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かつて『紙のプロレス』誌上で毎月のようにマット界内外の時事ネタを評論してもらっていた、音楽家にして文筆家の菊地成孔氏インタビュー。今回はRIZIN大晦日のシバターvs久保優太問題について伺いました!(聞き手/ジャン斉藤)


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・朝倉兄弟とYouTube論■菊地成孔

・プロレスラー、SNS、リアリティショー……この3つを背負うのは重すぎる■菊地成孔

・菊地成孔☓佐藤大輔■「ローリング20」におけるRIZINと東京オリンピックの行く末

・鬱と宗教とUWF……プロレスの信仰心はどこに向かうのか■大槻ケンヂインタビュー


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菊地さんに大晦日RIZINのシバターvs久保優太の感想を伺いに来ました。

菊地 昨年末は特別に忙しかったという事情もあって、大晦日のRIZINは録画はしましたけど、見れてもいないっていう状態で。今回の取材で資料なんかをもらってようやく騒動を把握した感じですね。そもそもボクは基本的にネットでニュースを見ませんし、あいかわらずガラケーユーザーで、SNSを一切やってないので、情報も能動的に取らないと取れない。なのでシバターさんの騒ぎは先日まで全然知りませんでした。

――そういう環境だと八百長疑惑の情報は入ってこない、と。八百長の疑惑がかかった試合だという前提でご覧になった感想は……。

菊地 <完全にはっきり、八百長の試合に見えた>ってほどではなかったです。それが八百長の怖いところで。誰もがはっきりわかるんだったら、それはそれで楽しいわけだし、同時に貧弱でもあるんですけど。いきなり総論めいちゃいますけど、今回のことはSNS自体の強度が強いから、あからさまになっただけであって。人間そのものは昔からまったく変わってないというか。たとえばパパラッチが使ってた小型のカメラとか、それまでなかったものがテクノロジーの進化によって生み出されている。そのツールの強度が上がってるので、目の前に突き出されるもののリアリズムが強くなっているだけなんです。事実なんてすべてが百鬼夜行。エンドユーザーとガバメントの知恵比べはずっと続けているだけのことですし、情報漏洩やリークがあったり、ブラックジャーナリズムがあったりすることもなんら変わってないわけで、ただツールが変わっている。今回もLINEのスクショとかが表に出て「これが動かぬ証拠だ!」ってなるんだけど、「どういうつもりで言ったのか?」「これはどれほどの悪行か?」という解釈が生じ始めて、結局、人の心の中に還元されるじゃないですか。そもそも一個人が「私は嘘はついておりません」「これは嘘でございます」と主張しても実際には本人すら本当のところはわからない。どういうつもりで言ったのかを当事者説明しても、また藪の中に入るんですよ。それは昭和どころか、古代から変わってないんじゃないですかね。

――実際に八百長か否かの議論は分かれてますし、シバター選手や久保選手もどこまで本心なのかはわからないですね。

菊地 ギャラクシー賞を受賞したNHKの『光秀のスマホ』という番組がありまして。続編として『土方のスマホ』も制作されたんですけど、明智光秀や土方歳三の生きた戦国時代や幕末にスマホがあったら?という翻訳ドラマで。スマホという魔法の機械がタイムリーブで過去にポンと出てきたんじゃなくて、最初からスマホがあるという前提です。新選組で揉め事が起きたらグループLINEでみんな知ったり、裏アカで文句を言ったりとかいろいろとあるわけですよ。要するに、いま我々が掌中に収めてるスマホは、幕末や戦国時代であろうと無理なくアダプトできるし、ちゃんと収まっているってことが面白味になってる番組なんですけど。やっぱりネットを通すことで視聴覚に訴える情報が強烈になってきてる。「キチガイに刃物」って言いますけど、キチガイにスマホで、あれはとんでもない道具ですよね。少なくとも刃物と同程度には。

――今回の件にかぎらず、ネットが事件を怪物化させた面もあるってことですね。

菊地 今回の事件の流れをテキストで追っていくと、ボクだけじゃなくて誰もが「大した話じゃないよ、これは」って思うはずですよ。そもそもボクは少なくとも日本の総合格闘技はプロレスの範疇に入ると思ってるんですけど。

