今回は武田邦彦さんのブログ『武田邦彦(中部大学)』からご寄稿いただきました。
■【読売新聞社説の論評】 「「1ミリ・シーベルト」への拘りを捨てたい」とはなにか?(中部大学教授 武田邦彦)
読売新聞が2013年9月12日付けで、「「1ミリ・シーベルト」への拘りを捨てたい」という社説を出した。その論旨は、「政府は、住民帰還の目安となる年間被曝線量を「20ミリ・シーベルト以下」としている。国際放射線防護委員会の提言に沿った数値だ。
その上で、長期的には「年間1ミリ・シーベルト以下」に下げる方針だ。
しかし、住民の中には、直ちに1ミリ・シーベルト以下にするよう拘こだわる声が依然、少なくない。
人間は宇宙や大地から放射線を浴びて生活している。病院のCT検査では、1回の被曝線量が約8ミリ・シーベルトになることがある。
専門家は、広島と長崎の被爆者に対する追跡調査の結果、積算線量が100ミリ・シーベルト以下の被曝では、がんとの因果関係は認められていないと指摘する。
政府は、放射能の正しい情報を周知していくことが大切だ。」としている。社説だから見解は見解として尊重しなければならないが、取材を基本とする新聞社としては「事実誤認」が多すぎて、「自分の意見を通すためには事実を曲げてもよい」としているので、一般人の意見としてはありうるが、大新聞の社説としては頂けない。
このぐらい、事実を無視するなら、社説の最初に「読売新聞は原発の再開を支持しているので、事実は無視します」と断った方がよい。
一つ一つ、検証しよう。
まず「政府は、住民帰還の目安となる年間被曝線量を「20ミリ・シーベルト以下」としている。国際放射線防護委員会の提言に沿った数値だ。」とあるが、ここは正しくは、次のように書かなければならない。
「日本では事故時における最大の被曝量を1年5ミリ(原子力安全委員会)としており、また事故時の発がん予想数についても規定している。政府の決定は日本国内の正式機関(安全委員会)の決定をないがしろにして海外のNPO(任意団体で国際放射線防護委員会という名前を使っている)に従うのは国民を無視したものだ。」
第二に、「しかし、住民の中には、直ちに1ミリ・シーベルト以下にするよう拘こだわる声が依然、少なくない。」とある。問題は「拘る」という用語だが、1年1ミリは日本の基準で、また日本の一般人の被曝限度として長く使われてきたものだから、それを「尊重する」という用語を使うのが適当だろう。
「法令や基準を遵守する」というのは日本社会の不文律であり、安全な日本を作っている基幹的な道徳だ。それを「拘る」という用語を使うのは不見識である。法令や基準を守りたくない人が法令を守ろうとしている人を非難してはいけない。まして新聞の社説だから見識が無い。
第三点は、「人間は宇宙や大地から放射線を浴びて生活している。病院のCT検査では、1回の被曝線量が約8ミリ・シーベルトになることがある。」としていることだ。
被曝量は「足し算」なので、1)自然からの放射線、2)医療用放射線、3)大気中核実験の放射線、4)原発などの放射線、からの被曝を合計して平均的に1年5ミリになるようにしており、その中で4)が1年1ミリであり、「並列で比較できる」というものではない。
医療用被曝が多いと言うことを強調しているが、CTなどで被曝する場合、「自分の健康を守るという利益」と「CTで被曝する損害」を比較して利益が上回れば実施するという関所がある。これは「正当化の原理」といって専門家ならすべての人が知っているので、読売の論説委員はよほどたちの悪い専門家に聞いたに違いない。
命を守るために患者の足の切断手術が許されるから、他人の足を切断してよいという論理だ。比較してはいけないことを比較して素人を騙す手法だから、これは新聞社としては謝罪するべきだろう。
次に、「専門家は、広島と長崎の被爆者に対する追跡調査の結果、積算線量が100ミリ・シーベルト以下の被曝では、がんとの因果関係は認められていないと指摘する。 政府は、放射能の正しい情報を周知していくことが大切だ。」
というくだりだが、一生の積算線量は100ミリが限度で、人間はおよそ100才ぐらい生きるので、1年1ミリという限度が決まっている意味もある。これは毒物などの摂取の基準の常識で、「将来は被曝しないだろう」という推定はしてはいけない。もしするなら一人一人の被曝管理をしなければならない。
最後の文章「政府は・・・」は、もしこの通りにしたら「政府は自ら決めていた1年1ミリという被曝限度は正しくなかった」としなければならない。
これまでの基準は人間の叡智を結集して1年1ミリと決めていたのだから、それを超える知識を持っているとすると、読売新聞の論説委員は神になったようだ。おそらく論説委員は「健康よりお金」、「他人が病気になっても俺は大丈夫。東京にすんでいるから」ということだろう。
執筆: この記事は武田邦彦さんのブログ『武田邦彦(中部大学)』からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2013年10月02日時点のものです。
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