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daibass77の今日のみ言葉♪

望まない自由

2013/12/13 09:02 投稿

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召されたときに奴隷であった人も、そのことを気にしてはいけません。自由の身になることができるとしても、むしろそのままでいなさい。

というのは、主によって召された奴隷は、主によって自由の身にされた者だからです。同様に、主によって召された自由な身分の者は、キリストの奴隷なのです。

コリントの信徒への手紙一/ 07章 21節〜

このみ言葉は、いわゆる奴隷・・・という身分だった方に対するものです。
当時の奴隷制度が、どういった物だったのか・・・実質は分かりません。

ここで語られているのは・・・奴隷という立場から自由になるのではなく・・・

キリストにあって召された自由・・・

つまり世の中の主人に奴隷とされていること・・・そのことを気にしてはいけない

と書かれています。

もちろん苦しい、つらい状況からの解放を主に求めても良いと思いますし世的に自由の身分にされることも良いと思います。


しかしここで語られているのは・・・世の中の状況には左右されず・・・その事に目を開かせられるのではなく・・・

キリストにある霊的な自由をよく知り、神の愛で歩みなさい・・・とすすめられていと感じます。

キリストは、地上に来られた時、謙遜の内を歩まれました。
サタンの心、高慢とは真逆です。

そして神様は、謙遜となる器(人)を愛されつねに自由を与えて下さる・・・そんな事も体験的に感じます。



2014、2015年と・・・イスラエルのお祭りなどにあわせて日食、月食などがあります。
また日々、見聞きするニュース、国内、国外・・・それらからも終末期のメッセージが語られていると思われます。

聖書のいう終末期のメッセージは・・・いよいよクリスチャンが・・・

キリストだけを証し礼拝する・・・キリストの奴隷となるということです。


キリストによって完成された律法、聖霊の働きが、強くなってくるでしょう。


どんな状況でも主の平安に憩い、キリストの軛を負い日本のリバイバル、祈り続けていきましょう!

アーメン!

「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである。

マタイによる福音書/ 05章 17節




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