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チャンピオンが同時に2人存在?頭脳遊戯チェスに関わる雑学集 第二弾

2016/05/03 00:24 投稿

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さて今回も雑学特集です。
今回はチェス世界チャンピオンにまつわる豆知識を5つ用意しました。
少しでもチェスに興味を持ってくれると幸いです。




【その1】チェス世界チャンピオン在位最長記録は27年

その人の名前はエマヌエル・ラスカーさんという人で、26歳~53歳の間世界チャンピオンであり続けました。
ラスカー氏は本業が相対性理論で有名な物理学者アルベルト・アインシュタインさんも一目置くほどの数学者で、後に「ラスカーがチェスなんぞやっとるせいで物理学が30年遅れてしまった」とアインシュタインさんが嘆いた話があります。
ラスカーさんはチェスは心理戦だと早くに気付き、実践したことで大成した人物だと言われています。心理学の要素をチェスに持ち込み、対戦相手はどういう人物か綿密に調べ上げて試合に挑んだそうです。序盤に優勢を相手にくれてやったあと精神的に緩んだところを叩くのを得意としていたそうな。
注意点としてチャンピオン在位年は1894年~1921年なのだが、戦争などがあり本当にチェスどころではなく10年間タイトルマッチが行われなかった期間が2度あり、27年間でマッチは6回しか行われていない上、挑戦者の決定も割と適当だった時代の話。





【その2】アマチュアでチェス世界チャンピオンになった人がいる

その人の名前はマックス・エイベさんというオランダの人で表記によってはエーワさんとかエーヴェさんという書き方がされている人。
さっきのラスカーさんも本業があったためインパクトが薄いかもしれないが、チャンピオンになって以後チェスに没頭し続けたラスカーさんと比べると少し違うように思えます。
エイベさんは10歳の時、都会のチェス大会で優勝を果たして神童だと周りからもてはやされますが、両親はいたって普通の教育をして平穏に学業を全うします。そして20歳のときにオランダチェスチャンピオンとなりますが、特に真面目にチェスをやるわけでもなく学生時代は学業の傍らボクシングなどの選手として活動。数学の教師を目指して博士号を取得。「ちょっと真面目にチェスの勉強やってみよう」と思い立ったのは10番勝負で惜しくも1勝差負けした相手が後に世界チャンピオンになってしまったときのこと。それでも教師と棋士の二足のわらじを履き続け、とうとう34歳で世界チャンピオンになりました。
本業の数学の教師を休職したのは世界チャンピオンになった後の5年だけで後は普通に教師として仕事をして(63歳でコンピュータサイエンスの大学教授になる)69歳で国際チェス連盟会長となります。
よくこの人は「世界チャンピオン経験者の中でも常識人すぎて面白エピソードがねえわ」と言われるのだが、二足のわらじでチャンプまで登りつめただけでキャラ濃いと私は思う。





【その3】チェス世界チャンピオンの状態で亡くなった人がいる

その人の名前は、アレクサンドル・アレヒンさんという人。表記によってはアリョーヒンとかアレキンとか書かれてたりもする人です。
この人は酒浸りで失敗が多いらしい。例えば公開対局の直前に酒を飲み、泥酔して対局場に登場、突然その場で床に放尿し始めて対局が中止になったことがあるようです。その他にも、チャンピオンになった後の世界選手権直前でも飲んでいたらしく草むらで寝ているところを連行されたりして結局失冠。禁酒を決意し再度世界チャンピオンに返り咲きます。
アレヒンさんにとってチェスは他ではかなわない相手をボコボコにすることができる最後の手段で精神的支えだったようなので、チャンピオンから引きずり降ろされたのは禁酒を促すに十分だったのかもしれません(負けた相手は前述の完璧超人マックス・エイベさん)。
返り咲いた後、第二次世界大戦などが起こり、やはりチェスどころではなくなったのですが、戦争が終わりようやくと言った1946年にチャンピオンの肩書を持ったまま亡くなります。
さあ、世界チャンピオンがいなくなっちゃったーどうしよう。となった時に担ぎ上げられたのが今まで影が薄く、チャンピオンのいいなり状態だった国際チェス連盟。これからは世界選手権を全部取り仕切るよ~と宣言してその通りになったもんだからチェス界のパワーバランスが激変したという余談。





