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投票の趨勢からエジプト・ムスリム同胞団の「地盤」を探る(東京大学准教授 池内恵)

2012/12/18 12:31 投稿

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※この記事はニュース解説サイト『Foresight』より転載させていただいたものです。 http://www.fsight.jp/ [リンク]

エジプトで新憲法草案への国民投票の第1回投票が12月15日に行われた。エジプトが、手続きに則って新体制設立への敷居を超えられるか否かは、「アラブの春」の成否と、今後の展開を占う、重要な意味を持つ。

投票は地域ごとに二回に分けて行われ、第2回投票は一週間後の12月22日に行われる。

現地メディアが報道する第1回投票の暫定集計【1】【2】では、賛成票が4,595,311 (56.50%)、反対票が3,536,838 (43.50%)とされる。新憲法制定を急ぐムルスィー政権が優勢と言える。

投票率は50%を超える見込みで、昨年3月19日に行われた、旧憲法の一部条項を改正する憲法改正案への国民投票の投票率(41%)を大きく上回っている。新憲法案とムルスィー政権に反対するリベラル派が一時抱いていた、ボイコットによって新憲法を葬るという望みはほぼなくなった。

第1回投票は27県(首都カイロ含む)のうち10県で行われた。カイロとアレクサンドリアの二大都市に加え、ダカハリーヤ、シャルキーヤ、ガルビーヤといった下エジプト(ナイル・デルタ地帯)の、人口規模の大きい県を含んでいるため、約5100万人の登録有権者のうち約半数の2500万人が第1回投票の地域に居住しているものと見られる。

10県のうち8県で賛成票が反対票を上回った。そのうち4県では賛成票が76~79%と「ダブルスコア」で圧倒している。しかしそれらは上エジプトやシナイ半島のいわば「地方」で、人口が少ない。地中海沿岸の第二の都市アレクサンドリアやナイル・デルタ地帯では、賛成票は反対を上回っているが、ダブルスコアまでの大差ではない。

●カイロでは反対票が上回る

首都カイロでは賛成票950,532 (43.1%)に対し反対票が1,256,248 (56.9%)で大きく上回っている。ナイル・デルタ地帯のガルビーヤでも反対が52.13%で上回ったようである。有効投票者649万人(今年5月から6月の大統領選挙の時点での数値:以下同じ)を抱えるカイロでの反対票の幅によって、地方での圧倒的な票差を縮めているようだ。

しかしアレクサンドリア(有効投票者329万)ではムスリム同胞団やサラフィー主義(超伝統主義派)が勢力を増しており、今回も55.6%が賛成票を投じた。

第二回投票で反ムルスィーを掲げるリベラル派や旧政権派が、第1回投票でついた票差を縮め、覆すのはかなり難しい。第2回投票がなされる県のうち、人口規模が最大なのは、カイロ都市圏に属すギザ県(同429万人)だが、これまでの選挙での投票の動向を見る限り(行政区としての)首都カイロのように大差で反対票が上回るとは考えにくい。ギザ県はピラミッドやスフィンクスがあることで知られるが、観光地を取り囲んで砂漠に膨大な低価格の集合住宅群が広がるスプロール地帯であり、まさにムスリム同胞団の票田である。あまりに広大で急速に拡大しているために、ムスリム同胞団すら浸透が追い付かず、「取り残された」広大な地域がサラフィー主義諸勢力の草刈り場になっている。しかし今回は両者とも憲法草案への賛成を表明し、早期の新体制設立を呼び掛けている。

ムスリム同胞団・旧体制派の「地盤」と「スイング県」

現在のエジプトの全体状況の方向性を大まかに見る際に、筆者は大統領選挙の第1回投票(5月23・24日)と決選投票(6月16・17日)の結果を手元において参照している。あくまでも過渡期の現段階での趨勢だが、ムスリム同胞団が安定的に支持を取り付けた県と、旧体制派が強い県と、その中間の、リベラル派がキャスティング・ボートを握っている(と見られる)「スイング県」に色分けできるからである。

もちろん米大統領選挙とは違って、エジプトでは県単位での勝敗には意味がなく、大統領選挙でも国民投票でも単純に全国で合計して結果を出すのだが、県ごとの投票動向を見ていくと、主要勢力の支持の地域差が見えてくる。

