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博士というキャリア

2013/12/27 17:20 投稿

コメント:26

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先日、転職支援会社を経営する義弟から、「博士ってそもそもどういう人なのか?何を求めて、何ができるのか?」と聞かれたので、彼の要望に応えるべく簡単にレポートを書いてみた。
せっかくなので、自分の経験をもとに感じるところを書いてみた。
あくまで、狭い領域で感じ取った話なので、誤りの指摘やご意見があれば、コメントいただければ幸いです。


1・博士になるためにはどうすればよいのか?

 博士号を取得するためには、大学院の博士課程で「①単位を取得し」、「②博士論文を提出」する必要があります。博士課程に通ったからといってみんながみんな博士になれるという訳ではありません。例えば僕のように「①単位を取得」だけして、一旦大学を辞め(「単位取得退学」と言います)、のちに論文を提出する人もいます。

2・どれくらいの人が博士課程を「卒業」しているのか?

 一般的に博士課程の卒業者は、博士号取得者と単位取得退学者の合計を指します。日本全体でここ数年は年間約16,000人が博士課程を卒業しています。ただ、分野ごとに人数に偏りがあることは考慮する必要があります。例えば、医学系(医学・歯学・薬学・看護学等)は5,261人(2012年度、以下の具体的データは全て同様)、自然科学(理学・工学・農学等)は5,997人と、いわゆる理系が大半を占めています。特に医学系は、医師としての出世に学位は欠かせず、人数も多いわけです。一方、人文科学(文学・史学・哲学等)は1,346人、社会科学(経済学・経営学・法学・社会学等)は1,195人と、いわゆる文系の博士は少ないことが分かります。

 もともとの学部レベルでの学生数と比較すると、医学部医学科(要は医者)であれば3人に一人くらいの割合で博士課程を卒業しているのに対し、人文科学や社会科学においては、100人に1人もいません。分野ごとに「博士」の位置づけが違うことが、こうした事からも分かるかと思います。

3・博士の就職状況は?

 大学4年に加え大学院5年の計9年間も勉強したのだから、さぞかしみながちゃんと就職できるのだろう、というほど世の中は甘くはありません。医学系はもちろん国家資格という強い味方がいるので、就職率は83.8%と高いのです。自然科学系もまた就職率74.2%と一見高いのですが、正規雇用は卒業生の49.4%で、非正規雇用が24.8%です[1]。社会科学になると、正規雇用は38.0%、非正規雇用が17.9%で、そもそも職についていないと思われる者[2]が、42.2%です。人文科学系になると、さらに悲惨で、正規雇用は19.5%、非正規雇用が26.3%、職についていないと思われる者が50.8%です。

4・博士はどこで働いてるの?

 博士課程卒業後のキャリアパスは、それぞれの分野で異なります。必ずしも大学で研究するという訳ではないのです。例えば、医学系の場合はそのほとんどが医療機関や大学病院での勤務という職が得られます。

 自然科学系の場合は、大学の教員以外に、技術者(エンジニア)として開発や技術研究での就職があり、これが正規非正規を含めた就職者の28.4%を占めます。自然科学系の最大の課題はポスドク問題です。ポスドクとは、博士号取得後、就職先が無い人がかつて所属していた研究室に年収200万円くらいで1年契約の研究員として雇われることです。これが、自然科学の就職者の41.5%を占めます。就職率が高いからと言って、必ずしも安定的な職についているわけではないのです。肝心の大学の教員はというと、就職者の16.2%です。ただこれも、助教や講師といった肩書を持つ人ではなく、ポスドクにもなれず、非常勤講師だけで食いつないでいる人も含まれます[3]。残念ながら、既存の統計ではその数は分かりません。

 社会科学や人文科学は、自然科学で見られたようなポスドクの割合は低く、就職者の15%前後です。また、大学教員になれる割合も高く、人文科学で42.0%、社会科学で43.5%です。これらの分野では、教員の数に対してやたら学生の数が多いからでしょう。社会科学に限定すると、もはや研究からは足を洗って、そのスキルをもとに就職する人も結構多く、就職者の31.1%を占めます[4]

 こう、ざっと見るだけで、「博士=大学の教員」と、安直に解釈することはできないという事が分かると思います。

閑話1・博士課程を卒業できない人たち

 ここまでの話で、博士課程を卒業したとしても、なかなか就職できないこと、就職できたとしても経済的には安定しないことがお分かり頂けたと思います。ただ、卒業までにドロップアウトする人たちも少なからずいますし、また多留年学生もたくさんいます。ドロップアウトの数は分かりませんが、博士課程の学生に占める留年生の割合は30%を超えます。卒業までの道のりも順風満帆ではないのです。

閑話2・どうして博士課程に進学するの?

