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アニメから社会を見る ドリフターズ2話感想「死刑って大切だな。」

2016/10/22 19:11 投稿

コメント:3

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ドリフターズ2話「踵 鳴る」 なかなか胸に迫るいいお話でした。


1話の関ヶ原から転生?し異世界戦の本格的開始、特に印象に残ったのが
エルフの子供を虐殺をした騎士をみずから殺すよう父エルフに豊久が促すシーン。

『ここがどこでお前らが誰であろうと仇はお前らが討たねばならぬ。こん子が応報せよと言っている!』
この一連のシーンは目を背けたくなる残酷であると同時に、胸のすく様な痛快さを感じる。
そして豊久が復讐を果たしたエルフらに「良か良か」と気さくに、語りかける姿に、
なにか祝福をのような暖かさを感じた。


日本では明治の初頭まで一部で認められてきた復讐や敵討ち。
これを果たした者は名誉とされ賞賛されてきたが、
近代に於いては、こうした行いは
法律ではもちろん禁止され、印象的にも名誉より残酷で嫌なイメージのほうが強いように  思う。

それはアニメなどでも、同様ではないだろうか?

「復讐は何も生まない、憎しみが憎しみを生み空しいだけだ」
アニメなどはこうしたセリフを吐きながらガンガン敵と戦い殺しまくる主人公がけっこういるように思う。

しかしこうした復讐を諌める言葉も真実だろう。歴史を少し思い起こせば忠臣蔵・宮本武蔵の吉岡一門の敵討ちなど、悲惨な結末が多い。

宮本武蔵・当主の男の子を素早く斬殺し返り討ちとした

ほかにも日本でも有名なハムラビ法典の「目には目を歯には歯を」も復讐を推奨しているかのように思われるが、本来この言葉の意味は「やられたら同じ程度しかやり返すな」とむしろ 復讐を抑えろと言ってるらしい。

そして現代、私達は私的に「復讐・敵討ち」をする事は認められていない。
事実上、刑罰によって国が復讐の肩代わりしている。
だがしかし罰と復讐は同じモノではない。
復讐が求めるモノは、感情的な不満の解消が大きいが。
刑罰が求めるモノは、社会の秩序を目指している面が強いようだ。

そうした考えが最近の死刑廃止議論・刑務所厚遇へと繋がるのも予想できる。

「秩序や繁栄こそが正しい、死んだ人間より生き残った犯人の更生に注力するほうが    社会は豊かになるはずだ」

そんな理由でいいのだろうか?と思う、だったら殺された者は丸損だがどうでもいいのか? そもそもそんな法律守らず復讐したほうがマシじゃないのか?・・・と考える人が     出てきそうだ。


本当に復讐に意味などないのだろうか?

ドリフターズ2話の処刑シーンを見て私は思う、顔を潰され歯を折られた騎士を見て



「可哀想だがコイツはそれ以上の事をしたんだ」と思った。

そしてエルフたちに取り囲まれる騎士。顔は焦りと恐怖で歪み、哀願の言葉が漏れた時に  
思わず思う



「許してもいいのかも?」「エルフ達が許すならもういいんじゃないかなぁ・・?」

そんな感情が沸いてくる。

相手が死を予感し恐怖で身を凍えるように震わせ、哀願しひれ伏して。
初めて許される可能性を与えるべきではないのか?

死刑とは残酷な刑罰だ、殺してしまえば人一人が消えてしまう。
だが殺人者や大罪人に、痛みや恐怖を真剣に想起させるためには死刑という死に際に触れさせ、考えさせる必要があるのではないだろうか?



そうした恐怖や後悔や怒りといった苦しみとえげつなさを満喫しきらなければ、懺悔し更生する事などできないと私は思う。

そう考えるとむしろ死刑を除外する事自体に無意味さを感じてくる。

絶対に殺されないという状況で死について考えるより、長く続くであろう刑罰生活について 考えてしまうのではないだろうか?それは殺された被害者・殺した自身の行いも忘れさせ、 朦朧としていくだけのように思う。

処刑という行為で命を奪う事は残酷だ、だがその課程にいかに命と向き合うかによって   意味大きく変わってくるはずだ。




ちなみに最近ドゥテルテ大統領で話題のフィリピンなどは、死刑制度は随分前に      廃止されている・・・。しかし犯罪者を裁判にもかけず狩り殺すような現状が、人道的   なのだろうか?アメリカでも黒人に対して同様の問題が起きている。


そうした事を考えるとまだ、死刑の無いこうした国より、死刑のある日本の司法や刑罰の  ほうが人道的に感じる。


コメント

お地蔵
No.1 (2016/10/22 20:58)
死刑の存続・廃止の論って本人の人権とか遺族の感情の話ばっかりだけど、刑による抑止力(多くの人間は死刑になりたくないので死刑になるような犯罪をしにくくなる・どんなに更正の見込みがない受刑者でも殺しておけばそれ以上罪を重ねることはなくなる)の視点ではどうなの?
ひろろ (著者)
No.2 (2016/10/22 23:13)
>>1
死刑による抑止力がある!死刑に抑止力は無い!どちらのデータも存在しているようです。
例にあげたフィリピンのように死刑は無いけど弾圧はある。そんな国々も多くの出比較しづらいですが。
比較的日本と現状が近そうな、イギリス・フランスなどは死刑廃止後に死刑に相当するような犯罪は増加しているようです。
しかし、犯罪件数のこうした数字は、人口や景気などに左右されるモノなので一概に判断するべきではないと思います。
ただ私としては、宗教・食の好み・人種的偏見などあるのは仕方ないとしても「殺されたくないから殺さない」それくらいの共通と価値感をくらいはお互い持とうと努力するべきじゃないでしょうか?

法務省の勉強会史料など 21ページにイギリスとフランスに触れてます
http://www.moj.go.jp/keiji1/keiji12_00055.html 
添付資料で数字があります。
ひろろ (著者)
No.3 (2016/10/22 23:16)
>>1
 例えると もし罰としてトンカツ・カレー・寿司 このどれか一つを一生食えなくなるとしたら、その食べ物の事を思い出して真剣に考えませんか?ですから死刑というのは生に対して最大のポジティブな思考を産む環境になると思うんですよ。



 
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