―――日記

奪取P

2016/06/20 00:32 投稿

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になりますというご報告です。

もっとも、
今までが「奪取P」じゃなかったわけでもないですし、
これから「奪取」じゃなくなるわけでもないのです。
すなわち何も変わらない…かも。

どっち使ってもらっても結構です。

報告としては以上です。今後ともよろしくお願いします。









あとは雑談。






■P名
P名とは何ぞや、自分の名称は如何にするべきか、ということは、
2014年に動画を晒し始めた時から考えていたことでありまして。
やっぱり、色んな方のP名やその由来見て憧れますしね。夢見がち。

ひとまずは、元より使っていた名前「奪取」で行こうと決心し、
何か偶然的事象でP名を得られたらいいな、と思うことに。
あるいは、誰かに師事して、その方から名前を頂いたりとか、
P名の需要が生まれるほどの動画作成者になれたらいいな、とも。

1年経って、まぁ偶然による命名もないのはさすがに分かって、
それならいっそもうP名など知らぬフリをして、
突き通すしかないだろうと思ったりもしたのもまた事実。

元々はゲーム内の役職名転じて敬称としての「P」だから、
実際、さん付けの代わりに「奪取P」呼びしてくれてる方も
居てくれたようで、それをお見掛けすると嬉しかったのももちろん。

そんな中で、第8回謎素材合作(2015/11月投稿)の参加者名に「奪取P」の表記。
(その回は参加者コメントはP名に統一、参加者一覧は通常の表記だった)

それからいろいろ考えることもありつつ、5月。
いくつか動画を投稿した結果、2年目でついにビギナーズ・ラックが解けたな!と実感。
同時に、亜美真美について考え続けた1年間でもあり、
考えに結論こそ出ないものの、プロデュースに関しての想いを新たにする。

とは言え、わざわざ「P付けました」なんて言うべきか悩んでいたところ、
第9回謎素材合作(2016/6月)が投稿され、そこには再び「奪取P」の文字が。
ユーザー名等を変える決断をすると同時に、記事にしました。

と、勝手に合作を理由付けのようにしてしまいましたが、
基本的には頃合いかな、と思っただけのことなんだと思います。
何も周知せず不意のことなので、今後も「奪取」でも「奪取P」でも
「おまえ」でも「コイツ」でも「べるの」でも好きにお呼びください。

■奪取

この「奪取」は
恐怖の大王とかミレニアムに湧いてた頃に付けたハンドルネームです。
当時流行っていた「FFA」というフリーのブラウザゲームで
「サボテンダ―」に「ダッシュ」と名前を付けようとしたら
「奪取」に変換されて、「これいいじゃん!」ってなったのが始まりです。
中学生らしい安易さですが、偶然に流され続ける自分らしさは今も変わりません。

中坊なりに「この名前(特に読み)はネット世間にごまんと居るはずだ」と考え、
しかも、当時すでに鉄腕DASHという人気番組があった(!)ので、
「自分の単独性を保ちたい、流行に乗ったと思われたくない!」
という、わかりやすい中二的性質のもと、
奪取のスペルは「dash」じゃなくて「dassyu」だ!
と思っていたとか。むしろ今も思っているとか。

おそらく今も中学生のままなんですね、ボクは。

気づけば人生の半分以上、この名前と一緒なのです。
そりゃ愛着も湧きます。
愛着湧きすぎて、ネットゲームでたまに別の名前使ってたくらいです。
最初に動画投稿した頃も別名使ってました。ハンドルネームとはなんぞや。

■活動目標

一応デビューの時よりは展望も見えてきたので、
ほんのちょっとだけ、軽く活動の目標を書いておきます。

1.亜美真美に関しての思索の継続

自分の中で生まれた強固な亜美真美同一論の理屈付けと、
それが絶対でないという誤りを自らに問いかける所から始めた思索。
狂信的な感覚をもって亜美真美の同一性を証明しようとするも、どうにも根拠に乏しい。
それならばと科学的な方法で挑もうとしたけど、
今思えば定義も曖昧なままに数学遊びをしていただけだったし、
その後も宗教と思えば哲学に寄り、哲学のつもりが科学だったり、
かと思えば心理学だったり、やっぱり哲学だったり。

