先日、UFCと電撃契約を交わした川尻達也。PRIDE、DREAMのライト級で活躍し、現在はフェザー級無敗の5連勝を果たし、UFCからは「レジェンドファイター」として歓迎された。デビュー戦は年明け1月4日シンガポール大会が内定していると言われているが、今回の契約を「ファイター人生最後の挑戦」と位置づける川尻にその意気込みを伺った。
怖いですよ。こんだけ煽って負けたら。でも、そこで勝負しないと「その他大勢のファイター」になっちゃうし。プロである以上はファンを期待させてナンボだと思うんで。
川尻 今日の午前中に佐藤大輔さんと対談してたんですよね。
――どんな話をしてたんですか。
川尻 どんなって……加藤さん(DREAMプロデューサー、元PRIDE武士道プロデューサー)についてとか……。
――なんというテーマですか(笑)。DREAMといえば大晦日はどうなるんですかね。
川尻 それがわっかんないんですよ。大晦日やるか、やらないのか……。
――ブシロードが協力してプロレスイベントをやるとか、いろんな説がありましたよね。もう加藤さんとは連絡はとってないんですか?
川尻 はい。でも、UFCに行く話はちゃんとして「応援する。頑張れ」と言ってくださって。
――川尻さんのUFC行きって夏頃にも話があって、そのときは断ったそうですね?
川尻 いや、断ったというか、日本のイベントからもオファーがあったりしたから決断しきれない状況で。関係者から「じゃあUFCと契約したらどんな内容なのかを聞いてみる?」って言われたから軽い気持ちでお願いしたんです。そしたらUFCから契約内容がきて「3日以内に決めてくれ」と。
――UFCは契約しましょう、と。
川尻 でも、さすがにいろいろと通らないといけない道があるから3日以内は無理だったという話で。
――川尻さんからすれば、DREAMと書面で契約はしてないけど、そこは通さないといけない筋があったということですね。
川尻 古い人間かもしれないけど、そこは簡単に断ち切れないですよね。ボクも契約を交わしてないから自由と言えば自由なんですけど。プロとして食えるようになったのはDREAMスタッフのおかげですから。
――以前のインタビューでも明らかにしていましたが、去年の今頃も海外挑戦を考えていたわけですよね。大晦日にグローリーとの合体イベントでDREAMが開催されたから幻になっちゃいましたけど。
川尻 去年もDREAMがなかったじゃないですか。そのときにいろいろと考えたんですよ、UFCやONE FCとか。ただケガをしちゃって決められないでいたら大晦日にDREAMをやるってことになって「ああ、これは日本でやれっていう運命なんだな」と。そこで日本でやっていく覚悟を決めたんですけど……まあ、あの大晦日以来、試合がなくて。
――今年はどのタイミングで海外行きを考えたんですか?
川尻 それはもう1月から(笑)。
――早っ!(笑)。
川尻 いや、だって「ホントにこの先DREAMはあるの?」って半信半疑だったというか。でも、2月にまたケガをしちゃって半年間は休養期間を置くことにしたんですよ。前にケガをしたときは無理して試合をしたから今回はしっかり治そうって。それで半年経って、ある日本のイベントからオファーがあったんですけど、条件面で実現しなくて。それで試合がないとわかったらまったくやる気がなくなっちゃったんです。もう練習でも簡単にやられちゃう。このままもし大晦日にDREAMがあったとしてもこの状態なら絶対に負けるし、なにより強くならないなって。やっぱりファイターである以上、自分の中で強くなり続けなきゃいけないと思ってるんで、そのためには何かを変えなきゃって。だって、去年からずっと立ち止まったままじゃないですか。
――試合も何も決まってなかったですし、未来が見えてなかった
川尻 そんな状況で誰かの一歩を期待するより自分から動かなきゃいけないと思って、そういう中で選択肢はいろいろあったんですけど、ベストはUFCなんだろうなって。
――川尻さんはプロだからファイトマネーを稼ぐこともモチベーションの一つなんでしょうけど、ファイターとして本能の部分に刺激を与えるための選択でもあったということですか。
川尻 ホントそうですね。いままではDREAMのためになればいいというか、相手が誰であれいい試合をすればいいくらいの感じだったんで。それが今年DREAMがまったく開催されない状況の中でどうすればモチベーションを保てるんだろうって。
――それくらいDREAMへのモチベーションは高かったんですね。