【その4】チェス世界チャンピオンが同時に2人いた時代がある

もちろんチャンピオンが分身したわけではない。時は1993年。当時の国際チェス連盟会長が世界選手権開催地決定権について規則を破って暴走し始めたため、当事者のチャンピオンと挑戦者(共にニコ生公式放送に出演経験のあるガルリ・カスパロフ氏とナイジェル・ショート氏)が不満をつのらせ、世界選手権を国際チェス連盟の元で行わないと宣言。代わりの主催組織、プロチェス協会を作ったところ、さも当然だと言わんばかりに国際チェス連盟会長はチャンピオンの称号を剥奪、挑戦者の権利も剥奪。国際チェス連盟は新たにチャンピオンを据えますが、剥奪されたチャンピオンも独自にプロチェス協会を主催に選手権を行ったのです。
すると、力が暴走し始めた国際チェス連盟庇護下のチャンピオンと伝統的なチャンピオン対挑戦者の繰り返しで生き残ったチャンピオンの2人が並列することになりました。
このプロチェス協会、たった3年でメインスポンサーが離れてしまい、後に解散。伝統的チャンピオンは挑戦者を決めるに適切な予選を組織できなくなり、その4年後の2000年についに挑戦者として勝手に強そうな人(自分の弟子)を選び、なんと失冠することになります。
そのまた6年後に世界チャンピオンは統一され今に至るという余談。





【その5】チェス世界選手権過去最高賞金額は18億7000万円相当?

今回最後はお金の話。世界チャンピオンになりゃ一体いくらもらえんの?という疑問は沢山の人が持ってると思います。2016年は100万ユーロだそうです。
へ~、じゃあ世界チャンピオンになったら100万ユーロだからこの記事書いたときの為替だと1億2200万円もらえんの?と思われるかもしれませんがちょっと落とし穴。これは勝者と敗者2人の賞金総額であって1人の総取りではないのです。
大体毎回、勝者の取り分が60%で敗者の取り分が40%なのですが、タイブレークで決まった場合取り分は55%と45%、引き分け防衛は50%50%だそうです。
ちなみに100万ユーロは最低金額だそうなので開始される11月にはもしかしたら増えてるかもしれないです。60万ユーロだと7350万円くらいですね。
余談ですが、公認されてる1886年第1回世界選手権の賞金は800ポンド(現在での800万円くらいの価値)らしく、最も高かった頃のは1975年、フィッシャーさんという人が冷戦下今まで勝てなかった東側を倒して大活躍した西側チェスフィーバーの頃で、1ドルが300円大卒初任給9万円という当時に提示された賞金総額なんと500万ドル。このときは勝者350万ドル敗者150万ドルとなっていたので勝てば10億5000万円手に入っていたことになります。ネットで調べてると当時の9万円弱が現在では16万円強の価値とあったのでこれらを鵜呑みにすると現在の価値にして約18億7000万円ということになり、負けたとしても8億円以上の価値の金額をもらえたという・・・
実はこの超おいしい世界選手権に出場が確定していたチャンピオン側は予選で自身が認めるライバルが不当な扱いを受けていると言うような感じの不服(実際そうだった)を申し立て納得がいかないとしてチャンピオンの地位を返上、賞金は受け取られることがなかったです。




なんというかチャンピオンエピソード集みたいな感じになりそうだったのですが必死に抑えました(抑えてもこんなのでした)。
今後の参考にしたいので、この部分は面白かったみたいなのがあったらコメントくださいませ。勘違いとかもないように頑張ってますが、もしあったらごめんなさい。
(それとブログ経験者なのに今までどうやってブログかいてきたか忘れて苦労してる)
使わせていただいたサムネ画像【ベクトル Freepikによるベクターデザイン

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