迷走するうちに、ようやく人として当たり前のことが多少分かって来て、
なんとなく、少しだけ、成長できた気がした。
具体的には中学生が高校生になるくらい。
とにかく、亜美真美を知るために、色んな事を考えてみたり、
あるいは関係ないような文献を読むことすら楽しくて、
そういうことを今後も続けて行きたい、ということです。

ちなみに、初期の頃に考えた拙い理屈遊びでは、
t=0 で 亜美=真美(完全同一)
任意のtで亜美=真美’ 真美=亜美’ という式を立て、
式中に現れる記号「 ’ 」(ダッシュ)は、
・2人の成長の過程で現れた差異(差異の魅力)を示すと同時に、
・亜美と真美が完全に別のものではないと引き留め(類似の魅力)ている

これがすなわち亜美真美の魅力を引き出す要、プロデューサーの力量だ。
立派なダッシュになりたい!

などといったポエムじみた寄り道もしています。
tが何を示すのかを全く定義していないし、子供の遊びもいいところなのだけれど、
個人的に気に入ってしまっています。中学生から小学生にランクダウンだわ。

2.動画制作

目に見える形では本業ってことになると思いますが。
本音を言えば、動画に限った話ではなくて、色んな2次創作を行いたいんですけど、
今の自分にできるのは動画を作ることくらいなのです。
動画にしても、色んなジャンルのことやりたいんですけどね…
少なくとも、まずはベースであるとこのMMDや疑似m@sで一人前にならないと、
前に進むことすらできないんじゃないかと。

亜美真美の件で特に悩んでた時は、彼女らのことを変に思うがあまり、
思考や主張が動画の内容とリンクしてないといけないようなことを考えたり、
Pとして評価されてはならず、動画内の娘に評価を向かせるべき、と思ったり。
(結局その期間に作った動画ってグリーンマンと謎合作(8)くらいだけど)

今は少し落ち着いて、主張さておき、ちゃんと作りたいものを作って、
やっぱり、まずは動画自体やPとしての活動を評価してもらうしかないと。
その上でちゃんと踏み入ってもらって、アイドルを見てもらうしかないと。
その為には、ちゃんと見てもらえる動画作んなきゃダメだと、
結局は割と普通の思考ですけども。

まずは、挑もうとするだけで何度か失敗して、
割とトラウマ化している衣装作りを…どうにか挑みたいんだけどなぁ…
こればっかりは…もう…

3.ファンになる

「プロデューサー」って言葉の含む意味が果てしなく広いというのは
各所で聞きますし、ちょっと考えるだけでいくらでも浮かんできますけども、
その中でも一番シンプルな「アイドルマスター(公式)のファン」って部分。
これが、自分の中で割と欠落してる気がするんですよね。今は。
もちろん個々の自由ですから、なんならその部分がゼロでさえいいとも思います。
他人が公式など知らぬと言おうが、絶対に必要だと言おうが、それはいいんです。

一番制御が難しいのは自分の心というか…
基本的に自分が「異常な人間」って自覚があるせいか、
無意識的にその集団の標準を目指そうとするきらいがあるようです。
当然、いつも聞こえてくる話題には公式の話も多いわけで、
自分もそれを好きにならなきゃいけない気がしてくる。

しかし、声優さんを好きのド真ん中には置きづらいし、
スマホがないのでデレステはできない。亜美真美に関しても、
公式が様々に2人を「全くの
別モノで扱う」部分を無視しきれない。
関心も消せず、好きにもなれないで居ると、嫌いになる恐れがあるわけです。

この根本的な自分の感情を変えられない以上、
好きになること以外に解決策がないんですね。
ある意味この「自分がファンになる方に持っていく」のを
現状「ファンでない自分」が実行していかなきゃいけないっていうのは、
もしかしたら一番大変で、わけのわからない作業になるんじゃないかと思います。

ただ、今でこそ「嫌い」にシフトはしていないものの、
早いうちに手を打たないとどうなるかわからない。
これは地味に悩ましい問題なのです。




まぁでも、総合的に見てアイマスライフは楽しいです。
公式云々ってのも部分的な話だし、今度PS出ますしね。
あ、そうだ、ようやく亜美真美のBDジャケフィギュア発売ですよ!
もう、公式大好き!(雑)

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