今回は『World Review』からご寄稿いただきました。
■世界で勝ち抜けない「時間にルーズ」な日本人 ― 渡辺 龍太
世界的に見て日本人は待ち合わせに遅れないし、新幹線だって分刻みで動くし、通販だって指定した日付の希望通りの時間帯にだって届く。そんな事から日本人の大半は、自分たちは時間にルーズでないと思っている。しかし、本当にそうだろうか。これらの現象は、結果的に時間に正確に行われているだけで、他の先進国の住人が持ち合わしている時間を守るという観念が日本にあるとは到底思えない。
なぜなら、日本人が時間を守っていると思っている現象が、目上の人の言うことには絶対に従うという日本文化の一部がそう見えるに過ぎないと感じるからだ。
私は米国で4年暮らし、東京発の英語ニュースの制作という外国人の多い職場で働いてきた。その経験から考えると、米国人に比べて日本人は他人、特に目下の人に対する遅刻に対して何倍も厳しい。なので、多くの人は時間を守ろうという意識ではなく、目上の人に失礼がないように努力しているだけというのが本質だと思う。
例えば、仲の良い数人で映画を見に行く約束があり、映画を見る事には全く影響のない範囲で誰かが遅れたとする。日本人が何人か集まると、先輩や後輩などの理由からカースト的な上下関係が生まれるので、特に年下などのカーストの下位の人がが遅刻した場合、先輩風をふかしている人物はとたんに機嫌が悪くなったりする。場合によっては遅れてきた後輩は先輩を怒らせたと気を使って、先輩にジュースの一本でも差し入れたりする事もあるだろう。
一方、私の接してきた米国人の場合、そもそも日本社会より友人関係の中の暗黙の序列というのはほとんどないという事もあるが、誰かのせいで映画を見に行く事が出来無い程の遅刻をしない限り、誰が遅刻をしようと、その遅刻は大きな問題にはならない。
つまり、日本人は映画を見るという共通の目的の達成のためだけに時間を守っているのではなく、目上に対する礼儀を重んじるあまり、結果的に時間を守ることになっているのである。その証拠に、友人関係のカーストの上位の目上の人物の遅刻に対する周囲の追求は行われない。
また時間を守る理由が礼儀となってしまっているので、効率というのは全く無視されてしまう。それは目上の人と酒を飲む時に手酌をさせるという事が失礼だという例を考えればよく分かる。
多くの日本人は礼儀なので先輩には手酌をさせまいと努力するが、手酌で飲むほうが楽かもしれないという事を口にする人はほぼいない。つまり、時間を目下に守らせるというのも、これと同じように全く効率を考えない礼儀作法の一部なのである。逆に米国人は礼儀と言うより共通目的を実行する為に時間を守るので、それだからこそ、日本人より時間にゆるい部分があるのだ。
こう考えると日本企業が始業時間だけにうるさいわりに、終業時間を全く気にかけていない事も説明ができる。日本企業は仕事を効率的に行う為に時間にうるさくしているのではなく、雇用者と被雇用者という上下関係をはっきりさせる礼儀としての時間の観念を社員に求めているだけだ。
なので、有限である社員の時間を効率的に使おうという意識は希薄だ。そうやって時間を有効活用しようという意識がないものだから、延々と会議が長引いたり、周りの人が帰らないからサービス残業をしていくというような他の先進国では起きないような事が起きるのである。
この日本人の時間の観念が、上下関係にすぎないという事を踏まえて、企業の社員に対する接し方と顧客に対する接し方を比較したい。
社員に対しては上の立場に立っているので、社員の時間に対して世界的に見て極めてルーズな体質を持っている企業が、目上に当たる客に接する時は世界的にも極めて時間に正確な体質に変身してしまう。
企業は客に対する礼儀として時間を正確に守る。そして、客も礼儀として企業が時間を守る事を当然と考えている。そして、それは礼儀なので、なぜそうする必要があるのかを考える人はほとんどいない。
なので、企業が時間を守るという事にコストをかける事で、物やサービスの値段が上がっているのかもしれないという事も客は特に気にしない。だからこそ正確なダイヤが売りだと新幹線などを輸出しようとした際に、時に外国からオーバースペックで高いと思われてしまう気持ちが全く理解できない日本人が多いのだろう。
現在、グローバルが進み、日本は今まで以上に世界と競争し、それに打ち勝たなければ豊かにはなれないのは明らかだ。今まで、効率、つまり時間の観念を無視して日本人は世界の誰よりも働くという事で、世界の上位に食い込んできた。
しかし、一日は24時間しかないので、どんなに日本人がサービス残業をがんばろうとも、色々な技術を持ちつつある労働賃金の安い発展途上国とは価格面で競争は出来無い。また国内のサービス産業だって、生産性が低くても根性で乗り切れば良いという方式で既に何年も競争が行われてきているので、根性方式を強化しても従業員の使える時間はもう残ってはいない。それは企業の伸びしろはもう無い事を意味する。
そうなると、日本人が世界と競争するには、今まで無視していたが時間あたりの効率を考えた仕事というのを追求していく以外に方法は無いのだ。それには時間を守るという事が礼儀の一部でしかないという認識を捨て、もっとタイムマネンジメントを意識していく必要がある。
では、それを具体的にどう行っていけば良いのかと言えば、もう大人の頭を変える事は難しいので、子供への教育しかないだろう。小学校のうちから時間を守るという事は礼儀というだけでなく、物事を効率的に進めるために不可欠な要素だと教えなければならない。
小学校の先生は生徒の遅刻だけを厳しく取り締まったり、生徒に対する目上の先生だからといって授業に遅れても良くて延長も自由に行えるという態度を改め、どんな立場の人でも決められたルール通りに始まりの時間を守り、効率的に物事を進めて終わりの時間をきちんと守る事が重要だと教えていく必要がある。それは必ず日本を強くする事につながっていくに違いない。日本が世界に勝つには、まずはこの問題をもっと真剣に考える必要があるのではないだろうか。
※初出:アゴラ言論プラットフォーム
http://agora-web.jp/archives/1541256.html
<World Review編集長:渡辺龍太(わたなべ・りょうた)>
十代後半で単身渡米し、ニューヨークやカリフォルニアで学生映画の出演や制作などをしながら4年過ごす。そして帰国後、テレビ制作会社の業務委託でNHKのニュース番組のディレクターを数年勤めた。その時に得たニュース制作のノウハウを使ってWR通信を設立した。現在は、舞台、ラジオなどにも出演している。
Twitter @ningenhyoron
執筆: この記事は『World Review』からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2013年06月17日時点のものです。
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