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「恋する十四松」から見る十四松像

2015/12/02 22:10 投稿

コメント:30

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  • 考察
この記事は一ファンによる「もしかしたらこうなのではないか」という妄想に近い想像を文章にした、公式とは無関係の考察です。それを了承した上でご覧ください。


この考察(と言えるほどの記事ではない)は、前回の考察(http://ch.nicovideo.jp/eryo/blomaga/ar920736)を基にしているので、先にこちらに目を通しておくと理解していただけるかもしれない。

 未完成な意味の解らない記事になっているかと思いますのでご了承ください。

十四松は天使?

 これまで私は、どちらかというと十四松は、善悪ではなく「楽しいかどうか」を行動の判断基準にしていると解釈していた。例えば2話で溝川バタフライをしていたのは楽しいからだし、5話で猫を探しに行ったのは「これでは楽しくない」とおもったから、というように。要するに、一歩間違えると凄く「危ない」奴だと思っていたのだ。根は優しい人間であるのは確かで、母性本能に語りかける「かわいさ」も持ち合わせてはいるものの、手放しに「天使」と言っている人間を理解はできないでいた。

 しかし、9話Bパート「十四松の恋」を視聴し、その考えはガラリと変わった。


十四松のキャラ設定

 まず一度十四松の「おそ松さん」でのキャラ設定を確認する。

 松野家の五男。六つ子の中では核弾頭的な存在。
 異常に明るく、異常にバカである。

 公式でも言われているが、要するに「明るい狂人」である。

9話から見る「十四松」というキャラクター

 十四松は今まで作中に於いて様々な奇行を行ってきた。しかし9話である女の子に恋をして、家庭での振る舞いが一変する。いつもは大声で動き回っているところであるのにとても大人しくなり、銭湯では湯船で泳ぎ回る子供を注意までしている有様である。

 ここまでは一般的な恋愛ものとそれほど変わったところはない。想い人を意識して普段の振る舞いが変わる、という描写はよく見るのではないだろうか。

 しかし、この考察で一番重要なのは、「家族の前での振る舞いは変化しているのに、『彼女』の前では普段通りの狂人である」という点である。惚れてしまってもなお「彼女」の前で狂人であるのは、「彼女」に笑っていてほしいからであるとわかるのだが、それでは何故十四松は家族の前での振る舞いを変えたのだろうか。

 それは、「十四松は素で狂人であるわけではないから」である。つまり、「彼女」に恋をした後の家庭での振る舞いこそが、素の十四松なのだ。そう考えなければ、わざわざ兄弟の前で振る舞いを変える意味がわからない。

 私は「『おそ松さん』のキャラ設定は、現代ウケするようにおそ松たちが考えて付けたのではないか」という解釈をしている。だから、前述した「素」の十四松とも合わせて考えると、いつもの十四松は「視聴者の笑顔の為に狂人をやっている」ということになる。

 だとすると、十四松の今回の行動は「キャラ設定の放棄」である。

 そうまでして兄弟の前で、言ってしまえば視聴者の前で素を出さざるを得なかったのかと言うと、「十四松は恋をしていたから」だ。

 恋をして「あの人の事で何も手につかない」ということを経験、もしくは何らかの作品で目にしたことがあるだろう。十四松はその状況だったに違いない。だから視聴者のために狂人をやるのも忘れ、好きな野球もせず、雑誌を見て「彼女」と行くデートプランを立てていたのである。

 「十四松の恋」の期間、十四松の優先順位において「彼女の笑顔」が「視聴者の笑顔」を上回ったのである。

結論

十四松は聖人


 もう私には「十四松天使」を否定する術はない。十四松は聖人である。彼の行動は全て誰かの笑顔のため。5話での行動も全て一松と猫の為だし、トッティ回で床を拭いていたのもトド松のためだし、9話で一松をバットに括り付けて素振りをしていたのは恐らくМの一松が喜ぶからである。そして他人に怒る描写もないし、原作の「優しいが気が弱い」という設定を引きずっている。十四松は優しい。よく考えてみれば十四松が遊び以外で人を攻撃したことは(肉体的にも精神的にも)なかった。

 私は今までこの「天使」描写はいつかサイコパス的描写でどんでん返しをするための布石だと思っていたのだが、真逆だった。いままでの狂人行動やある意味ポーカーフェイスなあの表情は、9話のための布石であったのかもしれない。今までの十四松を見てきた私たちは、十四松の号泣や真剣な表情に、確実に心を動かされる。 ……


 あーもう真面目に考える必要なんてない

 十 四 松 は 天 使

 今まで誤解しててごめんね十四松

 これからもマジキチボケで笑わせてね


えりょ
Twitter:eryo_sadaharu
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http://com.nicovideo.jp/community/co2695359



コメント

げん
No.28 (2015/12/06 01:39)
これ読んだ後、9話「恋する十四松」の最初にあるおそ松の台詞
「これが十四松。地獄みたいに滑っても、手数が多いのが十四松」
を聞くと、十四松はギャグとしてああいう行動を取っているのであり、素では無く、演じていると解釈できる。
狂人を演じる十四松という見方は、この人の言う、「赤塚不二夫から自立し、自分たちで現代の人を笑わそうとするおそ松たち」、という構図がより一貫性をもつようになっておもしろいかな、と思いました。
チキンラーメン
No.29 (2015/12/08 01:06)
>>28
だとすると、今後他の松でも自立したいつもの松では無い部分が出てくる可能性が出てきますね。
特にキャラが固定されてるカラ松が、ギャップのある姿をAかBパート丸々使って。
2クールあるらしいので楽しみです。

あとは最終回に十四松の彼女が一緒に出てくれると幸いです。(彼女ではなく”ガールフレンド”でしたが)
げん
No.30 (2015/12/08 03:37)
>>29
そうですねえ、楽しみです。コメント書いた後に、八話の鑑識やってる十四松を思い出して、ああ、これもあてはまるなあ、とか考えてしまいました。
ギャグアニメなんだから、そんな解釈しなくても、と思われる人もいて、確かにそうなんですけど、でも、こういう楽しみ方もあって、それで次を期待することも認めてほしいなあ。
なので、ブログの主さんにはこれからもどんどん新解釈を期待してます。
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