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■「久しぶりにターザンが面白い!」と大絶賛!
汚れたハンカチ王子を汚れたターザン山本が切る! 『週刊文春』が報じた斎藤佑樹(日本ハムファイターズ投手)とベースボール・マガジン社の利益供与・金品授受騒動。「ベーマガとカネ」といえば「金権編集長」の出番だ! 全国3000万人のプロレスファンが注目するジミー鈴木新団体のアドバイザーに就任したばかりの山本さんに、ベースボール・マガジン社のタブーについて聞いてきました!
ターザン 今日は何を聞くんだよ?
――「ハンカチ王子」こと斎藤佑樹とベースボール・マガジン社の件です。『週刊文春』のスクープによれば、ベーマガの池田哲雄社長が斎藤佑樹にポルシェを買い与えていた。これはかつてベーマガの大黒柱だった山本さんに話を聞かないといけないなあ、と(笑)。
ターザン 『週刊文春』ってスキャンダル雑誌として乗りに乗ってるというか、最近の出版業界の中では奇跡を起こしてるじゃない。普通の雑誌ではやらないことを暴き出し、えぐりだしている。それがまさかね、たかがこんなネタを巻頭にぶち込むとは、パワーダウンしてるんじゃないかと思ったよ!
――ベーマガより『文春』が心配(笑)。
ターザン 今年のハンケチ王子はいまだ0勝だし、スキャンダルとしては弱いですよ!
――でも、その出版社がベースボール・マガジン社だったことに衝撃を受けてるプロレス関係者やファンは多いんですよ。ベーマガってそんなに経営状態が良くない話も聞こえてますから。
ターザン ベースボール・マガジンは今年4月に水道橋の自社ビルを売り払ったでしょ? その前には社員の希望退職も募ってるからねぇ。
――『週刊プロレス』で山本さんの部下だった宍倉(清則)さんや安西(伸一)さんも会社をやめてますね。
ターザン 安西は「肩叩き」に等しい。肩叩きよりは希望退職のほうがお金はもらえるよね。その見計らいって重要ですよ!
――そんな経営状況なので「タニマチ行為をしてる場合か?」という批判の声が飛んでますね。
ターザン いやあ、『週刊文春』を読んだらさ、ポルシェはリースなんだよね。買って与えてるわけじゃないから、そんなにお金はかかってませんよ。
――月10万円程度みたいですね。
ターザン だからドしょっぱい話なんだよぉ。舛添(要一)さんのスキャンダルと比べたらガタ落ち! どうせなら3000万円のポルシェをポーンとプレゼントするならカッコイイけどさ。いまの出版社の景気ではタニマチ的な行為なんかできないよね。
――山本さんは池田哲雄氏と面識はあるんですか?
ターザン 彼は面白い男だよ。3代目社長。ボクが『週刊プロレス』編集長のときに、哲ちゃんは『週刊ベースボール』の編集長だった。隣の編集部だったけど、当時は1回も話したことないけどね。
――仲が悪かったんですか?
ターザン いや、哲ちゃんは社長の後継者で、俺は外様の人間だから、牽制しあってところがあるんだよね。あとさぁ、哲ちゃんは俺に対してコンプレックスがあったわけですよぉ。
――後継者が山本さんに? そんなバカな(笑)。
ターザン 当時の『週プロ』はバンバン売れていたでしょ。俺は『週刊ベースボール』編集部の隣で、ダイナミックに『週プロ』を編集してたわけ。
――池田哲雄氏は自由に編集できなかったと?
ターザン うん。その背景にはベースボール・マガジン特有のお家事情があるんよ。ボクがベースボール・マガジンに入ったのは1980年。それまでは大阪の田舎者だったわけですよ。
――山本さんは『週刊ファイト』の記者だったんですよね。
ターザン 辺境から中央に来た。生まれて初めてまともな仕事についたわけですよ!
