あの男が格闘技界に帰ってきた――!! RIZIN実行委員長榊原信行である。PRIDE代表としてゼロゼロ年代の格闘技ブームの一翼を担った榊原氏は、同イベントの営業権をロレンゾ・フェティータに譲渡した2007年の春以降、格闘技界から姿を消した。近年その際に交わした競業禁止の契約が解けたことから、業界への復帰が噂されていたが、新しい格闘技イベントRIZINを12月29、30日、31日の3日連続という驚きのスケジュールで開催。イベントのアイコンとしてあのエメリヤーエンコ・ヒョードルに復帰を決意させ、そしてPRIDEをあっけなく切り捨てたフジテレビとの“復縁”……カムバック早々、雷音轟かせている榊原氏の生の声を12000字でお届けしよう。
――六本木で行なわれた記者会見では、ヒョードルや高田延彦の登場、桜庭和志vs青木真也実現、フジテレビ中継の決定など、スタートダッシュに相応しい発表内容になりました。
榊原 伝えきれていないことのほうがまだ多いんじゃないですかね。まだ大晦日まで2ヵ月近くありますから、いろいろと発表していきたいです。なんの実績もないですし、多くの選手と契約しているわけではない新しいイベントなので本当に大変ですけど(笑)。
――各詳細についていろいろとお聞きしたいんですが……まず現役復帰を果たしたエメリヤーエンコ・ヒョードルの獲得です。交渉を始めたのはどのタイミングなんですか?
榊原 今年の2月末ですね。アメリカ・コネチカット州で行なわれたベラトールを見に行ったときです。そこで約10年ぶりくらいにヒョードルに会ったんです。泊まったホテルがヒョードルと一緒で、そのホテルで朝飯を一緒に食べたりしながら、いろんな話をしました。
――その時点でヒョードルは復帰の決意は固まっていたんですか?
榊原 いや、そのときはまだ復帰の考えはなかったと思います。ヒョードルが「榊原さんは格闘技界に復帰しないんですか?」って聞いてきたから「ヒョードルが復帰するなら考えるよ」と答えたんですけど(笑)。それがすべての始まりですね。
――そのとき榊原さんの中ではRIZIN構想はあったんですよね?
榊原 ありました。ただ何かひとつでも欠けるものがあれば難しいだろうという考えもあって。戻るための準備をひとつひとつしていって、やっと踏ん切りがついたのが10月8日の会見です。必要とするピースが集まらないのであれば、白紙にするつもりでしたから。
――ヒョードルはそのピースの一つだったわけですね。
榊原 はい。イベントのアイコンとして存在できるファイターが必要だった。それがミルコ(・クロコップ)なのか、ヴァンダレイ・シウバなのか……往年のPRIDEを支えてくれたトップファイターが賛同してくれるのかどうかはとても大きかったんです。たまたま期せずしてヒョードルと再会を果たして、そこから彼の復帰に向けていろいろと話を始めたんですけど。
――復帰を決めたヒョードルですが、途中でUFCと交渉していることも明らかになりましたね。
榊原 選手側からすれば至極当然なんじゃないですか。せっかく復帰するなら、他からの提案を聞いてみたくなるのは世の常ですし。僕らが提示した条件と比較検討することがあっておかしくないと思いますから。
――ヒョードルとの交渉過程で何か要求や条件は求められたんですか?
榊原 ヒョードルのいまの仕事は、ロシアのプーチン大統領の命を受けて、若手の総合格闘家に教えることだったんです。いずれにせよ復帰することを決めたときに、プーチン大統領の命を受けた仕事をやめることになる。それには許可が必要なんだということは繰り返し言っていましたね。
――となると、ヒョードルの復帰は、大袈裟に言うと国家の威信をかけたものにもなる(笑)。
榊原 だからヒョードルも相当な覚悟はあったと思いますよ。じつはプーチン大統領の肝いりで、ロシアでは11月1日から国営のスポーツチャンネルがスタートするんですけど、そこでRIZINの生放送がほぼ決まっています。先日六本木の会見後にもそのテレビ局から取材を受けました。
――ロシアのメディアから榊原さんの取材オファーが殺到してるみたいですね。
榊原 ヒョードル復帰はロシアでも大きなニュースになっていて、僕は2日前にもロシアのラジオ局の電話インタビューを受けました。ヒョードルはそんなに口数が多くないですから、彼が言い切れないことを僕が代わって受け答えしていたりして。彼の復帰は一般ニュースで流れるくらいの反響がある。それくらいロシアでは国民的スターなんですね。
――RIZIN参戦は、ヒョードルにとってロシアという国にどう向き合うかも問われての選択だったのかもしれませんね。
榊原 そこはヒョードル本人とも話をしているんです。ただ単にファイトマネーを稼ぐというだけではなく、ロシアの若手選手の道を開くことは彼のミッションだし、日本とロシアという近くて遠い両国を近づけるために我々ができることはもっとあるはずだよねって。
(C)RIZINFF
――ヒョードル獲得はRIJINというイベントにとってかなり大きい出来事なんですね。
榊原 ヒョードルの決断は嬉しかったですけど、そのぶん責任を感じるというか。
――“責任”ですか?
