友紀夫・享・大二郎・孟が構想する   「東アジア共同体」

日米廻り舞台 検証フテンマ             第1部米国の深層 vol.5 「基準」(琉球新報提供)

2014/03/24 09:45 投稿

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  • 11月27日
基準
 会場の名護市民会館のガラス越しに、詰め寄った市民らの怒声が届く。窓の向こうには「怒」の文字が書かれた数多くのプラカードがかざされていた。
 2010年5月4日。米軍普天間飛行場の県内移設への方針回帰を伝えるため、就任後初来県した首相鳩山由紀夫は、騒然とする中、名護市長の稲嶺進と向かい合った。
 鳩山は直立したままだ。
 「県外移設をさまざま模索したが、やはり(ヘリコプター部隊と)陸上部隊の共同行動がどうしても必要との議論が先方(米国)からなされている。あまり遠い所に移設地を求められない」
 念頭には、米側から約2週間前に示された普天間を県外移設する場合の距離の「基準」があった。
 09年8月の衆院選で代表の鳩山率いる民主党は308議席を獲得する圧勝で政権交代を果たす。沖縄での党公認候補の応援演説で鳩山は普天間移設をめぐり「県民の気持ちが一つならば最低でも県外」と発言、公約として受け止められた。
 新政権発足後、県外を含めた新たな移設先を検討するが、沖縄から離れた本土には飛行場と演習場を一体的に移す必要があるとの認識に縛られ、作業は難航した。
 鳩山は自ら決着時期と定めた「10年5月末」が迫る中、本土と比べて沖縄の演習場から近い、鹿児島県徳之島への移設案にいちるの望みを託す。
 「徳之島を全力で追及したい」。同年4月2日。関係閣僚会議でこう明言し、政府は徳之島を軸に対米交渉と地元調整を進める方針を固めた。だがその半月後、在日米大使館で行われた米側からの説明で希望は打ち砕かれた。
 米側の説明について書かれた政府の内部文書には、演習場のある沖縄からヘリコプター部隊を移転する場合の条件として
 

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