――『ファイト』はまともじゃないんですか(笑)。
ターザン まともじゃないですよ! その前のボーリング場、映画館の仕事も当時は市民権のない職業だった。ベースボール・マガジン社は一流じゃないけど、東京の出版社で働くわけだから、いままでとは違うよね。でもね、入ってビックリしたんよ。あの会社にはまるで自由がない!!
――自由がないってどういうことですか?
ターザン 創業者は池田恒雄会長。哲ちゃんのお父さんね。この人が絶対的権力者だったんだけど。要するにワンマンの極地というか、会長以外はその他大勢。すべてイエスマン。会長が編集権と人事権を一手に握ってるわけよ。
――ベーマガって、プロからアマチュアからまで多くのスポーツの雑誌を出してますよね。
ターザン 野球もあるし、サッカーもあるし、ラクビーもあるし、ありとあらゆるスポーツ雑誌が山ほどあるわけじゃない。でも! どこも編集長が目立っちゃいけないんですよぉ。たとえば編集後記ってあるでしょ。そのコーナーがほとんどなかった。
――つまり編集長の独自性が出せないってことですか。
ターザン そう。入社してわかったことは、池田会長がすべての雑誌の編集長だいうことですよ。それくらい各方面に目を配らせてる。そうするとさ、やる気のある人、能力のある人はベースボール・マガジンから出て行くわけよ。外に出てライバル誌を作ったりするんだよね。
――竹内(宏介)さんの『ゴング』がそうですよね。
ターザン そう! 竹内さんはプロレスに対してもの凄く情熱的な人で、それでいて反体制的でもあった。猪木さんの東京プロレスを応援してたくらいだからね。だからベースボール・マガジンの『プロレス』編集部のやり方に飽きたらないというか。若くして編集長になったんだけど、自分のやりたことをやるということで、ベースボール・マガジンの懐刀と言われた経理や営業たちと一緒に出て行った。
――うわあ!(笑)。
ターザン 『ゴング』だけじゃなくて、ベースボール・マガジンのライバル誌は、ほとんどがベースボール・マガジンから出て行った人間が作ってるんですよ!
――それほど圧迫された空間だったんですね……。
ターザン 池田会長のもとでは勝手に目立つことができない。編集長になるということは、ある意味ではスターになるということじゃない。でも、頭を押さえつけられるわけですよ。ガーンと。
――だからなのか、編集部間の異動が頻繁にあったそうですね。
――新潟にはベースボール・マガジンの支社や、ネーミングライツで「ベーマガSTADIUM」というスタジアムもあって。
ターザン 新潟出身者が非常に多い。それは会長が面倒を見るわけですよ。なぜかというと、明治維新で新潟の越後長岡藩は賊軍になったでしょ。明治以降、会津と越後出身者はしばらく政治家にはなれなかった。
――あー、ボクは福島県出身ですけど、幼心にも賊軍意識がありましたね(笑)。
ターザン 政界の道が閉ざされていたところもあるから、新潟出身で知恵のある人、野心のある人は文化方面に行くしかなかった。それでいて同郷意識が強いから、池田会長も頼まれたら「よっしゃ、わかった!」と社員として受け入れるんですよ。
――縁故採用的に。
ターザン ベースボール・マガジンは新潟県人の会社なんですよ。新潟県出身以外は外様。あとはスポーツ関係のコネ。相撲部屋の親方や、野球関係から頼まれたら入れるわけ。
――山本さん編集長時代の『週刊プロレス』の編集部員も、初めは社員じゃなかったんですよね。
ターザン 正規入社の人間だと、『週プロ』の世界について来れないんですよ。でも、単なるプロレス好きは、入社試験を受けても通らないから全部途中入社。たとえば市瀬くんは千葉大学だったから、最初はアルバイト、そのあとは嘱託にして、最後に社員にするという道で入ったんよ。
――そうしないと雇えない。
ターザン あとは早稲田出身が強い。会長が早稲田大学出身で、いまの社長も早稲田。ベースボール・マガジンの70周年パーティーがあったとき、最初の挨拶は早稲田実業出身の王(貞治)さん。その次は早稲田関係の先生。長嶋茂雄さんじゃないんだよ!
