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UWFやリングス、K-1まで、様々なリングで戦ってきた長井満也インタビューシリーズ最終回!です (聞き手/ジャン斉藤)


長井満也インタビューシリーズ


⑧K-1参戦、安生洋二の前田日明襲撃……リングス退団後の長井満也

⑨掣圏道SAプロレス、馬場元子さんの思い出

魔界倶楽部/柴田勝頼K-1参戦

幻の新日本プロレスvs北朝鮮軍人

暗黒・新日本の象徴「アルティメット・ロワイヤル」の裏側




――
毎回大好評だった長井満也さんインタビューは今回で最終回になります!

長井 リングス退団で終わるのかと思いきや、ここまで長くなるとは思わなかったですね(笑)。

――
リングス退団後のお話もめちゃくちゃ面白かったです! 今回は新日本プロレス退団からお伺いしたいんですが、当時の新日本はユークス身売り寸前でかなりドタバタしてましたけど、どういう状況だったんですか?

長井
 ボクは魔界倶楽部でやらせてもらってたんですが、ヒザを大ケガしちゃったんですよ。もう1年近く試合に出られないほどの大ケガで、内側、前十字、膝蓋の靭帯をいっぺんに切っちゃったんです。

――
な、何をすればそんなことに……。

長井 それが大したことじゃないですよね。エプロンから飛び降りるときに左の足だけで着地しちゃったら、それでやっちゃったんですよ。ボクの骨が丈夫だったから骨折はしなかったけど、その代わりに靭帯が全部切れちゃったみたいで。

――
じつはプロレスって大技というよりも、ちょっとした動きで大ケガをすることが多いですよねぇ。

長井
 そうなんですよね。大技の場合は見構えるから、そんなにケガはしないんですけど、不意のことでやっちゃうんです。ボクの場合はヒザが曲がっちゃいけないほうに曲がっちゃって、手術して長期欠場。3~4ヵ月入院しました。あのときの新日本の社長は誰だったんだろう。草間(政一)さんかな。

――
新日本の大株主だった猪木さんから経営再建を託されたけど、最終的に猪木さんから見放されてしまった草間さん。

長井
 最後の契約更新のときはサイモンさんが社長でしたから、新日本の方向が定まらなくて一番揺れてたときだと思いますね。

――欠場中のあいだは、お給料は出たんですか?

長井
 新日本プロレスのすごいところは選手それぞれ「1年間この金額で契約します」となったら、12で割って毎月お給料を渡すから、欠場中もしっかりもらえるし、入院費用も全額見てくれるんです。しかも大きな病院で最初から最後まで個室でしたからね。けっこうすごい金額がかかったと思いますよ。

――
そこは手厚いんですねぇ。

長井 もしフリーだったり、小さい団体の所属だったらすべて自分持ちになっちゃうので、私の家族は路頭に迷ってたと思いますね。でも、社長がサイモンさんに代わって、次の契約更改はみんな厳しいことになるなと。

――
このままだと新日本は潰れかねないから、ギャラダウンや契約破棄が相次ぐだろうと。

長井
 結局ボクも契約なしになったんですよね。それはもう仕方なかったですね。だってケガで1年間、仕事してないんだもん。ボクのように外部から来た柳澤(龍志)選手も契約してもらえなかったり、契約できた人でもその条件がすごく厳しかったんですよ。やめても残っても、あのときは大変だったみたいですね。結局退院したあとに会場に挨拶に行ったりしたぐらいで、試合ができる状態には戻ってなかったんで。現場のリアルな声はよくわかってなかったんですよね。

――
大ケガでリハビリ中に解散してしまった新生UWFのときとまったく一緒ですね(笑)。

長井
  そうなんですよ(笑)。あのとき藤波(辰爾)さん、西村(修)さん、吉江(豊)さんも新日本をやめて、無我ワールド(現ドラディション)を作ったじゃないですか。そんな動きがあることも知らなくて、「長井も一緒にやらないか」って声をかけてもらって初めてわかったぐらいですね。

――
藤波さんたちは、このまま残るくらいなら新団体を作ったほうがいいと判断したわけですね。

長井 そのちょっと前に長州さんが新日本に復帰して、現場監督をやる・やらないという騒ぎがあったじゃないですか。そこに対する反発もあったんじゃないかって思ったんですよね。吉江さんは棚橋くんのパートナーみたいな感じで、悪い使われ方ではなかったし、西村さんも生え抜きとしてずっと新日本に上がってたから。それでもやめるのは、よっぽど長州さんに対するアレルギーがすごかったんだなと思いましたね。

――
それに当時の新日本出身のレスラーは、野心があってタニマチも多いから独立したがりますよね。

長井
 ボクは新日本に入る前に、全日本を始めとしていろんな団体に出させてもらってたから、新日本の条件がよくないといっても他のところに比べたらダントツにいいんですよ。でも、新日本で育ってきた人たちにしたら「こんなに悪くなった……」と受け止めちゃうんでしょうねぇ。新日本生まれの新日本育ちだから、やめても同じような生活レベルができるんじゃないかなと思ってしまう。でも、ボクは新日本以上のものは無理だと思ってましたから、期待をしてないっていう言い方はよくないけど。

――
そこは橋本(真也)さんも武藤(敬司)さんも「やれる!」と飛び出したけど……。

長井
 ボクはおふたりとお話したことないですけど、たぶんそうなんだと思いますよ。外に出てやったら、もっと稼げて自分のやりたいようにやれるんじゃないかなと。プロレスバブルのときはできたかもしれないですけど。昔の新日本契約更改のときって「誰が揉めた」という記事がいつも出てたじゃないですか。

――
恒例の風物詩で、それすらもストーリーにしてましたね。

長井 でも、ここ数年は何もないじゃないですか。そこはみんなわかってきたんだと思いますよ。新日本を出てやってもそんなにうまくいかないって。あの頃でいえば佐々木健介さんや高山善廣選手だったりがフリーで大成功してる例があったから、やめても結果が残せるというか、やれるんじゃないかという夢もあったのかもしれないですね。

・無我がダメで、ドラディションがうまくいった理由
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