未来の携帯電話開発を目的として、2013年11月に開設された仮想のオープンラボラトリー『au未来研究所』。昨年は神山健治監督によるオリジナルアニメーションを制作したり、ウェブ上にバーチャル研究所を展開していましたが、8月1日から「“スマホの次”を発明する」をテーマに2014年度の活動をスタート。8月7日には、一般から募集した参加者を対象に、東京・千代田区の3331 Arts Chiyodaでキックオフミーティングが開催されました。“スマホの次”を模索する内容となった同イベントのレポートをお届けします。
●ユーザーや外部パートナーと“スマホの次”を共創
はじめに、KDDIコミュニケーション本部 宣伝部 担当部長の塚本陽一氏が2014年度の活動について説明しました。同社がこれまで、通信技術により“つながる”ことをテーマに技術や製品を開発してきた段階から、“つながる”が当たり前になった現在、次に作る物として“スマホの次”をテーマに設定。通信技術にとどまらず、さまざまな領域から「変革の芽」をとらえるとして、“生活者(ユーザー)”と外部パートナーとで“共創”を行うと発表しました。
具体的には、ユーザーが参加するオープンラボラトリーを中心に、オンラインブレストやハッカソンを実施。これに加えて、13人の外部パートナーが未来に関するウェブニュースをピックアップし、今後作っていく物のヒントや刺激を与えていく目的のキュレーションマガジンを公開しています。
今後ハッカソンを定期的に実施してプロトタイプを製作、来年3月に発表するコンセプトモデルの開発へとつなげていく予定です。
●水口哲也氏が「ウォンツ」をキーワードにものづくりのヒントを伝授
続いて、『Rez』『ルミネス』などのゲームデザイナーとして知られる慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究所特任教授の水口哲也氏が『Future Creation = Design Future Wants』と題して講演。人間が物を作る動機には人間の欲求(ウォンツ)があり、物の進化やイノベーションはウォンツが生み出していることを多数の事例からひもといていくことで、これから物を作るクリエーターにヒントを与える内容となりました。
まず、マーシャル・マクルーハンの『メディア論』から、「すべてのメディアは人間の感覚と身体機能の延長線上に存在する」という一説を引用し、「視覚の拡張」を例に物の進化と、それを生み出すウォンツについて解説。例えば望遠鏡はできた当初、港で海賊を回避する用途で売れた一方で、「もっと遠くを見たい」というウォンツから天体望遠鏡として独自に進化していったという事例を紹介します。これを皮切りに、シネマトグラフィと映画、衛星放送、ハッブル望遠鏡、『GoPro』、AR(拡張現実)、『ストリートビュー』、『Kinect』などなど、「視覚の拡張」の事例を列挙。進化の背景にあるウォンツをひもといていきます。
ここで「われわれの世の中は何でできているのだろう?」という問いに「この世の中は人間のウォンツ(欲求)が外在化したものでできている」という結論を導き出します。
ウォンツを外在化した例として「パーソナライズの欲求」「インタラクティブの欲求」「ソーシャル×創造の欲求」「自己実現の欲求」といったテーマで解説。音楽をパーソナライズ化した『ウォークマン』の例では「イノベーションはニーズではなくウォンツが生み出している」と分析しました。
この後も、マズローの欲求のピラミッドを例にインターネットの普及以降は「承認」と「自己実現」の欲求が高まっていること、CDから『iPod』への移行でウォンツが変化していったこと、ガムが売れなくなった背景には「ウォンツを吸っていく」携帯電話の普及があること、AKB総選挙はメンバー、ファン、事業者のウォンツが化学反応を起こして成功したことなど、興味深く濃い内容で講演は進行していきました。
最後に、「デザインとは、ウォンツを実現できるHowの道筋を設計すること。その循環や化学反応を起こすこと」と定義して今後の『au未来研究所』のものづくりに指針を与え、ウォンツが循環している例として『Kickstarter』などのクラウドファンディングサービス、配車サービス『Uber』、ユーザーコミュニティを味方につけて成功した中国の携帯電話メーカー、Xiaomiなどの事例を紹介しました。示唆に富んだ講演内容は、参加者によい刺激を与えたのではないでしょうか。
●未来のコミュニケーションについて議論
この日の最後のプログラムは、『未来生活:テクノロジーはぼくらの人生をこう変える』と題したパネルディスカッション。『au未来研究所』の外部パートナーであるウォンテッドリー代表取締役CEOの仲暁子氏、批評家の濱野智史氏に加えて、HCI(Human-Computer Interaction)研究者の玉城絵美氏の3名を迎え、『WIRED』日本版編集長の若杉恵氏がモデレーターを務めました。
若杉氏からの「未来はこういうことが重要だと思うこと、そのキーワードは?」というテーマに、玉城氏は筋肉への電気信号でヒトの手指の動きをコンピュータ制御する『PossessedHand』を例に、「感覚共有」と回答。海外にいる人の身体感覚を共有する、性別を超えた身体感覚を共有するなど、ひとつの体を複数の人で共有することで、コミュニケーションは変わると語りました。
濱野氏は、アイドルの握手会に参加している経験から自らを「接触厨」と発言。握手しながら話すコミュニケーションには文字や言葉で伝わらない情報量が増えるとし、触覚が大事だと主張しました。
仲氏は、『Wantedly』の「志で世の中をこう変えたい」という求人に「いいね!」が集まる傾向を挙げ、同サービスを「やりがいで人をウォンツするサービス」と表現。これから働く人にはやりがい、社会貢献、自己実現のあるクリエイティブな仕事が求められていると回答しました。
“働き方”をめぐる議論では仲氏がリモートワークの流行が一巡して、現在はコミュニケーション速度が速い、イノベーションを生むという観点でオフィスワークが見直されていると指摘。これに玉城氏は「メールやテレビ会議ではコミュニケーションの絶対量が少ない。ノマドは早すぎた」と発言、五感を共有することで初めて“ノマド”が実現すると主張しました。
これを受けて、ノンバーバル(非言語)コミュニケーションの可能性についての話題に。玉城氏は感覚共有により情報量を増やすことで非言語コミュニケーションが有効になるとし、濱野氏は言語を非言語化するのが得意な日本人に可能性があるとコメント。仲氏も『LINE』や漫画、海外の学生から『iPhone』で広まった絵文字を例に、これに同意します。若杉氏から、「場の雰囲気を読む」日本の非言語コミュニケーションが海外へ展開することの難しさを指摘されると、濱野氏は日本のアニメ動画から海外に日本語が広まっていることを例に、「その作法を受け入れてもらうしかない」という見方を示しました。
話題が多岐にわたる議論になりましたが、「感覚共有」「触覚」「非言語コミュニケーション」と、未来のコミュニケーションを予言するキーワードが浮かび上がってきたこのパネルディスカッション。最後は濱野氏の「こういうイベントの質疑応答はつまらない。みんな握手会をやればいい」という提案により、登壇者との握手会という珍しいスタイルでイベントは幕を閉じました。
今後、8月31日と9月13日に第1回のハッカソン開催を予定している『au未来研究所』。現在サイトでは「衣」をテーマにオープンラボラトリーでディスカッションが繰り広げられています。“スマホの次”を自分でも提案してみたいという読者の方は、まずオープンラボラトリーに参加してみては。
au未来研究所
http://aufl.kddi.com/
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