――池田会長と長嶋さんは親しかったんですよね。
ターザン うん。『週刊ベースボール』は長嶋茂雄さんの登場が黄金時代を迎えたんです。もの凄く売れた。30万部40万部。でも、最初の挨拶は王さんなんだよね。
――じゃあ、いまの社長が斎藤佑樹をかわいがるのも……。
ターザン 早稲田出身の斎藤佑樹は子供みたいなもん。やっぱりかわいいわけだよ! で、俺はさ、立命館大学中退、途中入社、34歳、越後長岡藩を潰した長州出身!
――役満だ(笑)。
ターザン 俺、会長に説教されたことあるよ。そんな内部事情を知らないで「ボクは長州藩です!」って言ったらさ、会長がキレちゃってさあ。「明治維新は間違ってるんだよっ!」って怒った怒った。
――「明治維新は間違ってる」(笑)。しかし、昭和の出版社社長って感じでパワフルですね。話を聞いてるぶんには嫌いじゃないです(笑)。
ターザン 会長は凄い人だったよ。会長はスポーツを文化にしたいという野心があるんだけど、根っこの部分はスポーツよりも芸術や文学に熱意があってさ。文学を中心とした恒文社という出版社を作ったんよ。ベースボール・マガジンもそこから派生してる。
――自分の名前を付けてるんですね。
ターザン そうそう、恒雄の「恒」に、文化や文学の「文」。この会社がドえらい赤字を出すんですよ!(バンバンバン)。
――あらま(笑)。
ターザン 新潟出身の有名な詩人の全集を出したり、東ヨーロッパのチェコ、ポーランドの文学集を出すわけですよ。そんな本が売れるわけないじゃない。でも、会長は頼まれたら引き受けるし、東欧の国から勲章をもらったりするんだよねぇ。そんなもの出す出版社はほかにないから。
――ワンマンだから赤字を垂れ流していても誰も口を挟めないんですね。
ターザン そんなこと誰も言えないですよ! 恒文社の存在はタブー。だから恒文社はずっとお荷物のままで、ベースボール・マガジンの売り上げで補填しているような状態ですよ。でも、ボクがベースボール・マガジンに入れたのは、その恒文社のおかげだから。恒文社が儲かってないでしょ。恒文社を儲けさせるために『プロレス』編集部にあった写真を使って「プロレスアルバム」を作った。
――「プロレスアルバムは」ヒットシリーズになりますね。
ターザン あれは恒文社から出てたんだけど、恒文社の人間が編集したんじゃないんだよ。『プロレス』編集部が恒文社を儲けさせるために作った。その前に「ベースボールアルバム」というものが売れたんよ。そこに杉山(頴男、のちに『週刊プロレス』初代編集長)さんが目をつけて、「プロレスアルバム」を出すためにひとり人間を入れたいと会社と交渉した。
――それで入社したのが山本さん。
ターザン そうですよ! 俺は恒文社サマサマなんですよ!
――新潟や早稲田出身ではないのに入社できたのはそんな理由があったんですね(笑)。
ターザン そうそう。「恒文社を儲けさせるために」という理由、その一点。それで俺がブッチャー、マスカラス、猪木さんの「プロレスアルバム」を作ったら、これがバカ売れですよ! 経費はほぼゼロ。どれだけ儲かったのかはわからないよ。最終的に70冊くらい出したからね。
――だいぶ儲けたわけですね。
ターザン そうやって杉山さんは会社に恩を売ったわけですよ。恒文社が「プロレスアルバム」で潤ったら、杉山さんの意見が通りやすくなる。杉山さんの政治的駆け引きのセンスは抜群だったんよ。
――山本さんの編集手腕も評価されたんですか?
