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かつて『紙のプロレス』誌上で毎月のようにマット界内外の時事ネタを評論してもらっていた、音楽家にして文筆家の菊地成孔氏インタビュー。今回は「アントニオ猪木」について伺いました!(聞き手/ジャン斉藤)


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――
今回は2022年10月に亡くなった猪木さんについておうかがいしたいんですが、菊地さんは猪木さんのドキュメンタリー映画『アントニオ猪木をさがして』は、ご覧になってますか?

菊地 いや、見てないですね。そんな映画があったんですね。

――それがめちゃくちゃ評判が悪くてですね。猪木さんがご存命のときに実写映画を制作する動きがあったんですが、亡くなられてしまったことで、その実写プロジェクトを活かしつつ関係者に話を聞くドキュメンタリー要素も加えられて公開されたんです。

菊地 最初は猪木さんの実写映画だったんですか?

――
はい。猪木さんとゆかりのある選手・関係者インタビューの合間に80年代の猪木さんに熱狂する子供たちのドラマパートや、リストラされた中年男性が偶然にも見た猪木さんの試合で再び活力を取り戻す00年代のドラマパートもあるんです。狙いはアントニオ猪木は一般人にも影響を与えていた、と。

菊地
 へー、その話だけ聞くと面白いじゃないですか。見たくなってきましたよ。

――
ある意味で面白いんですけど(笑)。映画全体をまともに褒めてる人は1人もいないというか、ボクが褒めてるくらいだったり。唯一評判がいいのは、青年時代の猪木さんが当時働いていたブラジル農園のロケなんです。猪木さんと一緒に働いてた人の談話を聞くことで、猪木さんのブラジル時代を追体験できるオープニングなんですが、だんだんと雲行きが怪しくなっていって……。

菊地
 クオリティが高いのかと思ったら、そのうち酷いことになったり、違うものになっちゃうのは、なんだか今っぽいですね。

――
神田伯山先生が巌流島現地で猪木vsマサ斎藤の講談をやったり、要所要所で面白いことはやってるんですけどね。

菊地
 工夫もしていると。でもまあそうやってメディアミックスしていくのは新日本っぽい発想ですよね。昭和からそんな感じじゃないですか。

――
タイガーマスクから、たけしプロレス軍団まで。

菊地
 いまの新日本は昭和と違って安定企業ですけどね。その映画は単館上映だったんですか?

――
じつは全国的にやってました。

菊地
 なるほど。ボクは瀬戸内寂聴さんの晩年のドキュメンタリーで音楽をやってたんですけど、あれはいつのまにか公開されて、いつのまにか終わってたんですよ。毀誉褒貶と言いますけど、貶す人もいないし、褒める人もいない。まあ空振った感じというか。

――
あ、その作品の存在は知りませんでした。寂聴さんくらいだともっと知られていても……。

菊地
 まあ不思議なもので、いまは昭和の偉人の死を悼む感じが全体的に低いんですよね。これがもし昭和のうちに猪木さんや寂聴さんが亡くなったら、もっと大変な騒ぎになったと思うんだけど。いまは昔みたいに有名人・芸能人のお葬式のテレビ中継がないですよね。

――
ああ、たしかに見かけなくなりましたね。

菊地
 ワイドショーのレポーターが「いま誰々が駆けつけました」とかお葬式の現地中継があったんですよ。テレビからいつのまにか見なくなった。それはコロナの時期からなのか。中継どころか葬式自体を大々的にやらないんですけど。

――
「家族葬で済ませました」というケースも増えて。

菊地 昔は「巨星、墜つ」というクリシェがあって、偉い人が死ぬとしばらく喪に服すという感じがあったというか。いまはSNSの空間の中では献花のように追悼メッセージが集まるのかもしれないですけど。こないだ創価学会の池田大作さんが亡くなったじゃないですか。この事務所と創価学会の本拠地はすぐ近くですけど、昭和だったらこの通りが死を悼む人たちでいっぱいになるような絵があってもおかしくはない。

――
ワイドショーのヘリが上空から、その行列の絵をとらえたり。

菊地
 先代の戸田城聖さんが亡くなったときはボクが生まれる数年前だから、世の中がどんなふうにその死を受け止めていたかはあんまり覚えてないんですけど。いまは死んでも「死んでないことにしている」という感じはあるんですよね。まあ「永遠の命」を求めるのは昔からで。スターリンもそうですけど、ソビエト連邦時代のロシアは偉人が死ぬと冷凍保存してるんですよ。