榊原 ボクらはほかに契約選手がいるわけではないじゃないですか。UFCと契約したほうが……というか、いまの格闘技界の現状では、UFCにしかヒョードルにマッチアップできる選手がいないというか。
――たしかに有力ファイターはUFCがほぼ独占してますね。
榊原 ファンの中には「ヒョードルとUFCと契約したほうがあの選手ともこの選手との試合が見られる」という意見もあるじゃないですか。ただまあ、これは悪口ではなくて、UFCの中でもそこまでして見たいカードってないと思うんですよね。一巡しちゃったところはあるし、ファブリシオ・ヴェウドゥムやビッグフットとの再戦で感情移入できるかといえば、そこまででもないだろうし。たとえばヒョードルvsブロック・レスナーをやるというのなら話は別ですよ。
――それは見たいですね(笑)。
榊原 僕も見たいですよ(笑)。そういうスケール感でマッチアップするならUFCでもヒョードルの良さも活きると思うんですけどね。
――RIZINとしてもどんなカードを組むのかという責任があるわけですね。
榊原 我々としては新しい未来に向けて新しくスタートが切れるカードを組みたいと考えています。それはヒョードルにとっても、その対戦相手にとっても新しいスタートになるような。
――今回の会見ではサラリと発表されましたが、フジテレビの放送決定はこれまでの経緯を振り返ると信じがたいサプライズでした。フジテレビとはいつ頃から交渉はされていたんでしょうか?
榊原 年明けの早いタイミングですね。フジテレビさんの中で格闘技中継にまた携わるということは、社内的には大きな決断であり、部署を超えて調整が必要になることだと思ったんです。そうなると時間は必要だし、長期戦になると考えたので、かなり早いタイミングからお話はしていましたね。
――榊原さんが代表を務めていたPRIDEとフジテレビの“過去”からすれば、放送どころか交渉することすら厳しいと思うんですが……。
榊原 そうですよね。あのとき僕らが失ったものはとてつもなく大きかったわけじゃないですか。PRIDEがフジテレビさんの放送を失うことによって、国内での格闘技人気はもちろんのこと、我々の会社の信用力も失いました。でも失ったものは再び取り戻すしかない。そこで、心あるフジテレビの関係者の方々に「なんとか大晦日の枠を開けてもらうことはできないか」というお願いを何度もしたのが今年の春先ですね。
――お話はまとまるもんなんですね。いや、もちろん契約成立までには相当大変だったと思いますが……。
榊原 よくまとまったなあと思って。
――榊原さん自身もびっくりですか(笑)。
榊原 交渉してみなきゃわからないとは思っていたけど。いずれにせよテレビがなきゃ格闘技界に戻る意味がないなあと思ってはいましたね。それは先程も言ったピースのひとつですよね。
――フジテレビ社内からは反対の意見もあったと思うんです。
榊原 あったでしょうね。最初から満場一致で歓迎しているわけではなかったでしょう。
――榊原さんとしては、こうしてフジテレビと再び手を組むことで、PRIDEの無念を晴らしたという思いはあったりしますか?