 こんな状況なのに、どうして博士課程に進学するのでしょうか?おそらく、今まで示した統計は博士課程進学者のほとんどは知りません。ただ漠然と、「就職が厳しい」等の考えを持っているに過ぎないのです。医学系以外は、もっぱら知的好奇心の追及や、目の前に自分が確実に貢献できる研究があるという自信(過信?)が進学を後押ししています。また、一部、研究者という求道的な生き方への憧れを抱き進学することもあります。ともあれ、人として生きていく、またはおまんま食っていくという事について、少々楽観的なところはあるでしょう。

6・どういう人が博士課程を卒業して就職できるのか?

 就職するという事は、とある職場に雇われ賃金をもらうという事です。賃金をもらうという事は、その賃金に見合った価値を自身が提供できるかということと繋がります。つまり、市場でその価値が認められる分野を先行している人ほど、就職においては有利です。しかし、あくまで市場における経済的価値というものが先に立ちますので、社会的または文化的な価値に重きがあり、経済低価値が相対的に小さな分野は就職の口が少ないのです。例えば、哲学や史学、神学などは社会的、文化的な価値はあるのでしょうが、よほどうまく展開しない限り経済的価値は多く作り上げません。一方、自然科学の中でも工学や農学は技術への転用が可能なので、経済的価値と結びつき、企業側の雇用のインセンティブを持ちます。分野の中でも差はあります。大きく経済学のくくりで見ても、日本において40兆円規模の市場がある医療を取り扱う医療経済学会の会員は350名程度ですが、経済学の歴史を扱う経済学史学会の会員は710名もの会員数を誇ります。

 経済的価値が大きくお金が引っ張ってこられる分野は、それだけ多くの研究者が求められます。もしその分野の研究者が少ない場合、研究能力が低くても就職できる可能性はあります。とりあえず多少の知識を持っていて、最低限の研究能力があればいいからです。逆の分野もあります。お金はあまりないけど、その分野の研究者が多い場合です。その時は、当該分野の研究者は市場的には過剰なため、多くの知識を有し、研究能力の高い人しか就職できません。細かい分野内で見たときに、優秀な人間から就職が決まるのは紛れもない事実なのですが、研究科(学部)単位で見たときには、必ずしも優秀だからと言って、就職が決まるとは限りません。私の例で恐縮ですが、私は同級生3名の間では、学業の成績と研究能力はぶっちぎりで最下位でした[5]。ただ、私の選考は社会政策論(医療経済学)、他の二人の選考はマクロ経済理論と経済史で、結果的に3年では博士課程を卒業し就職できたのは私だけでした。これは能力の差ではなく、紛れもなく研究分野の差です。

 学問に貴賤は無く、いかなる分野であり人類の知識の発展に役立つのは事実なのですが、その就職先を巡っては、経済的価値によって強力に支配されているのです。

7・博士は何を求めているのか?

 無事に就職できた人が、職場に求めることを率直に示すなら「研究環境」と「安定した収入」です。研究に必要な機材や書籍や分析ソフトなどの手配が可能な研究費があり、かつ自分の好きな研究に没頭できることが、望ましい研究環境の第一でしょう。そして、その上できちんと慎ましい生活を送れる収入を求めています。ただ、両方追求して、両方達成できるというのは至難の業です。大学の教員でさえ、学内の仕事や講義の準備等に追われるため、必ずしも充実した研究環境が整っているとは言えないのです。

8・博士は最終的に何を目指すのか?

 博士はどういったキャリアプランを考えているのでしょうか?これは、人によって違うと言ったらそれでおしまいなのですけど、代表的な例を挙げておくと、おそらく、すべての学問領域において、もっとも多くの博士が望むのは大学への就職です。たしかに、大学運営や授業やゼミの負担などはあるものの研究環境は良好で、収入も確保できます。収入に関しては、国公立より私学の方がはるかによく、国公立だと国家公務員程度、私学であると学校にもよるが、その1.5~2倍とも言われています。就職してしまえば、その後の研究業績については不問の大学すら存在するのです。大学への教員としての就職の競争相手は、主に同じ分野で学位を取得した者ですが、まれに同様の分野の民間企業や行政機関等で働いていた人が参入するケースもあります。

 大学教員以外ですと、これは分野によってさまざまです。自然科学の領域で、企業の研究事業に就職した場合は、おそらく大学でのポストが用意されているというような事情を除くと、ずっと研究事業に従事するでしょう。稀ではありますが、社会科学、ことに経営学や経済学の分野においては、学術的な知識を生かしたコンサル経営などもあるでしょう。

 ともあれ、多くの博士は基本的に大学への就職を目指します。しかし、その夢を掴むことのできる人は一部で、多くの人は大学以外の研究機関や企業の研究所で働くか、研究と関係ない職に就くのです。

9・博士は何ができるのか?

