daibass77の今日のみ言葉♪

原罪の自覚

2014/02/05 21:04 投稿

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こういうわけで、律法は聖なるものであり、掟も聖であり、正しく、そして善いものなのです。

ローマの信徒への手紙/ 07章 12節

ハレルヤ♪
今日は、少し理屈ぽいかもしれませんが・・・罪の自覚について書いてみたいと思います。
この罪の自覚については・・・聖書しか語っていない事だと、僕は思います。
自己啓発とかスピリチュアルとか・・・その様なたぐいでは扱えない・・・原罪と言われる部分ですね。

原罪とは、神から切り離されている事であり・・・肉体の死と地獄に行く死、二つの死が定められた文字通りの原因です。

アダムとエバから始まった呪いともいいます。

クリスチャンの伝える十字架の福音は、その原罪からの解放がもたらされたという・・・神様の啓示です。


ただ、揺るぐことなく信仰に踏みとどまり、あなたがたが聞いた福音の希望から離れてはなりません。この福音は、世界中至るところの人々に宣べ伝えられており、わたしパウロは、それに仕える者とされました。
コロサイの信徒への手紙/ 01章 23節

はい、前説が長くなりました・・・中身に入ります♪

人には、良心があります。
この良心というのは・・・時には・・・人の良心を受け入れるのを阻害する事があります。

自分の良心が、人の良心よりも勝っているという思いが・・・人の良心を受け入れる事をさせません。

また良心の咎めは、自身に恥じらいを持たせ抑止力にもなります。
ですのでただ悪いだけのものとは決めがたいとも考えられます。

しかし人が見ていない所では・・・この良心は、働きづらくなり・・・見られていなければ何をしもていい・・・

そんな風に思い行動をしてしまうのが、人の姿です。

神様は、この様な人の姿を・・・つまり神から切り離された人の姿聖書を通して教えてくれます。


それでは、善いものがわたしにとって死をもたらすものとなったのだろうか。
決してそうではない。
実は、罪がその正体を現すために、善いものを通してわたしに死をもたらしたのです。
このようにして、罪は限りなく邪悪なものであることが、掟を通して示されたのでした。

ローマの信徒への手紙/ 07章 13節


ここで善いものとして語られているのは、神がイスラエルに与えた律法の事です。
この聖句の前でパウロはこう語ります。

わたしは、かつては律法とかかわりなく生きていました。しかし、掟が登場したとき、罪が生き返って、わたしは死にました。そして、命をもたらすはずの掟が、死に導くものであることが分かりました。
ローマの信徒への手紙/ 07章 10節

律法とまた掟により罪が働き始めて・・・命をもたらす掟が死に導く事が分かった・・・。

これを自分にあてはめてみれば・・・

律法=法律(日本)
掟=様々な良心、良心から生じるプライド

法律を守るために・・・良心を働かせる、良心に聞く・・・
しかしこの良心に従ったとしても・・・人は、罪をやめる事が出来ず・・・かえってその罪の邪悪さを知る事になる・・・また良心に聞く・・・また罪を犯す・・・邪悪さがどんどん増す・・・罪をやめるどころか・・・邪悪さに邪悪がまし加わり・・・死を導く・・・。

わたしは、その様に一つ理解しています。

その結果、どうなるのか・・・

わたしは、自分のしていることが分かりません。自分が望むことは実行せず、かえって憎んでいることをするからです。
もし、望まないことを行っているとすれば、律法を善いものとして認めているわけになります。

そして、そういうことを行っているのは、もはやわたしではなく、わたしの中に住んでいる罪なのです。

わたしは、自分の内には、つまりわたしの肉には、善が住んでいないことを知っています。善をなそうという意志はありますが、それを実行できないからです。

わたしは自分の望む善は行わず、望まない悪を行っている。

もし、わたしが望まないことをしているとすれば、それをしているのは、もはやわたしではなく、わたしの中に住んでいる罪なのです。

ローマの信徒への手紙/ 07章 15節〜


という風に・・・自分自身がわけわからなくなっている・・・ただ気づいたのは・・・肉の体には、善はない、ただ善の意思は、ある・・・けれど実行出来ない。
そして・・・罪が働いてるという事を・・・ここで告白しています。

パウロは、自分が惨めだと言います。
そして・・・そこから救い出してくれる方・・・それがイエス・キリストだと・・・ここで結論を語ります。

わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか。
ローマの信徒への手紙/ 07章 24節

従って、今や、キリスト・イエスに結ばれている者は、罪に定められることはありません。
キリスト・イエスによって命をもたらす霊の法則が、罪と死との法則からあなたを解放したからです。
ローマの信徒への手紙/ 08章 02節


キリストの恵みにしか・・・この罪のスパイラル、つまり人の営みから解放される事はありません。

罪、死の奴隷から・・・愛、命、喜びであるキリストの奴隷となります。

これが、十字架のもたらした神の愛です。
キリストを受け入れる・・・その事がどういう事なのか・・・どうかお一人お一人が、受け止めまた求めてください。

祈っています、お読みくださり感謝致します。
アーメン♪

あなたがたは、今は罪から解放されて神の奴隷となり、聖なる生活の実を結んでいます。行き着くところは、永遠の命です。
ローマの信徒への手紙/ 06章 22節



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