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国民国家とグローバル資本主義について

2012/12/21 20:31 投稿

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国民国家とグローバル資本主義について

今回は内田樹さんのブログ『内田樹の研究室』からご寄稿いただきました。

■国民国家とグローバル資本主義について
ある通信社から、選挙結果について、新政権がどのような方向をとるかについてコメントを求められた。
それについてこんなことを書いた。

大づかみに言うと、いま日本を含めて地球上のすべての人々は「国民国家とグローバル資本主義の利益相反」という前代未聞の状況を前にしている。

国民国家というのは、別に太古から存在したものではない。1648年のウェストファリア条約で基礎づけられた近代の統治システムである。

常備軍と官僚制を備え、領域内の人々は「国籍」というものを持ち、その領域に排他的に帰属しているという意識を持つ(それ以前、例えばカール五世はネーデルランドで生まれて、スペイン王で、神聖ローマ皇帝で、パリに住んでいた)。

国民国家が標準的な政治単位になってそろそろ400年である。賞味期限が切れかけてきたらしく、20世紀末になって脱領域国家的なグローバル資本主義が登場してきた。

ボーダーレスに人・モノ・資本・情報が激しく行き交うさまを人々はうれしげに言祝いでいるが、忘れてはならないのは、カール五世の場合がそうだったように、それらの交易で得られた富はもう国民国家の「国富」ではないということである

グローバル企業は単一の国籍を持っていないし、経営者や株主たちも特定の国家への帰属意識を持っていない。だから企業の収益は原理的には「私物」である。

グローバル企業は特定の国の国民経済の健全な維持や、領域内での雇用の創出や、国庫への法人税の納税を「自分の義務だ」と考えない。そんなことに無駄な金を使っていては国際競争に勝ち残ることができないからだ。

これからのち、政府は人件費を切り下げ、巨額の公共事業を起こしてインフラを整備し、原発を稼働して安価な電力を提供し、法人税率を引き下げ、公害規制を緩和し、障壁を撤廃して市場開放することをグローバル企業から求められることになるだろう。そして、私たちの国の政府はそのすべての要求を呑むはずである。

むろん、そのせいで雇用は失われ、地域経済は崩壊し、歳入は減り、国民国家の解体は加速することになる。

対策としては、ベタなやり方だが、愛国主義教育や隣国との軍事的緊張関係を政府が意図的に仕掛けるくらいしか手がない。気の滅入る見通しだが、たぶんこの通りになるはずである。(ここまで)

実際にはこんな過激なことは紙面に掲載できないとデスクが判断して、穏当な表現に書き替えられ、字数も減らされたものが掲載されるはずである。

以下、コメントについての解説。

政治史的文脈で言うと、「国民国家の頽勢期」に私たちは投じられており、その中で政治指導者たちは「グローバル資本主義」に軸足を置くか、「国民国家」に軸足を置くかで、ふらふらしている。

それは世界中どの国の政治指導者も同じである。

経済のグローバル化はある種の自然過程であり、これに適応しなければ、領域国家は「食い物」にされるだけである。

けれども、グローバル資本主義に加担すれば、遠からず国民国家そのものが瓦解する。グローバル資本主義には「国民経済」という概念がないからである。ある領域内部にすむ住民の福利を他のことよりも優先的に配慮するというのは国民国家にとっては「常識」だが、グローバル資本主義にとっては「たわごと」である。

さすがに国民国家が現実に政治装置として存在する以上、「国民のことなんか知るかよ」とは言い切れないので、弥縫策として「トリクルダウン」理論というものが動員された。

グローバル企業が収益を上げれば、その「余沢」が国民国家の貧乏人たちのところにも及ぶであろうというものである。

それを口実にして、「とりあえず国際競争力のある企業に国民国家の資源を集中させるために、国民は増税負担を受け容れ、賃下げを受け容れ、社会福祉や医療の切り下げを受け容れなければならないが、我慢してもらえば、いずれ『おこぼれ』が回ってくるだろう」という話で、ことが進んでいる。

「トリクルダウン」はグローバル資本主義と国民国家のあいだの本質的な矛盾を糊塗するための「詐欺的理論」であるが、現在のわが国の政治家は全員がこれを信じているふりをしている。

ほかに経済システムと政治単位の本質的な両立不能性を「ごまかす」手立てがないからである。

本気で「トリクルダウン」を信じている人たちは愚鈍である。

ほんとうは信じてないが、そういって国民をごまかして時間稼ぎをしている人たちは知的に不誠実である。

私たちが今なすべきなのは、「国民国家は賞味期限が切れかけているが、他に何か生き延びる知恵はないのか」ということをまじめに考えることなのだが、それだけは誰もしようとしない。

執筆: この記事は内田樹さんのブログ『内田樹の研究室』からご寄稿いただきました。

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