――
赤の広場に保存されていますね。

菊地
 古代エジプトでは王様が死ぬとミイラにしたり、「死んだんだけど死んでない。まだ生きてますよ」ってことにするのは昨日今日始まったことではないとも言えるんだけど。何か永遠性と繋がる状態で保存したいという気持ちから「死んだらそれっきりだ」ってことにはしない。とまれ、そうはいっても死は死であって。現代人はその代わりにお葬式をがっつりやりましょうと。お祭りみたいな感じで弔って、おしまいにする喪の作業がちゃんとあったんだけど、ここ最近急激に減ってるわけですよね。

――
喪の作業を通して親しい人間の死をゆるやかに受け入れるところがありますね。

菊地
 要するにいまは喪の作業ができないことで、死を受け入れられない。でも、SNSでは「誰々が死んだ、亡くなった」というニュースに溢れていますよね。それこそ知らない人間の死も情報として飛び込んでくる。やっぱり死に対する恐怖は生々しいし、喪の作業をスルーすることで死に耐えられない。とくに自死には深くは触れない時代だし、そこに関しては、見てる人がPTSDにならないように徹底的なシフトがあると思うんですよね。だから自死の人が出ると、ニュースの最後に必ず自殺対策のネット広告が出る。あの広告の効果だって、逆効果の部分もあると思うんですけど、とはいえ判を押したように機械的にノータイムで出るでしょ。喪の作業がそれだけになってしまう場合もある。

――
死という事実に接するけど、儀式を通して悼むことがしづらい。

菊地
 そこはスマホが持っている暴力ですよね。死というものをぐりぐりに押し付けてくる。たとえば、まだコロナを飼い慣らされてなかったとき、病院で酸素マスクをつけた姿をアップしているアメリカ人は山ほどいたんだけど、SNSは見るはずのなかったものを突きつけてくるじゃないですか。これはジャンさん相手にツイッターが定着する10年以上前に喋った気がするけど、ブログが流行ることで何が怖いかといえば、自殺する前日のブログが読めるのは繋がりすぎだと。そこまでインターネットに繋がらなくてもいいんじゃないかってことで。

――
ボクも薄い繋がりのあるライターがすごく昔に自死されてしまったんですが、最後のブログの日記からは死の匂いがしないことが逆に怖くて。

菊地
 いまはブログじゃなくて、ツイッターでより簡単に繋がりますからね。以前だったらちゃんと検閲があったし、地上波もちゃんと選別していた。まあインターネット以前もフェイク動画はありましたけど、いまはどこに検閲があるのかといえば、イーロン・マスクがやってるわけじゃないし、検閲をやってるとすれば、大衆による集団検閲ですよね。キャンセルカルチャーだなんだと言って「そんなものを見たくない」とやめさせる。女性のドキュメンタリー監督が自分のお父さんがガンでなくなっていく姿を撮った映画『エンディングノート』という作品と、小学生の子供たちに豚を育てさせて最終的にその豚を食べるかどうするか議論する映画(「ブタがいた教室」)が同時期くらいに流行ったのかな。「死の問題をちゃんと考えましょうよ」という動きも社会の中でも潰されてるとは言わないけど、市場が支持しないというかたちで潰す。もしくは代理店が潰す、消費者が消費しないことで潰そうとする、ある種のボイコット運動。これは悪徳商品だから買うなとかじゃなくて、静かなボイコット運動ですよ。死なんてものはなるべく隠したいものになってるから、なおさらですよ。

――
亡くなったことを「お隠れになる」と言いますね。

菊地
 肉体がないSNSの中では死は概念的になっちゃうんですよ。有名人が死ぬっていうことは身近なことじゃなくて、SNSの中で起こる情報なんだけど、ほぼほぼSNSの人っているでしょ。SNSがすべて。そういう人は有名人が死ぬことが昭和・平成よりも身近になってるし、リアルすぎるんですよね。喪の作業もしないから耐えられない。そんな中、劇場型の人生だった猪木さんは、YouTubeで衰えていく姿をまざまざと見せつけていったじゃないですか。誰もが「もうそろそろ猪木さんは死ぬな……」ってところを見せて、そしてとうとう死んだ。そこは猪木さんの人格と適合していますよね。猪木さんを知っている人間なら「猪木さんなら死にゆく姿も見せるんだろうな」って想像していたわけですよね。

――
猪木さんらしいの一言ですよね。

・夢とトラウマを与えるアントニオ猪木
・猪木YouTubeはなぜ削除されたのか
・志村けん、有吉弘行に見た「令和の追悼」
・秘密のカーテン・ジャイアント馬場という存在
・猪木さんはウソの死も見せていた……まだまだ続く

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