――それは真剣勝負云々ではなく、プロレスという概念を通して格闘技を見ているということですね。

菊地 RIZINファンの方々に申し上げたいのは、あなた方が見てるものは広い意味でプロレスですよってことですし、プロレスであることは全然恥ずべきことじゃない。みんなプロレスに感動してるんです。プロレスは素晴らしいと思ってます。もちろん、特定プロレス団体のことを指しているんじゃなくて、原理的に、ですが。いまの新日本プロレスとRIZINは違うものですけど、RIZINも新日本も同じ遺伝子を持ってる兄弟みたいなもんなんだよね。それはコンプライアンスやエビデンスではとても斬れない価値観の中、豊かさを謳ってきたもので。技術論もけっこうだし、SNS等々で選手の日常を知って追ってくのもけっこうだけど、みんなプロレスとして楽しんでいるし、プロレスを愛でているのだ、という。個体別の話にしていくと、これは斉藤さんのほうがご存じだと思いますけど、結局RIZINはUWFインターナショナルですよね。

――榊原さんの原点はUインターで、興行における表現方法がいまはMMAになってるだけですね。

菊地 いまは「Uインターの遺伝子」と言って理解できる読者も減ってるでしょうけど。結局RIZINはUWFインターナショナルの流れをくむもので、完成形に近い「まだら」だと思いますよね。それはUインター、PRIDEという流れで最初から一貫している。リングスやパンクラスの遺伝子でもいいんだけど、Uインターが一番プロレスに近かった。ガチ寄りの「まだら」として完成しています。RIZINというのは、その遺伝子を受け継いだPRIDEからブリッジオーバーしてるわけで。あるときから完全に清廉潔白な団体になりましたってわけではなく、人脈は変わることなく続いてるわけですよね。

――プロパガンダ省は煽りV制作の佐藤大輔さんですし。

菊地 RIZINはなんていうか、「PRIDEの浦島太郎」みたいな感じで、まだキング・カズの息子がどうとか言ってるわけだから、何か懐かしいですよね。何歳からオールドファンなのかはわからないけど、40代のファンの彼らはきっとRIZINを見ててもPRIDEと景色的にそんなに違いないと思ってるはずで。女子がいるってことだけが新しくて、あんまり景色が変わってない。だってPRIDEのときだって、YouTuberではないけど危なっかしい人はリングに上がってたわけですよ。ボクはシバターさんにはなんの思い入れも文句も一切ないですけど、完成された格闘家としての動きや身体つきはしてないように見えました。それがYouTube格闘家っていうことなのかなと思うし。ただ、ジムに通って練習すればいいってことになっちゃうと、朝倉未来もYouTuber格闘家になっちゃうから。とにかくシバターさんはUFCを頂点とする格闘家の身体とムーブではないというふうに見えたわけで。この感じってのは懐かしいというか、PRIDEを最初から最後まで見ていれば、UFCファイターのような格闘家もいるけど、サーカスの団員みたいな身体や動きの選手もいた、というだけのことなので。皆さんもう忘れてますけど、PRIDEがあったときに並行して榊原さんは『ハッスル』をやってたんです。

――最近のファンは知らないと思いますけど、『ハッスル』とはファイティングオペラを名乗ったエンタメ色の強いプロレスイベントですね。

菊地 『ハッスル』とPRIDEが両方ともウォークしていた時代が、ほんのわずかありましたが、あのときはすごく万能感があったと思います。あのときが一番帝国的というか。<『ハッスル』というサーカスがある><がゆえに、PRIDEは格闘技なんです>というやり方。でも。これだって単なる方法論であって、『ハッスル』の中にガチが入ったり、PRIDEの中に八百長が入る可能性はあったわけで。いまのRIZINにはYouTuber格闘家が出たり、今回カズ・ジュニアという2世タレント的選手も出て、お父様やお母様がリングサイドで祝福したりする。これはRIZINもPRIDEも一貫して<芸能界に色目がある>とも言えるんですが、PRIDEの頃からそこをコトコトコトコト煮込んでる感じはあるんですよね。

――「まだら」的なものが煮込まれてるわけですね。

菊地 一方で堀口恭司選手が戦ったりするし、朝倉未来選手の試合もガチンコだと思いますけど。まあ、ボクはどっちでもいいんだけど。ただ、メインで朝倉未来選手がシリアスな試合をする中、常にチラチラチラと芸能に色気があるわけじゃないですか。榊原体制でそれがなくなったことはないし、それをやってるかぎりは、いずれこういうことに起きるわけで。それも俳優や、他ジャンルのスポーツ選手とかと、なんらかのかたちで結びつこうとしてるぶんにはよかったんだけど、要するにYouTuberから競技者を出すとなったとき、いままでと同じルートだと思ってたんだけど、まあ静かにパンドラの箱が開いちゃったと。YouTubeというのは、八百長もガチンコも入れられる包括的な箱で、前田日明さんの動画の完コピを神無月さんがやって、等価でしょ。そして個人がどんどんバックヤード撮るし、ほかのメディアにない生々しさですから。

