今回は猪原賽さんのブログ『賽の目記ポータル』からご寄稿いただきました。
※この記事は2014年01月22日に書かれたものです。
※すべての画像が表示されない場合は、http://getnews.jp/archives/546910をごらんください。
■「あなたはKindle等の電子出版物を買った事がありますか?」と学生に訊いてみたらけっこう絶望しちゃった話
昨日は別にいいかと書いたし、サムネイル用写真も昨日の流用ですが、昨日Twitter上で知った「事件」に思うところあり、やっぱり書くことにしました。
武蔵大学「クリエイティブ・ライティング」特別講演をした事です。
その内容ではなく、その途中で実施した挙手アンケートで、俺は愕然としたのです。
ちなみに昨日の「事件」とは、こちら。
「文庫だけでなくコミックも!角川書店Kindle版電子書籍70%オフセール中だぞ急げ!」 2014年01月21日 『News ACT』
http://news-act.com/archives/36548940.html
角川文庫、角川ホラー文庫の小説のみならず、エース・コミックスやあすかコミックスなどマンガの単行本のKindle版電子書籍が、軒並み70%オフセールとなったのでした。
俺も『強殖装甲ガイバー』Kindle版全巻買っちゃったし。
で、一体講義の最中一体何が「事件」だったかと言うと……
特別講義と言っても、大学時代の先輩(三澤さん)が講師として受け持つ授業のゲスト講師ということで、俺の目の前にいたのは、その授業を取っている35名ほどの大学生達。
1クラスくらいの学生を相手にマンガ業界のこと、マンガ原作という仕事、俺の知る範囲での事を話したくらいだったのですが、ぜひ学生さん達に対して話したいと思っていたネタのうちのひとつは、「電子書籍のこと」でした。
特にこの講義の2日前、俺はJコミの新年会にも参加しており、鈴木みそ先生を筆頭にした電子書籍の勝ち組マンガ家さん達のシンポジウム式トークショーも拝聴しておりました。
紙か電子か。有料か、無料か。
電子書籍によってマンガの未来はどうなる? そんな話をしようと思っていたのですが、まず俺は学生さん達に問いました。
――この中でKindleを始めとした電子出版でマンガや小説を買ったことのある人は何人くらいいますか?
……手を挙げたのは、1人でした。
1人だったんですよ。
大学生約35人。
その中で電子書籍を買ったことがある者が、たった1人。
俺は絶句してしまいました。
ほぼ全員が電子書籍を買ったことがない状況で、電子書籍を語ってもピンとくるわけがない。
三澤さんが慌てて助け舟を出し、質問を変えました。
――じゃあ、App StoreやGoogle Playで、音楽を有料ダウンロードした事のある人は?
――映画やTVなどの映像メディアは?
手を挙げた学生は、共に5人程度だったでしょうか。
――じゃあ、メディアはともかく、スマホの有料アプリを買った事のある人は?
ここまでDLコンテンツの幅を広げても、手を挙げたのは教室の半分にも満たない数だったと思います。
もういいです、じゃあ普通にマンガのコミックスを買う人は? と問うと、これでやっと教室の半分くらい。
マンガ雑誌を買ってる人は? と問うと、その中の3分の1くらい。
この授業は「クリエイティブ・ライティング」といいます。
将来、出版に関わる編集、作家等になりたいと考えている学生が半分以上はいる、と三澤さんに聞いていました。
そんな出版・物書きに興味がある若者が集まっているのに、
「有料コンテンツ」に課金した事のない者が大半
という状況は、これは電子書籍に限らず「有料コンテンツ・システムの終わり」を予感させるショックな出来事です。
授業のあと、三澤さんと反省会をしました。
その中で話題になったのは、やはり「思いの外、電子書籍を買う若者がいなかった」という話でした。
確かに学生は社会人と違ってあまり自由になるカネを持っていません。
学生達は無料のマンガやゲーム、アプリには手を出しているはずで、電子書籍は「買うべきもの」の優先順位が低いのではないか、と。
そこで、冒頭のコレに戻ります。
「文庫だけでなくコミックも!角川書店Kindle版電子書籍70%オフセール中だぞ急げ!」 2014年01月21日 『News ACT』
http://news-act.com/archives/36548940.html
少なくとも、私のTwitterTL 上ではかなり話題となり、実際これを機会に電子書籍をバンバン買っている方も多かった。
俺自身もガイバー全巻買っている。(既刊30巻全て購入しても5,000円ほど。)
この70%オフという値段はともかく、現在の電子書籍の値段が適正なのかどうかが、三澤さんとの反省会でも問題になりました。
現状、紙媒体のコミックス・本と、電子書籍のコミックス・本の値段にあまり差の無い状況で、電子出版物とはなかなか買われないものなのではないか。
では、電子書籍の適正価格とは……?
これからの若者、経済を支えるであろう学生達が、コンテンツに課金しようと思うラインはどこなのか……?
そんな悩ましい問題が出て、結論の出なかった翌日のこの角川70%オフセール。
翌日、つまり昨日。
ほぼ毎日世話になっているコワーキングスペース「CASE Shinjuku*1」。
ここにはよく顔を合わせる高専生がいます。
目の前で彼が仕事をしていたので、ちょっと断りを入れて話を聞いてみました。
*1:「少しずつバージョンアップしていくコワーキングスペース”CASE Shinjuku”を身を以て見守っている、なう 」 2013年12月24日 『賽の目記ポータル』
http://iharadaisuke.hatenablog.com/entry/2013/12/24/103601
――電子書籍とか買ったことありますか?
