daibass77の今日のみ言葉♪

存在すらが罪ならば・・・

2014/02/10 02:08 投稿

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「あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。
そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、 家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』と言うであろう。


言っておくが、このように、悔い改める一人の罪人については、悔い改める必要のない九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にある。」

ルカによる福音書/ 15章 04節~


ルカの福音書15章から・・・ここからいくつかイエス様がたとえ話を続けられます。

テーマは、罪人と悔い改め・・・。

有名な放蕩息子のたとえもこの先にあります。


さきほど、感じたのですが・・・人は、神様からみて・・・罪により存在すらを否定されるような・・・忌み嫌われるような・・・ものとなってしまいました。


どうしよもない人を・・・神様は、愛して愛し抜かれて・・・十字架により救いを示されました。


もし人が、外見やこの世のステータスをなくしたら・・・何一つ、誇れるものはありません。
評価するのも人なのが、この世のステータスですから。


しかし神は・・・ただ人の中にある心、そして霊・・・をみておれます。
キリストの霊を受けているなら・・・神様は、清いものとして人をみなしてくださいます。


わたしは・・・自分がどれだけ罪びとかを思います。

が・・・・あまりに大きすぎる神の愛に・・・今、驚いています。


ああ・・・感謝します。


そこで、イエスは言われた。

「あなたたちのうち、だれか羊を一匹持っていて、それが安息日に穴に落ちた場合、手で引き上げてやらない者がいるだろうか。

人間は羊よりもはるかに大切なものだ。だから、安息日に善いことをするのは許されている。」
マタイによる福音書/ 12章 11節~



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