、2016年5月21日(土)より、全国ロードショー!
■参照リンク
『海よりもまだ深く』公式サイト
http://gaga.ne.jp/umiyorimo/
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