ターザン されない。あくまで杉山さんの功績であって俺は単なる下働き。でも、俺が作った「プロレスアルバム」はベースボール・マガジンにあるまじき発想と破廉恥さで編集してあるからみんなビックリした。杉山さんはそこでわかったんだよ。「山本という男はプロレスに関しては潰しが効くな」ということで、一気に片腕のポジションを獲得したわけ。
――杉山さんってプロレス自体には興味はなかったんですよね?
ターザン うん。ただし、編集者としては有能。だから池田会長が『ゴング』潰しのために『プロレス』編集部に送り込んだんですよ!
――池田会長はプロレスに興味はあったんですね。
ターザン いや、会長はプロレスなんて眼中にないんですよ。どうでもいい存在。ところがベースボール・マガジンから出て行った連中が日本スポーツ出版を作って、そこから出ている『ゴング』のほうが『プロレス』より売れていることを知ったんだよね。
――途中で気がついたんですか(笑)。
ターザン そう! だって池田会長からすればプロレスなんて本当にどうでもいいんですよぉ。野球や相撲のほうが重要。
――メジャースポーツですもんね。
ターザン でも、気がついたら『ゴング』は売れていた。それまでの『プロレス』編集長はサラリーマン根性でやってるからつまらないんだよ。売れるわけがない。
――組織的にプロレス好きで入社した人間はいなかったでしょうし。
ターザン いない。ベースボール・マガジンに入社して配属されたのが『プロレス』編集部だったりするわけよ。一方の『ゴング』は、竹内さんがプロレスファンの心を知っているし、編集者もプロレスが好きな人間を集めてるから、プロレス雑誌としては最高だったんですよ。こっちはサラリーマン根性でやってるから、竹内ワールドにはとても歯が立たなかったわけ。
――そこでプロレスは詳しくないけど、編集能力に優れた杉山さんを編集長に据えた。山本さんはその傭兵として雇われたようなもんですね。
ターザン 俺は実行部隊。向こうは当時『ゴング』と『別冊ゴング』を月2回出してたんですよ。こっちは月刊誌がひとつしかないから、杉山さんは『デラックスプロレス』を創刊し、『東スポ』から内勤だった人間を引き抜いて、ボクのアイデアで『ゴング』のアルバイトだった宍倉を引っ張ってきた。この業界のスペシャリストを集めたわけですよ。そうやって『ゴング』に対抗したんだけど、やっぱり向こうは強いんだよ、これが。
――戦況は変わらなかった。
ターザン その攻防が3〜4年続いたんだけど、杉山さんは同じ土俵で戦っているうちは話しにならないということで週刊化に踏み切るわけ。
――池田会長は週刊化には賛成だったんですか?
ターザン あのね、週刊誌というのは月に4冊出るの。ということはね、儲けたら4倍だけど、赤字になっても4倍ですよ。失敗したらすぐ潰れますよ!
――ハイリスク・ハイリターン、それが週刊。
ターザン しかもさあ、ボクがベースボール・マガジンに入ったときに、ちょうど新潮社が写真週刊誌を出したでしょ。なんて言ったっけ?
――『FOCUS』ですね。
ターザン そう、『FOCUS』が大ヒットしたわけですよ!
――似たような写真週刊誌が続々と出たりして。
ターザン うん。そこに会長が目をつけて「ベースボールフォーカスという雑誌を作れ!」って命令したんだよ。
――なんですか、それ?
ターザン 野球版のスキャンダル雑誌。
――時流に無茶して乗りすぎですよ!(笑)。
――『週刊ベースボール』の立場も悪くなりますよ(笑)。
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■「久しぶりにターザンが面白い!」と大絶賛!