――その生々しさが衝撃だったわけですね。

菊地 いま作った言葉ですが(笑)、プロレス界には、<告発カルチャー>がありますよね。告発本の歴史がいっぱいあるし、っていうか、格闘技における書籍っていうのは濃淡の差こそあれ、結局すべて告発本なんですよね。派手にショッキングな告発の場合もあるし、地道に告白する場合もある。佐山聡さんの『ケーフェイ』以来、格闘技が言葉を持ったとき、基本的に仕事は告発になったんです。そのエネルギーが書籍よりも何倍も早く強くSNSで到来してるわけで。SNSは人間の質を変えたわけじゃなくて、ただ目の前に突き出される速度や、物量が圧倒的に増えただけなんで、要するに量的還元だけなんですよ。質の差じゃないです。

――人間の持つ危うさがSNSによって、よりあらわになりやすくなったということですね。

菊地 結局、誰でもある程度おかしいわけですよね。だけど、生活ができなくなるほどおかしくなったら、そこからは「症状」と呼ぶことになるわけで。世の中には常人と狂人がいるわけじゃないし、健常者と異常者がいるわけではないですね。全員異常者の要素、因子を持ってるんだけど、それが症状化して仕事ができなくなったり、大変に生きづらくなってしまった場合は治療しましょうという発想で。危うさがゼロって人はいないですから、「なんでこんな行動を取るのか、まったく意味わかない」というケースはないと同時に、「この行為は、100%間違いなく、この目的のためだけに行われた」というケースもないです。試しにキスしてみるとわかりますよ。それが「生々しいリアル」で、人間原理に沿ってるんですよね。人は傷つきたくさえあります。SNSで傷つけられたり揉め事が起きると、生きた心地がするわけじゃないですか。管理社会になって、平和で何も問題がもなかったら生きてる心地がないから、こういうことが周期的にあったほうが楽しい人もいるわけですよね。人類には「やめたくてもどうしてもやめられない」ことがいっぱいありますよね。それはすべて「自分を傷つけて、生きた心地にしてくれるから」です。

――シバターvs久保に怒りながらも、正直、血が騒いでる人もいたでしょうねぇ。

菊地 もちろん(笑)。でも、これを「ゆゆしい問題だ!」と怒るよりは、いろんな角度で分析したり評価したりする時代になりましたよね。ボクがどう評価するかと言われれば、そんなに特別、分析したり評価するに値する対象じゃなくて。さっきも言ったように、RIZINの座組みは結局PRIDEであり、Uインターであり、常に芸能界に色目があったんだと。そもそも「まだら」の遺伝子がある。それが長ずるにYouTuberまでリングに上げてしまえば、こういったことが必ず起きる決まってるし。久保選手がアスペルガー症候群がどうかは置いといて、あんな素直な感じな方がシバターさんのようなスマートな方とマッチメイクされれば、ああいうことが起こっても不思議ではないよなと。こんなもんどこの世の中でも起こっていることですよ。

――社会の縮図だと。

菊地 「これすべて榊原さんの仕掛けじゃないの?」と陰謀論的に言う人もたぶんいると思うんですけど。これはベランダのプランテーションみたいなもんで、水を上げて放っておいたら、あんなふうに育っちゃっただけで(笑)。

――ハハハハハハハ。

菊地 ボクは自然発生説を取りますね。それでも心の中に残ってしまうのはさっき言ったネットの強度によるもので。たとえば世の中には不倫や殺人が起こったりしてて、概念では理解してるけど、目の当たりにできないじゃないですか。一般的なニュースになってないだけで、いまもどこかで殺人事件が起きてるかもしれない。でも、何も感じないじゃないですか。それが動画で見せつけられると生々しいし、人間はこわごわと危険なものを見るのも好きだから。ネットはその事実を目の当たりにさせてしまう可能性を持ってるツールなので。人々の心に残ったのはやっぱり久保選手の電話音声。ボクもまだ残ってるんだけど、「えっ、ホントですか」というあの声。<15000字インタビューはまだまだ続く>
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