 世の中には多くの博士がいるものの、皆が希望通りの職を得ているわけではないということはお分かり頂けたと思います。その能力を十二分に発揮している人も、多いわけではないのです。ただ、博士課程まで卒業すると、いくつかの特性が身に付きます。

 一つは、研究を行なうということで、プロジェクトに対する基本的なPDCAのサイクルは身に付きます。ことに計画(Plan)と実施(Do)については、徹底的に叩き込まれます。1本の研究論文を書くためには、数十本の論文や書籍を読み、何が分かっていなくて、どういう研究が必要か自分の立ち位置を明らかにすることが大前提となるからです。

 次に、ほとんどの博士は「科学」的な手法を用います。科学という語の解釈は人により異なりますが、科学において求められることは、多少の条件は付きましょうが普遍性と客観性です。普遍性や客観性に欠ける論文は、ただの独占的なエッセイであり、論文として認められません。ゆえに、普遍性と客観性を担保する成果を挙げようとする能力や気遣いをもっています。

 最後に、これがもっとも実業とかかわりが深いですが、ほとんどの学問領域において客観性や普遍性を主張するために統計や計量の技術を身につける必要があります。歴史の分析においても、これらの技術は応用されています。ある事象の多寡を測る(記述統計)だけでなく、条件付きの多寡の測定(クロス表分析)、ある事象の変化に関わる要素の分析(回帰分析・因子分析)や、それらの分析の確からしさの計測(検定)の能力は、多くの博士課程卒業者は身につけています(ことに社会科学、自然科学)。企業や行政のエビデンスベースな意思決定のためには、この能力は非常に有用であるでしょう。

 以上、ざっくりと博士のおかれた就業状況と、その能力について説明してきました。実際に能力はあるのに職が無い、または希望の職に就けない博士もたくさんいます。これらの情報を参考に、博士という人的資源を社会に活かせていただければ幸甚です。

参考資料:文科省『平成25年度・学校基本調査』

奥井隆雄ホームページ『博士の生き方』(http://hakasenoikikata.com/top.html)



[1] 非正規雇用の中には、とりあえずアルバイト等で生計を立てている人も含まれます。ヒエー。

[2] ちなみにこの割合に、行方不明者や死亡者(自殺者)も含まれます。ヒエー。

[3] 非常勤講師は1コマ1回あたりだいたい1万円ほどもらえます。

[4] ただこの中に、日本総研や三菱総研などといった、大企業の調査事業部門が入る。しかし、ボリュームはそんなに大きくないと思われる。

[5] 他の二人は修士の間に博士号取得に必要な単位をすべてそろえるくらい優秀でした。私は、博士課程の3年次にようやく取得し終えたレベルです。


コメント

fifo
No.25 (2014/01/02 23:29)
これは昔から言われていたことですね。
就職避けて上へ上へ行った奴は知らんが、真剣に何かを研究した人に対しては
何かビジネスセンスがある人と手を組む機械が訪れることを願うばかり。
orcs
No.26 (2014/01/03 00:30)
>>25
>何かビジネスセンスがある人と手を組む機械が訪れることを願うばかり。

お、おう
何というか、今の「ビジネスセンス」って本当に通用するんだろうか? 好調なビジネスが一瞬でオシャカになるのは珍しくないし。ソニーですら業績悪化続き、グリーとかいう任天堂の倒し方さんは勝手に自滅しそう。食品偽装関連でいったいいくつの優良企業が優良(笑)になったのか。数えるのも馬鹿らしいほど多い。
>>9>>10>>17>>22あたりを読むと、今はもうビジネスやら会社やらは恵まれた少数の人間のためのもので、
大多数の人間にとっては既に時代遅れなシステムになってるのは確定的に明らか。

これからは価値の創造みたいな文化活動を金にするんでしょ、要するにコミュニティのマネジメント。例えばNPO。
今のシステムで「ビジネスセンスがある人」がそれを理解しようとするかどうか。まあ研究者だけだと限界あるから、お互い歩み寄りが望ましいか。
ichi
No.27 (2014/01/03 02:44)
>>21
安心しろ。お前よりはある。
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