今回は中国、新興国の「今」をお伝えする海外ニュース&コラム『KINBRICKS NOW』からご寄稿いただきました。
※すべての画像が表示されない場合は、http://getnews.jp/archives/282804をごらんください。
■王力雄「炎の遺言――なぜチベット人は焼身するのか?」 前半
●長すぎる前書き(1):チベットの最大の問題は情報
チベット人作家ウーセルの夫でもある中国人作家・王力雄が香港誌・陽光時務*1のチベット特集に焼身抗議に関する記事「炎の遺言―なぜチベット人は焼身するのか」を寄稿した。まず最初にこのコラムの立場について簡単に解説させていただきたい。なおサイト「チベットNOW@ルンタ」*2でtonbaniさんの解釈も掲載されている。
*1:「《陽光時務週刊》第35期《痛哉西藏》」 2012年12月13日 『陽光時務週刊』
http://www.isunaffairs.com/?p=12061
*2:「王力雄「炎の遺言――なぜチベット人は焼身するのか?」 前半」 2012年12月23日 『チベットNOW@ルンタ』
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51773905.html
記事はチベット人焼身者の遺言の内容を7つに分類して分析し、「絶望のために焼身したのではない」「国際社会に助けを求めているわけではない」との結果を導き出している。
この分析が打倒であるかを考える前に、抑えておくべき重要なポイントがある。私たちは「彼らがなぜ焼身したのか?」について確たる情報を持っていないという点だ。中国が現地の情報を封鎖しているため、ごくわずかな情報から類推するしかない。その結果、「絶望のあまり自殺するかのように焼身したのだ」「国際社会に訴えるためのパフォーマンスだ」「他のチベット人を勇気づけるためだ」などなど、さまざまな推測、憶測が飛び出す。
●長すぎる前書き(2):チベットの人々を傷つける憶測
その中にはチベットの人々にとってある種耐えがたい情報も含まれている。例えば米国に亡命した中国体制批判で知られるジャーナリストの何清漣は「米大統領選前の焼身抗議はやめるべきだ。米国が外交的に動けず効果が薄い」とツイッターで発言し、ウーセルさんなどの論者の反発を受けた。何清漣はチベット人に対して悪意を持っていないであろうが、「焼身抗議は国際社会へのパフォーマンスであり、適切な時機を狙うよう起こすタイミングを変えられる」という発想は、「焼身抗議はダライ集団の扇動」と説く中国政府の立場にきわめて接近している。
同様に焼身者の絶望を強調する立場も、チベット人の立場からみれば素直に受け止められないこともあろう。チベットのために命をささげた英雄が、希望を失ったあまりに自殺したと解釈されては無理もない。そしてその解釈は「騙されて自殺した愚かなチベット人」として焼身者を描く、中国の公式見解にも接近している。
「なんで焼身するのかね……ひょっとしてこうなんじゃないの?」と何の気なしに私たちが推測すること、そのこと自体がチベット人を傷つけかねず、また中国共産党のプロパガンダとも接合する可能性がある。こうした問題に王力雄はきわめて鋭敏だ。
今回の記事ではチベットの”外部”の者たちの推測だけではなく、一部のチベット人が焼身が効果を持つと期待していることや、チベット亡命政府の硬直的な態度まで批判の範囲を広げている。
●長すぎる前書き(3):王力雄の思考的アクロバット
王の考えを理解する上で、今年1月に本サイトで紹介した王力雄のコラム「焼身抗議以外に何ができるというのか?」*3が助けとなる。このコラムで王は焼身者を英雄として讃え、チベットに力を与えたと評価する。その上で力は十分にたまったので、もはや焼身する必要はない。その力を有効に活用するために村落自治に取り組むべきだと提言した。実現性には薄い提案ではあるが、チベットの人々の思いを受け止め、これ以上の焼身抗議を食い止め、そして今の問題を解決する道筋を見出すこと。そのすべてを成し遂げようとする、(破綻した)思考的アクロバットだった。
*3:「「焼身抗議以外に何ができるというのか?」チベット人には変革への希望が必要だ」 2012年01月16日 『KINBRICKS NOW』
http://kinbricksnow.com/archives/51768427.html
王力雄、そして妻のウーセルはこうした焼身抗議を食い止め、チベットの人々のために光を見出す試みに取り組んできたが、残念ながら焼身抗議の数はこの秋から大きく増え、中国共産党の統治もさらに厳しさを増している。そうした中での王の取り組み最新バージョンが以下の記事である。
繰り返しになるが、王はこの記事で絶望説も国際社会に対するパフォーマンス説も否定する。焼身は国際社会の支援を集める力になる、チベット人の抗議活動を呼び起こす力になると説く、あるチベット人の意見も否定する。焼身した人々には明確な目的がある、ただそれを実現する方法を見出せないだけであり、彼らにそれを指し示せれば焼身は止められるというのが王の意見だ。
その方法とはこのコラムにはないが、前述の村落自治であろう。王の提言の実現性には疑問がある。しかし上述したようなさまざまな問題、緊張を引き受けていること、そのこと自体に敬意を評すべきではないだろうか?
