ひろろのブロマガ 

中学生が同級生暴行動画を投稿 福岡 イジメを自ら宣伝する行為はイジメの本質では?

2013/10/29 03:12 投稿

コメント:1

  • タグ:
  • ニュース
  • 言論
  • いじめ問題
  • 社会
福岡県那珂川町の那珂川南中学校で、3月中旬から下旬にかけ、当時2年生の男子生徒4人が同級生を暴行し、動画を撮影した上、インターネットの掲示板に投稿していたことが13日分かった。同校の足立啓行校長は記者会見し「被害生徒には本当に申し訳ない。このような暴力を二度と許してはならない」と謝罪した。 47news
http://www.47news.jp/CN/201306/CN2013061301001121.html
相変わらず、学校社会ではイジメが横行している、近年パソコンやスマホが子供の手元にある影響からか、そのイジメ行為を様々な形で、インターネット上に晒す 事件が続いている。
なぜイジメ行為は続くのか?そしてさらにネットに晒すような行為に      発展するのか、その理由を考えてみた。
文部省では児童・生徒間で起こるイジメの原因をの代表的な例を提示している。

児童生徒の問題( 対人関係の不得手、欲求不満耐性の欠如、思いやりの欠如、満足感を得る機会の減少、進学をめぐる競争意識、将来の目標の喪失、などhttp://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/040/shiryo/06120716/005.htm
といった事例を挙げているが、どれも単にイジメのキッカケを指摘しているのであって、なぜイジメをするのか?という原因には触れていないように思える。
対人関係を作れない者をイジメるのは、イジメ易いからであって、イジメる理由では無い、ならばイジメるという、行動原理や衝動そのものはどこから来るのだろうか?
児童・生徒らは学校で長い時間を過ごす、その生活の中で絶えず自己の価値を
学校や同じクラスの生徒から問われる。それは、学力であったり、       生徒同士のコミニケーション能力、容姿、体力など、様々だ。
その評価の「総合最低基準」となるのが、イジメられっ子なのではないだろうか。
「イジメをする側は」その「総合最低基準」を貶める事により、どのような利点があるのか?
「イジメる側」「イジメのられる側」を貶める事により「コイツよりかは価値がある」という自己の有能性を周囲に示し、日々のイジメ行為によって再確認する事によって、自己の価値を担保し安心できるのではないだろうか。
しかし「イジメのられる側」が全くの無力無能であるケースは少ないように思う。
「イジメられている側」が勉強が得意で「イジメる側」が勉強が不得意な場合もあるだろう、そうした場合は、他の面の欠点、容姿や体力などを指摘する事により「イジメる側」は自己の価値を確保するのだ、よく勉強しか取り柄の無い者を 「ガリ勉」などと呼んで嘲笑するのがいい例だ。
さらに「イジメる側」は、勉強ができる事をからかいの対象とする事により、勉強ができる事を無価値かのように、周囲に印象付ける事により、自己が勉強出来ない事の劣性を払拭し、勉強ができる他の生徒への、威嚇や脅しとして、用いる事ができるのだ、この歪んだ自己に都合のいい価値観を、周囲に印象づけるため、イジメの対象者を重ねてイジメる事が有効なのだ。
こうした背景を含めて見ると、イジメの行為は「イジメる側」「イジメられる側」の二極で行われるよりより、衆目のある場面で行われるほうが効果的だ、    そうした面から、イジメ行為をインターネットなどで宣伝する事はより効果的で、有効なはずだ。
このような行為は実社会ではあまり無いように思えるが、こうした自己の劣性を 否定するために他者を非難する行為は、大人社会でも、政治批判や・制度不満へと姿を変え鬱積し、さらに子供へと再伝播しているのではないだろうか。


コメント

ピザコーラ
No.1 (2014/01/05 13:06)
政治批判といじめを一緒にするなバカ!
コメントを書き込むにはログインしてください。

いまブロマガで人気の記事