川尻 ボクはあんまりPRIDEに思い入れはないんですね。そこにはけっこうこだわってないんですよ。だってPRIDEはボクが作ったもんじゃなくて最後にちょっと出たというか、出させていただいた感じなんで、思い入れに関して言えばやっぱりDREAMなんで。やっぱりDREAMはボクらから始まったもんだし、自分の力でなんとかしたかったイベントですから。
――PRIDE武士道もそうでしたけど、そのDREAMって“世界最強”の座を争ってる雰囲気ってあったじゃないですか。
川尻 そうですね。DREAMも最初はありましたよね。ファンもそういうムードがなくなったのは、ボクが(ギルバート・)メレンデスに負けたりしたからでしょうねぇ。
――結果はともかく世界一を争えていた雰囲気はあったじゃないですか。そこはファイターとしてかけがえのない刺激なわけですよね。
川尻 ですね。フェザー級になってから小見川(道大)さんとの試合なんかも、小見川さんはUFC帰りだったから「もし川尻がUFCに出たら……」という見方は絶対にあったと思いましたし。ただ、今後日本でやっていくうえでその雰囲気や刺激を味わえるのは難しいと思うんですよね。
――川尻さんクラスの選手にいまの日本でそういったマッチメイクはちょっと難しいですねぇ。
川尻 だからこのタイミングでUFCに行けるんなら、もうやるしかないっすよね。やっぱり一番強い男を目指すというか、それがなかったら格闘技をやる意味はないし、もうボクも35歳だし。これが30歳だったらまだ時間もあるから、青木と同じ選択をしたかもしれないし。でも、何かにチャレンジができるのは最後だと思ってるし。
――ツイッターで「それに今回の選択は家族の為でもなく日本のMMAの為でもなく、完全に自分の気持ちを優先させた。勝ち続けなきゃファイトマネーも低いし家族にも迷惑かけるけど、それでも最後に挑戦したかったんだ」と書いてましたけど、そんなにDREAMとのファイトマネーって違うもんですか。
川尻 ボクは日本での評価は高いんですけど、大事なところで負けてるからアメリカでの評価はあんまりですよね。DREAMでのファイターマネーは世界から見ても高かったです。
――でも、今回の契約もUFCのフェザー級にしてはかなりの好条件でジョン・チャンソンがタイトルに挑戦したときよりも上の金額だとぁ。
川尻 1から始める選手と比べたら全然いいですね。でもそれは勝つことが前提のボーナスなんで。
――いわゆるウィンボーナスですね。たとえば基本給が2万ドルなら勝てば倍になる。
川尻 でも、基本給は高くないし、それは軽量級自体の相場がそうで、チャンピオンにならないと凄くは稼げないですね。
――でも、相当ワクワクされてるんじゃないですか。ツイッターからもそれがストレートに伝わってきますけど。
川尻 それはもう!(笑)。「やってやる!」って凄くハングリーですもん。PRIDEに出たときと一緒ですよ。なんとか目立ちたいし、UFCから必要だと思われる選手になりたいというか。本場で必要とされるのは大変かもしれないけど。たとえばUFCがアジア展開するときには必ず名前が挙がる選手になりたいですし。そのためにはとにかく勝ちたいなって。勝つことで充分というか、一戦目が大事だと思ってるからシンガポールを選んだし、日本と時差がないじゃないですか。そこでアジア人とやってもお互いに時差がないから、できればアメリカの選手。そうしたらこっちが日本でやるのと変わりないからホームじゃないですか。あとどうせ強い奴しかいないなら名前のある選手とやったほうがいいし、いまフェザー級で怪我をしてなくて骨格的にも劣ってない選手がいるとすればカブ・スワンソンなのかなって。
――ランキング4位のファイターですね。
川尻 カブ・スワンソンなら身長もリーチも劣ってないし、絶対にテイクダウンはされない自信があるし、もちろん打撃は強いけど、そういう面を引っ括めてカブ・スワンソンとやりたいなって。それは闇雲に言ってるわけじゃなくて、デビュー戦がアメリカならカブ・スワンソンとやりたいとは絶対に言わないし、そこはまずは徐々に慣れていきたいんで。
――そこはちゃんと作戦を練られてるんですね。いままでもそういう戦略を立てながら試合を受けていたんですか?
川尻 いや、今回が初めてですね。いままでは言われた相手と闘ってきたし、場所は日本だったから。これが初戦がいきなりブラジルだったらキツイですよ。それくらい今回の初戦は凄く大事にしたいです。DREAMの初戦、つまずいたんで(苦笑)。
――ブラックマンバ戦ですね(笑)。試合は勝ってますけど、つまずいたんですか?