榊原 いやあ、無念を晴らしたというほどはスカッとはしてないですよ(苦笑)。戻れたことはありがたいけど、戻った責任も当然あります。フジテレビさんがこうして大英断をしてくれたことに対して、僕らが結果をもって応えないといけない。ここで満足はしてられないですよね。大晦日に格闘技を取り上げようと推進してくれた方々が、フジテレビの社内で評価されるような結果を残さないといけない。それは数字や中身でしかないので、全力でやるしかないですね。
――記者会見ではコンプライアンス担当の弁護士が登場されましたが、そこは前回の騒動を踏まえてのことなんですね。
榊原 そこは重要になってきますよね。8年前のPRIDEのことを考えると、あの当時はコンプライアンスという言葉も耳馴染みのない言葉でした。僕自身、まさか放送中止に追い込まれるとは思ってなかったんですよね。とにかく前に向かっていいものを作ってファンに喜んでもらう、それがイコール、テレビ局やスポンサーさんに喜んでもらうことにつながる。だからとにかくファンの目線、興味をつないでいくことに注視していたので、企業としてマスコミ対策や風評被害などのディフェンスをしていくという意識はなかったんです。コンプライアンスもそうだし、何かトラブルがあったときの対応策のマニュアルもなかった。こうして新体制のイベントが始まるにあたり、「反社会的勢力と関わりあいがあるんじゃないか」「榊原信行は反社会的勢力なんじゃないか」とか面白おかしく書かれるに決まっていると思ったので、新体制の中ではコンプライアンスのプロとしての対応をしてもらおう、と。そういう体制を取っておかないと結局何かあったときに、テレビ局、ファン、選手、関係者に迷惑をかけてしまうことになりますから。
――今回フジテレビと契約できたことは、PRIDEのときも含めてコンプライアンスに問題はないという判断をしてもらえたということなんですか?
榊原 コンプライアンスに何か問題があれば、こうしてまた放送することにもならないだろうし。それに今回は政府のプロジェクト、JLOPの支援も受けることが決まっているんです。
――ジェイロップ?
榊原 海外の100カ国近くへの放送することがほぼ決まっています。日本のコンテンツを世界に広める事を後押しする政府のプロジェクト、JLOPのご支援で、各国言語で放送・配信する事へのサポートをいただいているんです。コンテンツを売り込むためには、その国に合わせて翻訳をしたりとローカライズしなきゃいけない。そこのサポートをしてもらえるんですよ。つまりクールジャパンの一環として格闘技イベントを世界中に配信できるんです。
――フジテレビに政府のプロジェクト。なんだか凄いことになってきましたね(笑)。そういえば以前、榊原さんはクールジャパン関連で何か講演をされていましたが……それもRIZINの布石だったんですか?
榊原 そうです。
――そうだったんですか(笑)。
榊原 かつて韓国が日本やアジアにコンテンツをどんどん売り込んで、日本の放送局がこぞって韓流ドラマを買っていたわけじゃないですか。あのときDVDがどれだけ売れたことか。韓国のアーティストも外貨獲得という使命を持って日本市場に乗り込んできたわけです。日本も韓国から遅れること10年、年間何百億という予算をかけていろんなコンテンツを支援しているんですよ。アニメやアイドルもそうですが、日本は“武道の国”というリスペクトが世界中からありますから、メイド・イン・ジャパンに格闘技はフィットすると思うんです。日本に武道や武術のルーツがあるという点では一応に理解してくれるところはありますからね。
――そうやって着実にイベントの地固めしてきたわけですね。
榊原 僕らが過去にかけられたネガティブなイメージを払拭するためには、社会的に信用のある取り組みに貢献していくしかないですよね。プーチン大統領に対しても「大晦日のヒョードルの試合を見に来てください」というレターをヒョードルを通じて出しているんですよ。
――大晦日にプーチン参戦ですか(笑)。
榊原 実現不可能と思われることを大真面目にやっています(笑)。絵空事に聞こえるかもしれないけど、可能性はゼロじゃないというか。プーチン大統領は柔道をやられていましたし、ロシアで行われたヒョードルの引退試合も見に来られていましたから、可能性がゼロとは言い切れないじゃないですか。大晦日さいたまスーパーアリーナのリングサイドで、安倍首相とプーチン大統領に並んで観戦してもらいたいですよ(笑)。
――国家規模の話で言えば、中東のオイルマネーがRIZINに投資しているという噂もありますが……。
榊原 ああ、8月にバーレーンの王子と会っていろいろと話をしたのは事実ですよ。王子が大の格闘技好きということもあって、国策としてアマチュアの選手をプロ格闘家として育てるカリキュラムをスタートしたんです。それがKHKというチームなんですけど、今回の大晦日にも選手が出てくる可能性はありますね。オイルマネー云々は、この業界らしい噂話ですよね(笑)。
――日本の大晦日イベントに中東の石油王が投資する意味がないので不思議な噂だなって思ってたんです(笑)。
このインタビューの続きと、石川雄規、アニマル浜口物語、スコット・コーカー、プロレス点と線、金原弘光、中井祐樹日記、笹原圭一書評などの記事がまとめて読める「詰め合わせセット」はコチラ http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar901262
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