(以上、分析はChinanews)
●王力雄「炎の遺言――なぜチベット人は焼身するのか?」 前半
「王力雄:燃焼的遺言――藏人因何自焚?」 2012年12月18日 『看不見的西蔵』
http://woeser.middle-way.net/2012/12/blog-post_18.html
翻訳:雲南太郎
https://twitter.com/yuntaitai
◆チベット人焼身抗議の難題
チベット人の焼身抗議は今、どう対応すればいいのか誰にも分からない難題になっている。
第一の困難は焼身のエスカレートだ。これまでに本土のチベット人97人が焼身している(2012年12月11日現在。このほかにも国外の5人が焼身した)。このうち、2009年の焼身者は1人、2011年は12人、2012年は現時点で84人。今年11月に限っても28人が焼身している。焼身中止を求める呼びかけには全く効果がなく、いつ終わりが来るのか誰にも分かっていない。
第二の困難、それはこれだけ多くの者が焼身したため、焼身をどう否定しても犠牲者に対する不当な態度になり、焼身者の家族や友人を傷つけてしまう。逆に、焼身の報道や称賛、供養、慰問、寄付などはかえって焼身を後押ししてしまう。
第三の困難。当局の鎮圧から起きている焼身を、当局が再び犯罪行為とみなし、鎮圧を続けていることだ。このため、人道的な立場から焼身を止めようとする努力は、当局と一体何が違うのか、という混乱に陥ってしまっている。
第四の困難。外部の者が焼身者に同情しながらも焼身行為を理解しないことだ。焼身の効果が見えないため、当初のショックが過ぎ去った後、絶え間ない増加に伴って感覚は麻痺している。
第五の困難。焼身について国際社会と中国のインテリ層が沈黙を守っているとして、チベット人エリートが不満を抱いていることだ。これは焼身運動に理論面での支援が欠けていることと関係がある。一方、チベット人エリートは焼身を抽象的に肯定するばかりで(具体的に理論面の支援をせず)、民衆を十分には導いてはいない。
第六の困難。損得勘定によって各国政府がチベット人焼身問題を避け、あいまいな態度を取っていることだ。経済を至上とする世界では、自己の利益を追求する経済人の思考は別におかしくはない。ほかの民族(例えば、よりひどい境遇のウイグル人)と比べても、チベット人は既に大きな注目を集めてはいるが、冷たくされたような感覚はぬぐえない。
この難題をどのように解くか、あるいはどう立ち向かうべきかを理解するためには、相次ぐ焼身がどんな望みを伝え、どんな目標を追求しているのかを明確にする必要がある。この点についてはさまざまな解釈が存在し、ごく一部を強調しただけのものも多い。ひどいものになると、必要に応じて一部だけを切り取ったものもある。現状では焼身者個人の十分な情報はないが、統計を使った分析なら全貌に迫れるのではないかと考えた。
2009年にタベーが本土で初めて焼身して以降、チベット人作家ウーセルは全ての焼身者をその都度記録し、すぐに情報をまとめ、彼女のブログ「看不見的西蔵」(見えないチベット)に掲載してきた。以下、このコラムの統計と分析には彼女が記録した情報を用いる。
また、チベット人の焼身をひき起こしている最大の責任は中国政府にあるという点は説明しておく必要がある。これは非常にはっきりしている。紙幅に限りがあるため、この結論は繰り返さない。より建設的な討論を望みたい。
◆焼身者数の時間的分布
2012年に焼身した本土のチベット人の数を月ごとに分けた(下の表)。3月(10人)と11月(28人)に二つのピークがあることが分かる。