川尻 「やっちまった感」はあったんで。
――そこは試合内容への意識ですね。
川尻 いまはもうとにかく勝つことだとは思ってます。しっかり勝つこと、なおかつ良い勝ち方できればいいかなって。負けたら終わりだなって。だってガッカリですよね、こんなに自分で煽って周りにも煽られて「はい、負けました……」だったら(苦笑)。
――え~、ハードルはかなり上がってますね(笑)。
川尻 それはもう自分でもそうしてるし、何かを得たかったら何かしらのリスクを背負わないといけないし。……そこはリスクを背負っていつも負けてきたんでね。いつも大事なところで勝ちきれてないなって。
――「大事なところ」というと、五味隆典、エディ・アルバレス、魔娑斗、青木真也、ギルバート・メレンデス戦、ですか。
川尻 そうですね。負けてるのはそこだけなんですけど。いつも期待を背負ってるときに負けるんで。そこをなんとか……ギャンブルじゃないけど、いっつも大事なところで外してるなって。そこで勝ってれば、ハイリスク・ハイリターンでもらえるものも違っていたんでしょうけど。
――そこを引きずってるところあります?
川尻 ありますね。……ありますよ!(笑)。
――まあ、そうすよねぇ。
川尻 今回も怖いですよ……。こんだけ煽って負けたら……でも、そこで勝負しないと「その他大勢のファイター」になっちゃうし。プロである以上はファンを期待させてナンボだと思うんで。
――ファンに有り金を賭けさせるくらいのファイターじゃないと! という。
川尻 そうじゃないと「勝ちました、負けました、次の試合を頑張ります」じゃあプロのファイターじゃないですもん。
――しかし川尻さん、こういった土俵際の試合がたびたび巡ってきますね。
川尻 やってますね、なんか(笑)。
――そこはめぐり合わせなのか、実力はあるのにそういう機会が訪れない選手もいますからね。
川尻 ホント恵まれてますよ。ボクなんか毎回負けてファンがお金を失ってるのにまた賭けてくれるんですよ? そのファンの気持ちを考えると胃が痛くなるから深くは考えないけど(笑)。
――プレッシャーですよねぇ。思えば、90年代末はプロレスラーのMMA挑戦に多くのファンはロマンを賭けて酷い目にあってきましたけど、ここ10年は日本格闘技界が興行的に沈んでいく中、アメリカという巨大な市場に立ち向かっていく選手に思いを託してるところはありますね。
川尻 そういったファンの思いは共有したいですね。これは児山(佳宏)にも言ったんですけど、一番は魔娑斗やKID選手のような世間に届くスーパースターになることだけど、俺らは普通だし、特別な存在だなんて思ってないし、華はまったくないし……でも、そういうファイターが頑張ったり、つまづいたりする姿を見て、自分の人生と重ねて応援したり、頑張ろうと思うファンだっていると思うんですよ。世の中、スーパースターだけが必要じゃないよって。ファンと格闘技に真摯に向き合っていれば応援してくれる人はいるよって。ボク自身もデビュー戦で負けたときにこれからは格闘技に誠実にあろうと思ったし、嘘をつかないで練習もサボらないし、真正面からぶつかろうと思ってやってきたし。
――人間として、ファイターとしての誠実さ。
川尻 そうやっていればわかってくれる人はいると思うんですよね。
――でも、川尻さんは誠実さだけじゃなくて、なんだかんだで勝ってますからね。
川尻 勝ってます?
――じゃなかったら応援はしませんよ! そこに実績がないと思いは託せませんよ。
川尻 でも、そこはある意味で勝って当たり前の選手に勝ってるだけだし。今回はラストチャレンジなんで負けたら破産ですよ。今回、負けたら賭けるものはないですよ、年齢的にも。だから面白いんじゃないですかね、格闘技って。
――いや、凄くハラハラしますよ。応援してる格闘家が負けたら自分の人生が否定されるよう思いをするファンもいますから。
川尻 感情移入、凄いですもんね。桜庭さんの試合も凄かったですもんねぇ。ビクトー(・ベウフォーと)との試合なんて他人の家でPPVを見てるのに立ち上がって叫んでましたからね(笑)。そこが格闘技のいいところですよね。
――今回もそういう試合に確実になりますね。
川尻 みんなが破産させないようにしなきゃ(笑)。
<後編はこちら>
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