『ラーメンと愛国』を読んだ。

今回はふじい りょうさんのブログ『BLOGOS』からご寄稿いただきました。

■『ラーメンと愛国』を読んだ。
「ラーメンと愛国 (講談社現代新書) [新書]」 速水 健朗 (著) 『Amazon』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062800411/

gotanda6*1様からは、「次に出す本のテーマはラーメン」と聞かされていて、「ラーメン? 食べ物にあまり興味なさそうなのにどうしてかしら」と思ってから待つこと3年。ようやく上梓された「ラーメン本」は「ラーメン本」ではなく、ラーメンという事象を軸に展開される現代史概観本だった。

たまたまこのエントリーを太平洋戦争開戦70周年の12月8日に記しているけれど、そういった節目の日に読むのに相応しい本。ちなみに、DOMMUNE*2のトークライブにこの日を計ったかのように出演される。(参照*3)

*1:「2013年12月2週目の手記」 2013年12月13日 『【B面】犬にかぶらせろ!』
http://d.hatena.ne.jp/gotanda6/

*2:『DOMMUNE』
http://www.dommune.com/

*3:「DOMMUNE LIVESTREAMIN INFORMATION & RESERVATION!」 『DOMMUNE』
http://www.dommune.com/reserve/2011/1208/

第一章「ラーメンとアメリカの小麦戦略」と第二章「T型フォードとチキンラーメン」では、太平洋戦争(第二次世界大戦)が総力戦になったことにより、技術より生産量が勝負の帰趨を決めるようになり日本が負けたことに触れ、戦後の食料窮乏と、アメリカの小麦生産の過剰分が日本にやってくることで、パン・麺食が米食を抜いていくというヒストリーを示している。

そして、戦艦『大和』のような「一点もの至上主義」から「大量生産」という思想のパラダイムシフトが、アメリカより約50年遅れて日本に導入された象徴例として、チキンラーメン*4を登場させる。安藤百福が作り上げた商品は工業製品であり、大規模オートメーションから生まれた魔法のラーメンだったこと、デミングやドラッガーらや、スーパーマーケットの広がりという流通の変化にはうってつけの商品だったことなどを自在に持ち出して詳らかにしている。

*4:「チキンラーメン」 『日清食品』
http://www.nissinfoods.co.jp/product/lineup/brand_1.html

アメリカのスーパーマーケットからショッピングモールが発展する過程に触れているあたり、本書が『思想地図B』*5で著者が監修した「ショッピングモーライゼーション」のアナザーストーリーとして捉えることも出来そうだが、その比較はここでは割愛する。

*5:『genron』
http://genron.co.jp/

第三章から第五章までで、本来は中国発祥だったラーメンが、なぜ日本の国民食になったのか。闇市から店舗を構えるまでになった50年代の第一世代、脱サラとしてフランチャイズの傘下で店舗をもつ70年代の第二世代、インスタントラーメンを食べた第三の世代になる団塊世代に至るまでの間で、「地層のように重ねられた記憶」がラーメン=国民食という共通認識となった、と結論づけている。

個人的に、一番興味を持っていたのが、ラーメンとナショナリズムの関係。著者は2008年刊行の『自分探しが止まらない』*6にて、ラーメン屋が作務衣にタオルというスタイルで、人生訓などを店舗に飾るといった、自己啓発的な思想について指摘していたが、本書では、黒地に金の装飾という和風の内装・作務衣風の衣装になったことを「作務衣系」と呼び、手書きの人生訓を「ラーメンポエム」と名づけている。

*6:「自分探しが止まらない (ソフトバンク新書) [新書]」 速水 健朗 (著) 『Amazon』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4797344997/

そのようになった理由として、90年代のテレビ番組の果たした役割、スター店主に弟子入りするという徒弟制度のエンタメ化が挙げられ、ラーメン作りが職人のものどころか、宗教的な「ラーメン道」にまで高められていく過程が語られる。

そして、コンセプトに「和」を持ち込んだのが、『博多一風堂』*7恵比寿店、そして『麺屋武蔵』*8であるとする。この「和」にした「理由」について、女性客への訴求、ということの言及に留まったのは、ちょっと残念。

*7:『一風堂』
http://www.ippudo.com/index.html

*8:『麺屋武蔵』 (※このサイトは現在、公開されていません。)
http://ww35.m634.com/634/

「工業製品」から「ご当地」化、そして「ご当人」化していくというグローバリゼーションとは逆の方向に進んでいる現象を、「ヌーベル・キュイジーヌ」や「スローフード現象」と対置させ、それが「地域主義」、そして「愛国」に繋がり、90年代からの右傾化の流れをラーメンポエムに見出す…というのは、興味深くもあるけれど、若干強引なようにも感じられた。

ちなみに個人的には、現在の日本の「右傾化」の正体は、ナショナリズムに仮託して存在意義を見出すという、ある種の「自分可愛さ」「自分大好き」という深層心理から来ているに過ぎないと考えているのだが、とりあえず置く。

本書でも白眉なのは、『ラーメン二郎』(参照*9)の人気を解剖した箇所。「ジロリアン」を一種の信仰になぞらえ、「美味しくないのに、通わずにはいられない」理由としてその量の過剰さ(普通と頼んでも通常のラーメン屋の二倍の量は入っている)ことが「二郎たらしめている」と喝破。そして『二郎』がネットユーザーと相性が良く、全店舗を制覇するしてブログにアップするという「ゲーム的消費」について指摘するあたりは、著者の真骨頂と言っていいだろう。

*9:『二郎ラーメンのホームページ』
http://www.asahi-net.or.jp/~ni2y-msw/

この本の面白いところは、ラーメンが戦前・戦後史、そして現代のカルチャーを示すためのツールとしての役割に徹していることで、一切の「ラーメン愛」が感じられないことだ。巻頭で「ラーメンはいつからこんなに説教くさい食べものになってしまったのか」と問い、最後に世界各国でのラーメンの扱いについて網羅的に触れた後、「ラーメンをめぐる話題は尽きないが、これ以上は紙幅も筆者の根気も尽きつつある」と記すあたり、著者の人となりを知る身としては、微笑を禁じえない。

著者に対して「お疲れ様でした」という気持ちを込めつつ、「ラーメンについてもっと知りたい」というひとに対する誤配が生まれたら面白いな、と思いつつ、特に戦後史を俯瞰するのには格好の本である、ということは述べておきたいと思う。

あぁ。この本をきっかけに「ラーメンポエム」を収集・集積するサイトとか登場しないものかしら。

●<参考>
「講談社現代新書のカバーの色のひみつ」 2011年10月13日 『【A面】犬にかぶらせろ!』
http://www.hayamiz.jp/2011/10/covercolor.html

「『ラーメンと愛国』元ネタブックガイド」 2011年11月24日 『【A面】犬にかぶらせろ!』

http://www.hayamiz.jp/2011/11/ramenbook.html

「ラーメン、アメリカ、ジャニーズ:速水健朗氏との対談(ミュルダールを超えて第二回)」 2011年11月07日 『REAL-JAPAN』 (※このサイトは現在、公開されていません。)

http://real-japan.org/2011/11/07/631/

「【速水健朗氏インタビュー】ラーメン神話解体――丼の中にたゆたう戦後日本史」 2011年11月04日 『ソフトバンク ビジネス+IT』

http://www.sbbit.jp/article/cont1/24121

執筆: この記事は ふじい りょうさんのブログ『BLOGOS』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2014年03月24日時点のものです。

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