こんにちは。AV女優の菅野いちはです。映画レビュー連載も3回目。今回の題材は呉美保監督『そこのみにて光輝く』です。
函館の町を舞台に、光の当たらない人たちの、どうしようもない日々を描いている。そんな映画である。死、貧困、病、介護、性欲、売春、不倫、無職、殺し、ムラ社会の権威構造。できるなら見たくない、ふだん目を背けている事象が目白押しだ。
達夫(綾野剛)は以前の職場で抱えたトラウマを苦に、退職してパチンコなどで暇を潰す。拓児(菅田将暉)は刑務所からの仮釈放中。姉と母、そして寝たきりの父と共に海辺のバラック小屋で暮らす。町で幅をきかす中島(高橋和也)の経営する造園会社で中島の機嫌をとりつつ働く。拓児の姉・千夏(池脇千鶴)は工場のアルバイトと売春とで日銭を稼ぐ。中島と長年の不倫の仲にあり、セックスに応じるも心ここにあらず。達夫と千夏が出会い、かすかに日常が変化していく。
●「いるとこないんだよね、私には」
そこはかとなく漂う無力感。その日暮らしの生活の数々。社会福祉士資格をもつ私としては、千夏の家族は介護サービスを利用していないのかとか、この地域の民生委員や地域包括支援センターはとか、雇用の不足とか、そういうことについ気を取られる。きっとこの町では、福祉サービスを受けることへの「恥」の意識や、地域からの差別や孤立への恐れがあるだろう。原作の小説の時代背景はバブル絶頂期だそうだが、映画化にあたっては現代の設定になっている。どんな時代にも格差は存在する。高層タワーマンションで優雅に暮らす人がいるかと思いきや、その部屋から見下ろす絶景のなかには必ずや路上生活者がいる。貧困にあえぐ人の数たるや、どれくらいのものか。かく言う私も、貧困に遠くない位置にいる。AV女優の世界にも格差は存在する。“女は脱げば儲かる”なんて遠い過去の話だ。
少々話が逸れた。千夏が達夫に向けて、「いるとこないんだよね、私には」とつぶやく。いや、自分自身に向けてつぶやいたのかもしれない。その自嘲気味な言い方からは、これまでの人生で積み重ねられてきた無数の諦めが透けて見える。この映画の登場人物たちの救いのなさが、この一言に凝縮されていた。何が源泉なのか分からない、いらだち。生きることへの不器用さ。綱渡りのような毎日。浮遊感。かといって、現状を打開するようなエネルギーもきっかけもない。そんな人々とその背景の暮らし。現代社会への問題提起とも捉えられる。
そんな暗いストーリーの中の唯一の明かりは、拓児の無邪気さである。拓児がいなければ、あるいは拓児がこんなに明るくなければ、辛くて観ていられない映画かもしれない。人懐っこく、相手の名前を連呼する。たえずしゃべり続けて相手の興味をひこうとする。愛用の自転車をばたつかせ、落ち着きがなく、感情を体いっぱいで表現する。カレーライスをぐちゃぐちゃと混ぜる手つきさえ愛しく思える。その無邪気さや素直さが裏目に出て、歯止めがきかず人を傷つけてしまう闇も併せ持つ。菅田将暉の演技にほれぼれした。別の角度から見ると、拓児の性格を形作ったのは貧困かもしれない。物質的な貧しさを埋めるには、非物質的な豊かさが手っ取り早い。末っ子の拓児は、幼いころからなんとか家族を明るくしようとおどける癖がついた。考えすぎだろうか?そんな推理を呼ぶほど、この脚本は緻密に描かれている。
●陰りがありつつも美しい風景
様々な色や音があった。全体に漂うモヤのかかったグレー。海の青。砂浜のベージュ。 採石場に立つ土ぼこりの茶色。植木のか弱い緑。スイカの赤。夕暮れのオレンジ。海の波打つ音、カモメの鳴き声、カエルの騒ぐ音。救いのないストーリーの合間に映る豊かな自然の彩りが、どうしようもない毎日にも美しい瞬間があることを教えてくれる。その対比があるからこそ、暗さがより暗く映し出されるのかもしれない。
夕陽のあたたかいオレンジに包まれたラストシーン。達夫と千夏の無言のやり取りに心揺さぶられる。観終わったあと、ぼうっとあたたかい気持ちになる。"自分より状況の悪い人がいるから自分はまだマシだ"ではなく、これといった根拠はないけど人間としての根幹の部分を絶対的に肯定されたような、不思議と勇気付けられる映画だ。
●著者プロフィール
菅野いちは(かんの・いちは) AV女優。ピンク映画、舞台でも活躍中。NAXプロモーション所属。
Twitterアカウント @kanno_ichiha
公式ブログ「徒然いちは」http://blog.livedoor.jp/kanno_ichiha/
【過去記事】
第1回:この部屋では人間臭いドロドロとした感情が露わに……『愛の渦』
http://getnews.jp/archives/555387
第2回:同性愛とか異性愛とかはどうでもよくなる『アデル、ブルーは熱い色』
http://getnews.jp/archives/566181
『そこのみにて光輝く』
http://hikarikagayaku.jp/[リンク]
(C)2014 佐藤泰志/「そこのみにて光輝く」製作委員会
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