高専生「無いです」
――やっぱりw そういう学生さんが多かったんで訊いてみたんです。周囲もそうですか?
高専生「いないですね。そもそもあーいうのって欲しい時にサッと買える・手に入るものじゃないですか。だけどその為にはクレジットカードが必要じゃないですか?」
――あ。
高専生「クレジットカードを持っている学生は少ないですし、電子マネーも前払いだから面倒と手間がかかる。サッと買えるものがサッと買えない。だから買わないんじゃないですかね」
そうです、クレジットカードです。
電子出版をサッと買うには、クレジットカードないしはプリペイドの電子マネーが必要になる。それを持たない若者が、電子出版の「手軽さ」を体験できるわけがない。
――ちなみに、角川書店のKindle版文庫やコミックスが今日70%オフなの、知ってましたか?
高専生「知らないです。でも70%オフならすげー興味ありますね」
――電子出版物を買ってもいいと思う?
高専生「かさばらないし、どこでも読めるし、買えたら買いたいと思いますよ。でもカード持ってませんので結局買わないんですけどw」
――カードを持っているとしたら、紙の本と電子書籍、どっちを買いますか?
高専生「値段が変わらないなら、紙を買います。だけどもし今回のように70%オフのセールがあるなら、電子版を買っちゃいますね。50%オフでも電子版を買うと思います。10円20円の差しかないなら、電子版を買うことは無いと思います」
講義をした際に学生さん達に尋ねた「電子書籍を買ったことがあるかどうか」の質問に、あると答えた者が1/35人。
俺は自分のシナリオ集『漫画原作のゲンバ』が売れないのは、単純に俺が人気作家ではないからだと今まで思っていました。
が、実はそれだけでなく、単純に電子書籍を買う分母が少ないという理由もあるのではと今は考えるに至りました。
(いわばマンガ原作シナリオ作法集であるこの本は、これからマンガ家になりたい、そんなふうに考えている若者にこそリーチするのでは? と考えて出したものだからです。)
そしてそんな学生さん達は、果たして将来社会に出、金銭的余裕が出来、カードを手に入れたとして、そこから電子有料コンテンツにお金を投じるようになるでしょうか?
紙と同じ値段の電子書籍を買うでしょうか?
電子書籍の値段は、現在の価格が適正でしょうか?
私は上記の高専生くんが言うとおり、
「紙の半額なら買う」――電子版は紙の2分の1くらいが、実態のないデータでしかない電子書籍にカネを出そうと思うラインなのではないかと考えます。
これは紙の値段や印刷費、流通コストがかからない分、という具体的数字を根拠としたものではなく、「半額!? 安いな!」という単純な購入動機としての感覚的なものです。
ただコストだけの問題でなく、紙メディアを販売する書店など、出版に関する関連企業・業界との兼ね合いで現状の電子書籍の値段が決まっているし、変えられないのだろうというのもわかるのですが……。
それでもこれから電子書籍の時代が来る! と言われたりしますが、
・カードが無いから買わない
・紙と変わらないなら買わない
そんなこれからの経済を支える若者が社会に出て、カードを持ったからといって、急に電子書籍を買うかは疑問です。
電子書籍に限らず、スマホやエンタメに関して無料アプリや無料ゲーム等で満足出来てしまっている経済文化を持つ層が、将来的に「作家を・クリエイターを買い支える」という思考を持ち得るか――いや、持ち得ないんじゃないかと俺は恐怖を覚えました。
このままでは電子書籍の時代が来る前に、マンガや本といった「有料メディア」そのものが終わるのではないか。
ここまで考えて、今更のように講義で学生さん達に伝えるべきものがあった事に気付きました。それは、
Jコミ*2やマンガボックス*3といった、無料ネットマンガが存在すること。
マンガボックスに関しては収益をどこで得るのか、俺自身がまだよく調べていないので語ることはできませんが、少なくともJコミは広告収入を作者に100%還元するシステムで作家に収益があります。
ただ、その額は原稿料や印税には遠く及びません。
*2:『Jコミ』
http://www.j-comi.jp/
*3:『マンガボックス』
https://www.mangabox.me/
有料の電子書籍がなかなか買われない、そして今後も紙と同じでは買われないだろうという予感が今の俺にはしています。
逆に言えば、無料であれば(紙よりかなり割安感があれば)電子書籍は爆発的に周知・認知される可能性がある。しかしそこには、無料でも(ディスカウントしても)原稿料や印税に近い収益を得られるシステムが無ければとうてい長く続いて文化として根付くにはムリがあるだろうなとも考えます。
ええと、なんだ、つまり、
Jコミでマンガ読もうぜ! 無料だし!
なんてねw
いやでも実際Jコミがもっと認知され、多くの読者が読むようになれば、また収益も変わって来るとは思うんですが、ただJコミは「但し絶版マンガに限る」というビジネスモデル。連載や新作で勝負する場ではないわけです。
なので、新作・連載の方向で「いかに読者にカネを使わせず、しかし作者(や出版社)に正しい収益がある」画期的なシステムが無い限り、やはり「電子書籍の時代」とは絵に描いた餅のままではないかなあと、わりと絶望的な気分になった二日間でした。
Jコミ
http://www.j-comi.jp/
マンガボックス
https://www.mangabox.me/
●■この記事の補足■
「資料をアナログでファイリングしつつ、この前嵐のように拡散された「電子書籍の現状」について補足する」 2014年01月29日 『賽の目記ポータル』
http://iharadaisuke.hatenablog.com/entry/2014/01/29/175920
執筆: この記事は猪原賽さんのブログ『賽の目記ポータル』からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2014年04月01日時点のものです。
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