ガジェ通

『千日の瑠璃』457日目——私は大晦日だ。(丸山健二小説連載)

2013/01/01 14:31 投稿

  • タグ:
  • 登録タグはありません
  • タグ:
  • 登録タグはありません

 

私は大晦日だ。

三度の食事をし、玄関先の雪をかき、風呂へ入るほかにこれといった用事もない人々まで気ぜわしくさせている、大晦日だ。どうにかこうにか遣り繰りしながら、ともかくこの一年を生きた者、万事が好都合に運び、悉く願いが適って思わず知らずにんまりする者、仔細があって一時身を隠さなくてはならなかった者、父親から直伝された技をしっかりと身につけ、職人として独立した者、内因は差別にある、と手応えのない世間へ向って声高に叫びつづけた者、早計に失して浅見を恥じた者、他人のなかに肉身に彷彿とした面影を発見して、やみ難い望郷の念に駆られた者、然るべく計らい、如才なく立ち回ったにもかかわらず、何ひとつとして成果を得られなかった者、生来の美質である才知のひらめきがいよいよ結晶し始めた者、あれは善意に基づく行為であったと七カ月間も言い張った者、産道を限界まで押し広げてまほろ町に淀む空気を初めて吸った者、迂闊に近寄った神に取り込まれて一心に祈りを捧げなくてはならなくなった者、病褥を離れる日を夢見て早十年経つ者、そんな人々は否応無しに私によってひと区切りをつけさせられる。そしてかれらは、きょうの延長ではないあしたへ駆けこむ肚を固め、来年への期待を呼びこむバネにしようと、気持ちをぎゅっと引き締める。

少年世一はきょう、自分の部屋を隅々まで掃除し、鳥籠をぴかぴかに磨き、我を忘れた。

(12・31・日)

丸山健二×ガジェット通信

■関連記事

丸山健二氏特別寄稿(1)『文学の黄金期は存在しない。』

『千日の瑠璃』456日目——私は救急車だ。(丸山健二小説連載)

『千日の瑠璃』455日目——私は隠し味だ。(丸山健二小説連載)

『千日の瑠璃』454日目——私は商店街だ。(丸山健二小説連載)

『千日の瑠璃』453日目——私は杖だ。(丸山健二小説連載)

ブロマガ会員ならもっと楽しめる!

  • 会員限定の新着記事が読み放題!※1
  • 動画や生放送などの追加コンテンツが見放題!※2
    • ※1、入会月以降の記事が対象になります。
    • ※2、チャンネルによって、見放題になるコンテンツは異なります。

ガジェ通

ガジェット通信編集部

月額:¥550 (税込)

コメント

コメントはまだありません
コメントを書き込むにはログインしてください。

いまブロマガで人気の記事

ガジェット通信プレミアムチャンネル

ガジェット通信プレミアムチャンネル

月額
¥550  (税込)
このチャンネルの詳細