ターザン山本インタビュー
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汚れたハンカチ王子を汚れたターザン山本が切る! 『週刊文春』が報じた斎藤佑樹(日本ハムファイターズ投手)とベースボール・マガジン社の利益供与・金品授受騒動。「ベーマガとカネ」といえば「金権編集長」の出番だ! 全国3000万人のプロレスファンが注目するジミー鈴木新団体のアドバイザーに就任したばかりの山本さんに、ベースボール・マガジン社のタブーについて聞いてきました!
ターザン 今日は何を聞くんだよ?
――「ハンカチ王子」こと斎藤佑樹とベースボール・マガジン社の件です。『週刊文春』のスクープによれば、ベーマガの池田哲雄社長が斎藤佑樹にポルシェを買い与えていた。これはかつてベーマガの大黒柱だった山本さんに話を聞かないといけないなあ、と(笑)。
ターザン 『週刊文春』ってスキャンダル雑誌として乗りに乗ってるというか、最近の出版業界の中では奇跡を起こしてるじゃない。普通の雑誌ではやらないことを暴き出し、えぐりだしている。それがまさかね、たかがこんなネタを巻頭にぶち込むとは、パワーダウンしてるんじゃないかと思ったよ!
――ベーマガより『文春』が心配(笑)。
ターザン 今年のハンケチ王子はいまだ0勝だし、スキャンダルとしては弱いですよ!
――でも、その出版社がベースボール・マガジン社だったことに衝撃を受けてるプロレス関係者やファンは多いんですよ。ベーマガってそんなに経営状態が良くない話も聞こえてますから。
ターザン ベースボール・マガジンは今年4月に水道橋の自社ビルを売り払ったでしょ? その前には社員の希望退職も募ってるからねぇ。
――『週刊プロレス』で山本さんの部下だった宍倉(清則)さんや安西(伸一)さんも会社をやめてますね。
ターザン 安西は「肩叩き」に等しい。肩叩きよりは希望退職のほうがお金はもらえるよね。その見計らいって重要ですよ!
――そんな経営状況なので「タニマチ行為をしてる場合か?」という批判の声が飛んでますね。
ターザン いやあ、『週刊文春』を読んだらさ、ポルシェはリースなんだよね。買って与えてるわけじゃないから、そんなにお金はかかってませんよ。
――月10万円程度みたいですね。
ターザン だからドしょっぱい話なんだよぉ。舛添(要一)さんのスキャンダルと比べたらガタ落ち! どうせなら3000万円のポルシェをポーンとプレゼントするならカッコイイけどさ。いまの出版社の景気ではタニマチ的な行為なんかできないよね。
――山本さんは池田哲雄氏と面識はあるんですか?
ターザン 彼は面白い男だよ。3代目社長。ボクが『週刊プロレス』編集長のときに、哲ちゃんは『週刊ベースボール』の編集長だった。隣の編集部だったけど、当時は1回も話したことないけどね。
――仲が悪かったんですか?
ターザン いや、哲ちゃんは社長の後継者で、俺は外様の人間だから、牽制しあってところがあるんだよね。あとさぁ、哲ちゃんは俺に対してコンプレックスがあったわけですよぉ。
――後継者が山本さんに? そんなバカな(笑)。
ターザン 当時の『週プロ』はバンバン売れていたでしょ。俺は『週刊ベースボール』編集部の隣で、ダイナミックに『週プロ』を編集してたわけ。
――池田哲雄氏は自由に編集できなかったと?
ターザン うん。その背景にはベースボール・マガジン特有のお家事情があるんよ。ボクがベースボール・マガジンに入ったのは1980年。それまでは大阪の田舎者だったわけですよ。
――山本さんは『週刊ファイト』の記者だったんですよね。
ターザン 辺境から中央に来た。生まれて初めてまともな仕事についたわけですよ!
――『ファイト』はまともじゃないんですか(笑)。
ターザン まともじゃないですよ! その前のボーリング場、映画館の仕事も当時は市民権のない職業だった。ベースボール・マガジン社は一流じゃないけど、東京の出版社で働くわけだから、いままでとは違うよね。でもね、入ってビックリしたんよ。あの会社にはまるで自由がない!!
