「ゆっくり珈琲を飲んで、一時間、ニ時間くらい本でも読んでくつろいでもらえたらいいなと思うんです。僕は、そのためにこのお店を開いているので」。
『HiFi Cafe(ハイファイカフェ)』のマスター・吉川孝志さんは今日も静かに珈琲を淹れています。
『ハイファイカフェ』は、京都市役所から寺町通りを北上して『三月書房』の前を通り過ぎ、観光客でにぎわう『一保堂茶舗』の角を曲がって一筋目をまた北へ……路地奥に静かに佇む古い町家の珈琲屋さん。今日も、ちゃぶ台で本を読みふけるお客さんがちらほら。雨が降る日は、レコードの音がことさらによく響いて心地よい時間が流れてゆきます。
「2冊になっちゃったんですけどね……」
今回、吉川さんの選書テーマは”これが僕らの喫茶道“。喫茶店のお客さんと喫茶店(珈琲屋さん)店主、両方の視点から一冊ずつ選んでくれたようです。それでは、まずはお客さんとして選んだ一冊を紹介していただきましょう。
●お客さん的喫茶道の一冊:キダ・タロー先生の快著『コーヒーの味—大阪—』
書名:コーヒーの味—大阪—著者:キダタロー
出版社:カラーブックス(保育社)
「何がいいってまず表紙ですね。喫茶店を語る本はあまたありますが、キダ先生のこのイージーな語り口!コーヒーの味にはほぼ触れず、主にはお店の雰囲気のことが書いてあって。やたらとママとかウェイトレスさんが美人だとか、独身かどうかとか、そこがポイントになっているところもおもしろいです。」
キダ・タロー先生は、主に関西の放送番組のテーマ曲やCM曲を多数手がけて、“浪花のモーツァルト”と呼ばれているアノお方。実は大がつくほどの喫茶店好きで、自ら取材して選んだ154件の喫茶店を濃い大阪弁オンパレードで紹介しています。近ごろリバイバル気味、昭和風味のポケットサイズ本『カラーブックス』シリーズの名作のひとつと言えましょう。
動画:キダ・タロー先生名曲紹介(YouTube)
https://www.youtube.com/watch?v=b7naGmUWa_U
「コーヒーの味」と冠した本を著しながら、まるでそんなことを気にかけずに美人ママの紹介に紙幅を割くとは…! 「キダせんせ、さすがでんな!」とでも言うほかありません。他の追随を許さない「濃いィ大阪弁オンパレード」っぷりをちょっとご紹介いたしましょう。ここは、吉川さんも通ったという今はなき大阪・キタの「アメリカン」。
うめだ花月入口横とあって吉本の芸人さんが時々姿をみせます。「アメリカンちゅうのはソコラ中にありますけど、みな社長の店でっか?」
「いいえ、関係おまへん。しかし私とこは終戦後すぐ始めましたさかい、同名の店の中では最古参とちゃいまっか…(略)」
『コーヒーの味—大阪—』P4「アメリカン」より
「おまへん」「ちゃいまっか」って! イマドキの若い人はもうそんなん言わへんようになりましたナァ。ついでに、もう一軒いってみましょう。こちらは豊中にあった『リーヴェ』。
広いカウンターで美女達があやつるサイホン、くつろぐ男性客。「いらっしゃいませ…」現れたママ、ナント読売テレビの元受付嬢、○○さん。メチャ美人!おまけに独身。『コーヒーの味—大阪—』P95「リーヴェ」より
すがすがしいまでの美人推し! ほんまに、キダ・タロー先生の文章を読むだけでも価値のある一冊やと思います。
●80年代のニューミュージックな雰囲気、女の人がダサ色っぽい!?
『コーヒーの味—大阪—』が出たのは1983年、バブル景気に向かいつつある日本が浮かれていた時代。なぜか、女性(ほぼ全員“聖子ちゃんカット”!)の雰囲気がなんともナマナマしい感じです。「ダサ色っぽいっていうのかなあ。この頃の喫茶店は音楽で言うと、フォークでもロックでもなくニューミュージックな雰囲気ですね」とうまいこと言う吉川さん。たしかに、どのお店も和気あいあいとにぎわっていて楽しそう。
「大阪の人はとにかく喫茶店によく通う。大阪の下町で育った僕も、子どもの頃から喫茶店に通う習慣がありましたけど、珈琲の味そのものが好きで通った喫茶店ってほぼないんですよ。よく行く映画館やレコード屋、本屋に近くて居心地がいいところ。ゆっくりひとりになれるところに通っていたんですね」
自ら珈琲豆を焙煎して、ネルドリップで一杯ずつていねいに淹れている吉川さんが、珈琲の味に無頓着なわけはありません。しかし「たとえ珈琲がおいしくなくてもその店に行く理由は多分にある」と吉川さんはきっぱりと言います。
「僕らにとって、喫茶店に行く理由っていうのはいっぱいあるんですよ。大阪の人はね、ものすごく喫茶店を愛しています。これは、まさにその喫茶店愛があふれてる本。だから、喫茶店とそこに通う人のあり方がものすごく伝わってきます」。
古い大阪の喫茶店を知る人によると、この本に掲載されているお店のなかには残念ながら閉店してしまったところも少なくないそうです。でも、たとえお店に行くことはできなくても「大阪的な喫茶店の雰囲気」はいやっちゅうほど味わえるはず。どこかの古本屋さんで見つけたら、ぜひページをめくっていただきたいものです。
次回は、吉川さんが珈琲屋さんのマスターとして選ぶ“喫茶道”の一冊をご紹介します。どうぞ、おたのしみに!
●『HiFi Cafe』について
店名:HiFi Cafe(ハイファイカフェ)
住所:京都市中京区新烏丸通り夷川上る藤木町41-2
営業時間:12時〜19時(ほぼ無休)
電話:075-201-6231
ウェブサイト:http://hificafe.exblog.jp
ハンドロースターで自家焙煎した豆をネルドリップで出してくれる珈琲専門店。濃く甘い深煎りの味わいを楽しんでほしい。珈琲はもちろん、ランチのカレーや珈琲に合うお菓子(かぼちゃケーキ、黒糖カステラ、カスタードプリン)など、すべてにおいて“ていねいな味”がする。写真は、近ごろ話題の「ギネスキーマカレーセット」1000円。
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