3月には、「チベット蜂起記念日」(10日)、2008年抗議の記念日(14日)、2008年にンガバ(四川省アバ県)で抗議参加者が銃殺された記念日(16日)、中国政府の定める「農奴解放記念日」(28日)がある。
3月のピークにはこれらの日付が関連しており、全体的には中国の民族政策への抗議なのだと合理的に判断できる。抗議の意思表明は焼身の主要な動機の一つだと考えるべきだ。
(画像が見られない方は下記URLからご覧ください)
http://px1img.getnews.jp/img/archives/c11.jpg
◆2012年の本土での焼身状況
焼身の最大のピークは、中国共産党の18大(第18回全国代表大会)が開かれた11月だ。10月の焼身者数は3月と同じ10人。18大は元々10月の開催だと広く伝えられていたから、10月の焼身も18大と関連があるだろう。18大前後に現れた集中的な焼身は、中国の新しい指導者にチベット政策を変えるよう仕向けるためだったと理解できる。変化を促す手段としての焼身。これは焼身を理解するための重要な入り口のはずだ。
◆遺言の分類と分析
焼身者の遺した遺言から、焼身の動機と訴えをより理解できる。私が分析した遺言は全て、焼身者が焼身前に遺したものだ。手書きや録音もあれば、友人に話したものもある。これまでに本土のチベット人焼身者26人の遺言が明らかになっている。このほか、焼身時に叫んだスローガンが多く記録されている。スローガンの内容はほぼ一致しており、大部分は「ダライ・ラマの帰還を」「チベットに自由を」といった内容だ。焼身の瞬間に叫ばれたスローガンと比べると、事前に遺された遺言は多岐にわたっている。このため、遺言について分類、分析してみよう。
私は内容に応じて遺言を7種類に分類した。それぞれの遺言に一つの内容しかないわけではない。ある遺言はいくつもの内容を含んでいる。断っておくと、私は焼身を分析、理解するための手段としてのみ分類したのであって、誰もが自分の理解に応じて分類していい。
(画像が見られない方は下記URLからご覧ください)
http://px1img.getnews.jp/img/archives/efbd832.jpg
<遺言の分類>
1. 苦痛に耐えられない 遺言の数 5 人数 5人 人数の割合 19%
2. 勇気を示し、責任や苦痛を引き受ける 遺言の数 8 人数 9人 人数の割合 35%
3. 当局への抗議、要求 遺言の数 5 人数 5人 人数の割合 19%
4. 国際社会に注目を促す 遺言の数 1 人数 1人 人数の割合 4%
5. ダライ・ラマへの祈り 遺言の数 9 人数 10人 人数の割合 38%
6. チベット独立の主張 遺言の数 5 人数 5人 人数の割合 19%
7. (具体的目標を伴う)活動として 遺言の数 12 人数 14人 人数の割合 54%
注・二人が一緒に遺した遺言もあるため、遺言の数と人数は一致しない。
遺言の分類から次のような見方ができる。
・絶望は主な焼身理由ではない
まず、いったんは流行した「焼身とは、目の前の境遇に耐えられない絶望から出てきた選択だ」という見方についてだ。亡命政府の指導者も以前、そう公言したことがある。この理由はないとは言えないが、全体に占める割合は19%だけだ。7項目の分類の中では比較的低い部類に入る。
・焼身者は国際社会に助けを求めていない
