●「医薬品のインターネット販売解禁」のウソ 見せかけの「解禁」の正体を暴く
「岩盤規制」のある分野には、ビジネスチャンスがあります。なぜなら、岩盤規制によって守られる既得権者たちが、新規参入による競争にさらされることなく、昔ながらのやり方でビジネスを続けているからです。
そんな中で、安倍首相は、「今後2年間で、岩盤規制を打ち破る」と表明しました。
これは、新たなビジネスを興そうと志す人たちにとって、大きなチャンスのはずです……という話を前回しました。
http://getnews.jp/archives/620600
もっとも、首相が「岩盤規制を打ち破る」といったからといって、そう簡単に事が進むとは限りません。
第1回にお話ししたように、政治、役所、マスコミが一体になって既得権者を守る強固な枠組みがあるからです。
http://getnews.jp/archives/613931
安倍内閣のこれまでの経過をみると、
・首相の表明した方針は、決して口先だけではなく、岩盤規制改革に着手する動きは現実化しつつあります(電力、農業、国家戦略特区など)。
・しかし、一方で、首相の方針が骨抜きにされたり、逆行してしまったりしているケースも少なくありません。
後者の一例が、医薬品のインターネット販売です。
安倍首相は、2013年6月、「すべての一般医薬品の販売を解禁いたします」と宣言していました。
http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/statement/2013/0605speech.html
ところが、同年秋の臨時国会で成立した法改正(今年6月から施行)では、「すべての」という部分が撤回されました。
・多くの一般医薬品については解禁するものの、
・処方箋薬(医師が処方する医薬品)から一般医薬品(薬局の店頭で販売される医薬品)
に転換して間もない医薬品(いわゆる「スイッチ直後品目」)23品目と劇薬5品目、計28品目について、引き続きネット販売禁止となったのです。
●1)わずか28品目(0.2%)の議論だったのか?
これに対して、「引き続き禁止されたのはわずか28品目(一般医薬品の0.2%)に過ぎない。ほぼ全面解禁じゃないか」と言われることがあります。
しかし、ここで注意すべきは、今回の法改正で、28品目だけでなく、処方箋薬のネット販売も引き続き禁止されたことです。
従来から、一般医薬品のネット販売解禁と並ぶ課題として、処方箋薬のネット販売解禁という議論がありました。
海外の多くの国では、病院で処方箋を発行してもらい、薬は薬局にわざわざ行かずにインターネットで購入……ということが認められています。我が国でも、足の悪い人など、病院のあと薬局まで行く手間を省けたら助かるという人が大勢いるはずです。
ところが、今回の法改正では、
・「処方箋薬のようなリスクの高い医薬品から、一般医薬品にスイッチした直後の医薬
品」は引き続きネット販売禁止とし、
・その帰結として、(スイッチ直後品目でさえ禁止なのだから)「処方箋薬のネット販売解禁など、およそ不可」ということに確定してしまったのです。
●2)「リスクが高い」品目はネット販売を禁止すべきか?
「処方箋薬やスイッチ直後品目は、リスクが高いのだから、ネット販売は禁止して当然でしょう」と思う人も少なくないかもしれません。
しかし、「リスクが高い」とはどういう意味なのか、きちんと検証してみる必要があります。
厚生労働省で開催された「スイッチ直後品目等の検討・検証に関する専門家会合」の資料で、ネット販売が禁止された一般医薬品28品目について、リスクが高いため、どのような特別な留意が必要なのか、品目ごとに説明がなされています。
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/0000014659.pdf
これをみると、それぞれの品目で、販売に際し、とても多くのことを確認しなければいけないと書かれています。例えば「18歳未満でないこと」「妊娠していないこと」「アレルギーの有無、高血圧・糖尿病・ぜんそく・感染症などの有無」「ステロイド点鼻薬を過去1年で1か月以上使用したか」などなどの要確認事項が、品目ごと10~20項目ぐらい列挙されています。
たしかに、通常の薬以上にリスクの高い薬なので、通常の薬以上に数多くのことを確認する必要があるのでしょう。
しかし、これは、ネット販売を禁止する理由になるでしょうか? 販売に際して、20項目の要確認事項があるからといって、「ネット販売ではなく、店頭販売すべき」でしょうか?
