「ファイト・オブザセンチュリー」とも賞され、プロ選手もファンも熱狂したUFC Fight Night 33(2013年12月6日)での「マーク・ハント vs. アントニオ・シウバ」。この試合を米MMAメディアがどう伝えたか、興味深い戦評などからかいつまんで紹介してみたい。
*****その1
唐突に実現したUFC史上最高のヘビー級戦が終わると、アントニオ・シウバ、マーク・ハント両選手が負けるところを見たい人など誰もいなかった。同じ強さのハートが激突したこの激闘のあとに、恣意的に勝者を決めることなど、むしろ茶番にすら思えた。2人のジャッジが最終ラウンドをハントの10対8と付けたのは、ロマンチックにすら思えた。
ハントとシウバはかつてトレーニングパートナーだった。今回2人は頼まれて仕方なく試合をしたのだ。両選手とも、方向性を失っていたということはある。シウバは、王者ベラスケスに2度にわたって完敗を喫し、いまではヘビー級で中途半端な位置にいる。PRIDEの余生にすぎないのかと思いきや、みんなを驚かせ続けているハントにしても、前回ドスサントスに敗戦し、王座戦線的には居場所がない。
多分この試合は一度限りのものとして味わうのがいいのだろう。再戦をしても、これ以上を望むことは酷だ。彼らはとっくにみんなの期待を大きく上回っている。引き分けという結果がこんなに正義に思えることも珍しい。明日なき戦いをした2人に、明日を押しつけるのは無粋だろう。
(出所)Chuck Mindenhall, Classic between Mark Hunt and Antonio Silva is one to be savored, MMA Fighting, Dec 7 2013
*****その2
「エンターテインメント」という言葉はここではふさわしくない。その言葉には、楽しいけれどもすぐに忘れてしまうような経験も含まれてしまう。「ハント vsビッグフット」は、右目から入って左目から出ていくような、つかの間の慰みものではなかった。感情むき出しのスリラーは、特に最後の13分間、視聴者が人生の厄介事をすべて忘れることができる「体験」そのものだったのだ。
4R途中から、私がかろうじてしがみついていた「ジャーナリスト的中立性」はまるで意味を持たなくなった。腕の上から下から湧き出してくる鳥肌が止まらない。これはもはやスポーツの競技ですらなかった。自己実現を目指す巨大な男たちの、永遠の戦いであった。ハートと呼んでも意志の強さと呼んでもいいが、両選手が示した勝利への一本気なこだわりが、この試合を特別なものとした。人間の限界ギリギリまで打ちのめされても、両選手は負けることを拒んだ。もしあなたが、顔面にパンチを受けたことがなくても、これまでの人生で、それを得られるなら何でもやるというくらいに何かを強く求めたことがあるのなら、両選手がむき出しにした意志の強さを、直感的に理解することができるだろう。
ここには、チャンピオンを目指すことや、エリートファイターだと呼ばれることとは別の種類の偉大さがある。MMAには、Wikipediaの戦績欄や、FightMetricの統計では計り知れない要素があるということだ。
著名なスポーツライター、グラントランド・ライスがかつてこう書いていたことを思い出した。「勝ったか負けたかではない。どんな風に戦ったか、が問題なんだ。」
(出所)Steve Borchardt, UFC Fight Night 33 results: Bigfoot Silva and Mark Hunt cement their legacies in strangely satisfying draw, MMA Mania, Dec 7 2013
*****その3
UFC Fight Night 33のメインイベントに、それほど長い時間がかかるはずはなかった。ハントもシウバも、ほとんどジャッジの世話になったことがない選手だ。試合前の賭けによれば、この試合は1.5Rで決着するはずだった。
2001年以来のUFCの試合で、引き分けとなった試合はわずか0.6%である。ヘビー級では引き分けは過去に前例がない。また、ヘビー級の試合で5R判定決着となったのは、2007年の「ランディ・クートゥア vsティム・シルビア」以来のことだ。
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