――自由がないってどういうことですか?
ターザン 創業者は池田恒雄会長。哲ちゃんのお父さんね。この人が絶対的権力者だったんだけど。要するにワンマンの極地というか、会長以外はその他大勢。すべてイエスマン。会長が編集権と人事権を一手に握ってるわけよ。
――ベーマガって、プロからアマチュアからまで多くのスポーツの雑誌を出してますよね。
ターザン 野球もあるし、サッカーもあるし、ラクビーもあるし、ありとあらゆるスポーツ雑誌が山ほどあるわけじゃない。でも! どこも編集長が目立っちゃいけないんですよぉ。たとえば編集後記ってあるでしょ。そのコーナーがほとんどなかった。
――つまり編集長の独自性が出せないってことですか。
ターザン そう。入社してわかったことは、池田会長がすべての雑誌の編集長だいうことですよ。それくらい各方面に目を配らせてる。そうするとさ、やる気のある人、能力のある人はベースボール・マガジンから出て行くわけよ。外に出てライバル誌を作ったりするんだよね。
――竹内(宏介)さんの『ゴング』がそうですよね。
ターザン そう! 竹内さんはプロレスに対してもの凄く情熱的な人で、それでいて反体制的でもあった。猪木さんの東京プロレスを応援してたくらいだからね。だからベースボール・マガジンの『プロレス』編集部のやり方に飽きたらないというか。若くして編集長になったんだけど、自分のやりたことをやるということで、ベースボール・マガジンの懐刀と言われた経理や営業たちと一緒に出て行った。
――うわあ!(笑)。
ターザン 『ゴング』だけじゃなくて、ベースボール・マガジンのライバル誌は、ほとんどがベースボール・マガジンから出て行った人間が作ってるんですよ!
――それほど圧迫された空間だったんですね……。
ターザン 池田会長のもとでは勝手に目立つことができない。編集長になるということは、ある意味ではスターになるということじゃない。でも、頭を押さえつけられるわけですよ。ガーンと。
――だからなのか、編集部間の異動が頻繁にあったそうですね。
ターザン 池田会長はね、異動させるのが好きなんだよぉ(苦々しい声で)。ちょっと気に入らなかったらどこかに飛ばすというか。猫かわいがりしてる途中で飽きて飛ばしたりさ。だからえらい会社に入ったなと思ったもんだよ! それに加えて社内には派閥が2つあるんよ。池田会長は新潟出身なんだけど、新潟派閥が凄いんですよ。
――新潟にはベースボール・マガジンの支社や、ネーミングライツで「ベーマガSTADIUM」というスタジアムもあって。
ターザン 新潟出身者が非常に多い。それは会長が面倒を見るわけですよ。なぜかというと、明治維新で新潟の越後長岡藩は賊軍になったでしょ。明治以降、会津と越後出身者はしばらく政治家にはなれなかった。
――あー、ボクは福島県出身ですけど、幼心にも賊軍意識がありましたね(笑)。
ターザン 政界の道が閉ざされていたところもあるから、新潟出身で知恵のある人、野心のある人は文化方面に行くしかなかった。それでいて同郷意識が強いから、池田会長も頼まれたら「よっしゃ、わかった!」と社員として受け入れるんですよ。
――縁故採用的に。
ターザン ベースボール・マガジンは新潟県人の会社なんですよ。新潟県出身以外は外様。あとはスポーツ関係のコネ。相撲部屋の親方や、野球関係から頼まれたら入れるわけ。
――山本さん編集長時代の『週刊プロレス』の編集部員も、初めは社員じゃなかったんですよね。
ターザン 正規入社の人間だと、『週プロ』の世界について来れないんですよ。でも、単なるプロレス好きは、入社試験を受けても通らないから全部途中入社。たとえば市瀬くんは千葉大学だったから、最初はアルバイト、そのあとは嘱託にして、最後に社員にするという道で入ったんよ。
――そうしないと雇えない。
ターザン あとは早稲田出身が強い。会長が早稲田大学出身で、いまの社長も早稲田。ベースボール・マガジンの70周年パーティーがあったとき、最初の挨拶は早稲田実業出身の王(貞治)さん。その次は早稲田関係の先生。長嶋茂雄さんじゃないんだよ!