むしろ、数多くの要確認事項があるなら、店頭での口頭説明よりも、インターネット画面に表示して確認した方が、より確実ではないでしょうか。
こうした主張に対し、「ネット販売禁止論者」の立場から出てくる議論は、「薬剤師が対面して、五感を用いて判断することが大事」というものです。(例えば2013年10月29日の産業競争力会議分科会で紹介された五十嵐座長メッセージ:「薬剤師と患者さんとが直接顔を合わせてよく話し合い、薬剤師が患者さんの状態を五感を用いて判断し、販売する必要がある」)
たしかに、インターネット画面を通じた確認では、「五感を用いた判断」は難しいでしょう。
しかし、さきほどの「スイッチ直後品目等の検討・検証に関する専門家会合」資料に戻ると、どういうことを「五感を用いて判断」する必要があるのか、必ずしもよく分かりません。
例えば、28品目のひとつである「コンタック鼻炎スプレー(季節性アレルギー専用)」の要確認事項をみていくと、「皮膚の発疹・かゆみの有無」「鼻汁が黄色や緑色など通常と異なる状態」といった、「五感」に関わりそうな項目があります。
たしかに、「発疹」は、患者自身が気づいていない場合に、薬局で対面していれば、薬剤師さんが見つけられる場合があるかもしれません。しかし、たまたま顔や手に発疹があればということであって、店頭で全身チェックするわけでもないでしょう。また、患者が発疹に気づいていないという想定自体、とてもまれなケースではないでしょうか。「鼻汁の色」も同様です。
結局のところ、「なぜネット販売だと問題があって、禁止すべきなのか」という根拠が薄弱と言わざるを得ないのです。
●3)おまけの規制強化も
この「五感」論争は、実は、医薬品のネット販売が省令で禁止された2008年来、「ネット販売禁止論者」と「ネット販売解禁論者」の間で長く繰り広げられてきたものでした。
そして、従来、少なくともロジックに関する限り、解禁論者が圧倒的に優勢でした。
というのも、「薬局には本人が買いに来るとは限らず、家族が代わりに買いに来ることなどいくらでもあるはず。『薬局でなら五感で判断できる』という主張は、そもそも論理矛盾ではないか」という強力な主張があったからです。
これは、禁止論者にとっては、実に痛いところを突く主張でした。
「五感を用いて判断」という論拠が、実は「ネット販売は危険」と言いくるめるためのこじつけに過ぎないと明白に示したようなものだったからです。
今回の法改正では、この主張を封じ込めようということだったのでしょう。あろうことか、先ほどの鼻炎スプレーなど28品目について、「引き続きネット販売を禁止」するだけでなく、「本人以外による店頭購入も禁止」とされてしまいました。
これまでは家族が代わりに買うことはふつうに認められていましたが、新たに禁止されました。ネット販売禁止と同様、全く論拠薄弱と言わざるをないにもかかわらずです。
こうした論拠薄弱な規制維持、さらには規制強化が、なぜ起きてしまったのでしょうか?
伝統的な薬局とその関係者たちにとっては、ネット販売をできる限りおさえこみたく、その既得権業界が、政治、役所と一体となって、規制を守ったということです。
そして、第一回にお話ししたように、マスコミも基本的にそちら側の味方です。だから、以上縷々お話ししてきたようなことが、新聞やテレビでは正確に報じられず、「99.8%は解禁された(本当に危ないものだけが引き続き禁止された)」といった報道になってしまうのです。
安倍首相自身は、本当は「すべての一般医薬品のネット販売解禁」を実現したかったのかもしれません。しかし、こうしてみんなが一緒になって規制を守ろうとしている状況では、これ以上踏み込むことは難しかったのかもしれません。
岩盤規制の改革を進めるためには、まず、より多くの国民が「岩盤規制の正体」を知る必要があるのです。
(株式会社政策工房代表取締役 原 英史)
●関連書籍
『日本人を縛りつける役所の掟 岩盤規制を打ち破れ』(7月1日刊行)では、21分野の岩盤規制をとりあげ、それぞれの規制の裏側を解説しています。
http://www.amazon.co.jp/dp/4093897492
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