「国際社会にチベットへの関心を高めてもらうために焼身している」という見方も流行した。しかし、ネット作家グドゥップを除けば、そこに触れた遺言はなく、比率は最も小さい。本土のチベット人は、私たちが当然考えるようには国際社会に望みを託していないと分かる。一方、焼身する国外のチベット人(分類には入れていない)のうち、ジャンペル・イシェは世界の支持を求めると2回書いた。もう一人、シェラップ・ツェドルも焼身前、チベット問題に注目するよう国際社会へ呼びかけた。国際社会の支持を求めることは、一貫して国外のチベット人の主な目的だったし、これまでにチベット亡命政府が重点を置いてきた仕事だ。この点に内外チベット人の違いが現れている。
・抗議と要求は言うまでもない
当局への抗議と要求がはっきりと示された遺言は19%。しかし、焼身時に多くの者が「ダライ・ラマの帰還を」「チベットに自由を」「パンチェン・ラマ11世の釈放を」「言語の自由を」などのスローガンを叫んでおり、全て抗議と要求を伝えているものと考えられる。同時に、多くの焼身者について言えば、たとえ遺言やスローガンがなかったとしても、焼身行為自体が抗議と要求を含んでいるのは言うまでもない。
・チベット民族の精神力を最も示せる要素
焼身によって勇気を示し、責任や苦痛を引き受けると述べた遺言は全体の35%を占める。これは外部(当局や国際社会)に向けられたものではなく、身をもって自分の人格の力を見せる一種の英雄主義だ。尊厳を守り、苦痛を分かち合い、勇気を鼓舞し、声援を送ることによって涅槃にたどり着いたかのような自我の昇華だ。典型的な遺言には、「チベット民族の尊厳のために焼身する」(ペンチェン・キ)、「私たちが武力鎮圧を恐れていると彼らは考えているが、それは間違いだ」(プンツォ)などがある。チベット民族が最も尊ぶ精神の力を体現している。
・宗教的な供養としての焼身
焼身をダライ・ラマへの祈りだと述べた遺言(当局への要求と抗議を同時に含む)は38%を占め、2番目の多さとなっている。この中には、チベット内部に勇気や苦痛を分かち合う決意を伝える要素もあり、宗教的な性質を持つ一種の奉献だ。例えば、ソバ・リンポチェは遺言テープで、ダライ・ラマに命と体をささげ、衆生を済度すると述べた。肉体を燃やして供物とし、功利を求めず、功徳だけを求める。宗教を信仰しない者には理解しにくい。こうした宗教精神は多くのチベット人が備えており、焼身の原動力になり得る。
・チベット独立について
遺言で明確にチベット独立を求めたのは4人。ほかに一人が焼身によって「チベット国を守る」と書いており(タムディン・タル)、計19%を占める。このほか、焼身時に数人がチベット独立のスローガンを叫んだ。2008年以来、独立意識はチベット人の間に広がっている。亡命チベット人作家ジャムヤン・ノルブはダライ・ラマ帰還のスローガンを全てチベット独立要求と同一視しているが(参照リンク:英語)、いささか牽強付会の説と思われる。
・(具体的目標を伴う)活動として
14人の焼身者は12の遺言で、(ダライ・ラマの帰還やチベット3大地方の団結など、具体的な目標を伴う)一つの活動として焼身を語っている。これは最も比率の高い(54%)グループだ。抗議や絶望を伝えるだけではなく、18大期間中の焼身のピークと同じように、犠牲が目標を実現させる助けになることを望んでいるのだと分かる。
本当に焼身が目標実現の助けになるのか、彼らには全く分かっていない。それでも、テンジン・プンツォが遺言で書いたように、「このまま生きて、むなしく待ち続けることはできない」。心の痛むこの言葉は焼身を理解するカギになるだろう。深く考えてみる価値はある。
以下、後編に続く。
執筆: この記事は中国、新興国の「今」をお伝えする海外ニュース&コラム『KINBRICKS NOW』からご寄稿いただきました。
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