――池田会長と長嶋さんは親しかったんですよね。
ターザン うん。『週刊ベースボール』は長嶋茂雄さんの登場が黄金時代を迎えたんです。もの凄く売れた。30万部40万部。でも、最初の挨拶は王さんなんだよね。
――じゃあ、いまの社長が斎藤佑樹をかわいがるのも……。
ターザン 早稲田出身の斎藤佑樹は子供みたいなもん。やっぱりかわいいわけだよ! で、俺はさ、立命館大学中退、途中入社、34歳、越後長岡藩を潰した長州出身!
――役満だ(笑)。
ターザン 俺、会長に説教されたことあるよ。そんな内部事情を知らないで「ボクは長州藩です!」って言ったらさ、会長がキレちゃってさあ。「明治維新は間違ってるんだよっ!」って怒った怒った。
――「明治維新は間違ってる」(笑)。しかし、昭和の出版社社長って感じでパワフルですね。話を聞いてるぶんには嫌いじゃないです(笑)。
ターザン 会長は凄い人だったよ。会長はスポーツを文化にしたいという野心があるんだけど、根っこの部分はスポーツよりも芸術や文学に熱意があってさ。文学を中心とした恒文社という出版社を作ったんよ。ベースボール・マガジンもそこから派生してる。
――自分の名前を付けてるんですね。
ターザン そうそう、恒雄の「恒」に、文化や文学の「文」。この会社がドえらい赤字を出すんですよ!(バンバンバン)。
――あらま(笑)。
ターザン 新潟出身の有名な詩人の全集を出したり、東ヨーロッパのチェコ、ポーランドの文学集を出すわけですよ。そんな本が売れるわけないじゃない。でも、会長は頼まれたら引き受けるし、東欧の国から勲章をもらったりするんだよねぇ。そんなもの出す出版社はほかにないから。
――ワンマンだから赤字を垂れ流していても誰も口を挟めないんですね。
ターザン そんなこと誰も言えないですよ! 恒文社の存在はタブー。だから恒文社はずっとお荷物のままで、ベースボール・マガジンの売り上げで補填しているような状態ですよ。でも、ボクがベースボール・マガジンに入れたのは、その恒文社のおかげだから。恒文社が儲かってないでしょ。恒文社を儲けさせるために『プロレス』編集部にあった写真を使って「プロレスアルバム」を作った。
――「プロレスアルバムは」ヒットシリーズになりますね。
ターザン あれは恒文社から出てたんだけど、恒文社の人間が編集したんじゃないんだよ。『プロレス』編集部が恒文社を儲けさせるために作った。その前に「ベースボールアルバム」というものが売れたんよ。そこに杉山(頴男、のちに『週刊プロレス』初代編集長)さんが目をつけて、「プロレスアルバム」を出すためにひとり人間を入れたいと会社と交渉した。
――それで入社したのが山本さん。
ターザン そうですよ! 俺は恒文社サマサマなんですよ!
――新潟や早稲田出身ではないのに入社できたのはそんな理由があったんですね(笑)。
ターザン そうそう。「恒文社を儲けさせるために」という理由、その一点。それで俺がブッチャー、マスカラス、猪木さんの「プロレスアルバム」を作ったら、これがバカ売れですよ! 経費はほぼゼロ。どれだけ儲かったのかはわからないよ。最終的に70冊くらい出したからね。
――だいぶ儲けたわけですね。
ターザン そうやって杉山さんは会社に恩を売ったわけですよ。恒文社が「プロレスアルバム」で潤ったら、杉山さんの意見が通りやすくなる。杉山さんの政治的駆け引きのセンスは抜群だったんよ。
――山本さんの編集手腕も評価されたんですか?
ターザン されない。あくまで杉山さんの功績であって俺は単なる下働き。でも、俺が作った「プロレスアルバム」はベースボール・マガジンにあるまじき発想と破廉恥さで編集してあるからみんなビックリした。杉山さんはそこでわかったんだよ。「山本という男はプロレスに関しては潰しが効くな」ということで、一気に片腕のポジションを獲得したわけ。
――杉山さんってプロレス自体には興味はなかったんですよね?
ターザン うん。ただし、編集者としては有能。だから池田会長が『ゴング』潰しのために『プロレス』編集部に送り込んだんですよ!
――池田会長はプロレスに興味はあったんですね。
ターザン いや、会長はプロレスなんて眼中にないんですよ。どうでもいい存在。ところがベースボール・マガジンから出て行った連中が日本スポーツ出版を作って、そこから出ている『ゴング』のほうが『プロレス』より売れていることを知ったんだよね。
――途中で気がついたんですか(笑)。
ターザン そう! だって池田会長からすればプロレスなんて本当にどうでもいいんですよぉ。野球や相撲のほうが重要。
――メジャースポーツですもんね。
ターザン でも、気がついたら『ゴング』は売れていた。それまでの『プロレス』編集長はサラリーマン根性でやってるからつまらないんだよ。売れるわけがない。
――組織的にプロレス好きで入社した人間はいなかったでしょうし。
ターザン いない。ベースボール・マガジンに入社して配属されたのが『プロレス』編集部だったりするわけよ。一方の『ゴング』は、竹内さんがプロレスファンの心を知っているし、編集者もプロレスが好きな人間を集めてるから、プロレス雑誌としては最高だったんですよ。こっちはサラリーマン根性でやってるから、竹内ワールドにはとても歯が立たなかったわけ。
――そこでプロレスは詳しくないけど、編集能力に優れた杉山さんを編集長に据えた。山本さんはその傭兵として雇われたようなもんですね。
ターザン 俺は実行部隊。向こうは当時『ゴング』と『別冊ゴング』を月2回出してたんですよ。こっちは月刊誌がひとつしかないから、杉山さんは『デラックスプロレス』を創刊し、『東スポ』から内勤だった人間を引き抜いて、ボクのアイデアで『ゴング』のアルバイトだった宍倉を引っ張ってきた。この業界のスペシャリストを集めたわけですよ。そうやって『ゴング』に対抗したんだけど、やっぱり向こうは強いんだよ、これが。
――戦況は変わらなかった。
ターザン その攻防が3〜4年続いたんだけど、杉山さんは同じ土俵で戦っているうちは話しにならないということで週刊化に踏み切るわけ。
――池田会長は週刊化には賛成だったんですか?
ターザン あのね、週刊誌というのは月に4冊出るの。ということはね、儲けたら4倍だけど、赤字になっても4倍ですよ。失敗したらすぐ潰れますよ!
――ハイリスク・ハイリターン、それが週刊。
ターザン しかもさあ、ボクがベースボール・マガジンに入ったときに、ちょうど新潮社が写真週刊誌を出したでしょ。なんて言ったっけ?
――『FOCUS』ですね。
ターザン そう、『FOCUS』が大ヒットしたわけですよ!
――似たような写真週刊誌が続々と出たりして。
ターザン うん。そこに会長が目をつけて「ベースボールフォーカスという雑誌を作れ!」って命令したんだよ。
――なんですか、それ?
ターザン 野球版のスキャンダル雑誌。
――時流に無茶して乗りすぎですよ!(笑)。
ターザン でもさ、野球はスキャンダルを書いちゃいけないでしょ。
――『週刊ベースボール』の立場も悪くなりますよ(笑)。
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