これはかなり大雑把な基準だが、憲法制定国民投票の第1回投票で、それぞれの「地盤」が守られているか、どこが失われているか、そして「スイング県」をどちらが取っているかを見ていくと、第2回投票を含めた全体の趨勢や、その背後にある国民全体の政治意識・諸勢力の支持構造がぼんやり見えてくる。

●ムスリム同胞団の「地盤」

5人の主要候補が競った大統領選挙の第1回投票では、27県のうち13県でムルスィー候補は首位に立った。決選投票ではこの13県をそのままムルスィーが取っている。13県のうち7県(アスワン、アシュート、ファイユーム、メニヤ、ソハーグ、ワーディー・ゲディード、ケナー)が上エジプト(ナイル川のカイロより上流の地域)であり、上エジプト8県のうち7県を強固に固めていることになる。これらの県は下エジプトの広大なデルタ地帯と比べると人口は少ないが、上エジプト全体を押さえている点は大きい。スエズ運河地帯の3県のうち2県(スエズ、イスマイリーヤ)でも勝っている。また首都近郊のスプロール地帯であるギザ県で大差で勝っている点は大きい。アレクサンドリアなど他の大都市の郊外でも同様の強みを秘めていると考えられるからだ。下エジプトについては2県(ブヘイラ、ベニー・スエイフ)でのみ第1回・決選投票を続けて制している。

● 旧体制派の「地盤」

これに対して、大統領選挙で、旧体制支持派とリベラル派の一部やキリスト教徒の支持を集めて台頭したシャフィーク候補は、第1回投票では6県で首位に立った。同様に決選投票でもこの6県でそのまま勝っている。旧体制派が影響力の強い県と言えるこの6県のうち5県(ダカハリーヤ、シャルキーヤ、ガルビーヤ、カルユービーヤ、メヌーフィーヤ)はナイル・デルタ地帯で、上エジプトはルクソールだけである。

●「スイング県」の動向

 ムスリム同胞団と旧体制派が、第1回投票と決選投票で続けて制して、ひとまず「地盤」を固めたかに見える19県以外の8県が、いわば「スイング県」と言えよう。この8県には首都カイロ、2番目の都市アレクサンドリアが含まれる。また、アレクサンドリアやポートサイードなど、地中海岸に面して海外貿易の盛んな5つの県がすべて含まれ、紅海岸でのダイビングを目玉にした欧米向けの観光開発が盛んな県(紅海県と南シナイ県)もすべて含まれる。

第1回投票ではそれら8県のうち5県(カイロ、アレクサンドリア、カフル・シャイフ、紅海沿岸県)で、左派民族主義者で、労働組合やリベラル派の票の受け皿となったハムディーン・サッバーヒー候補が首位に立った。また、2つの県ではムスリム同胞団から離脱してリベラル派に接近したアブドルモネイム・アブルフトゥーフが首位に立った(ダミエッタ、マルサ・マトルーフ)。

カイロとアレクサンドリアで第1回投票では「第3の候補」に票が集まったことは、都市部を中心に、「ムスリム同胞団でもなく、旧体制派でもない」候補を求める有権者がかなり多くいることを示す。同時に、たとえカイロとアレクサンドリアで勝利しても、それだけでは全国では勝てないということも明らかになった。

決選投票ではこれらの大都市中心部を主とする「スイング県」の有権者は、ムスリム同胞団と旧体制派のいずれかの選択を迫られた。決選投票では両者が4県ずつを分け合った。ムルスィー候補がアレクサンドリアなど地中海岸の4県を独占したのに対して、シャフィーク候補はカイロで勝利し、ポートサイード、紅海県、南シナイ県でも勝利した。

シャフィーク候補が決選投票ではカイロで57.7%を獲得したことは、旧体制派の揺り戻しやムスリム同胞団への警戒感が首都中心部で強いことを示したが、ギザ県では第1回・決選共に大差をつけてムルスィー候補が勝っていることから、都市近郊のスプロール地帯でのムスリム同胞団への支持は中心部とは異なっていることがわかる。

同様に、アレクサンドリア中心部では反ムスリム同胞団が強いものの、郊外スプロール地帯ではムスリム同胞団やサラフィー主義が圧倒的である。カイロと近郊ギザ県との対照が、アレクサンドリアの中心部と郊外の間にもみられる。同様の構図がその他の大都市にもあると考えると、カイロでムスリム同胞団への批判・警戒心が強いということは、都市部全般にこの傾向が当てはまることを意味しない。カイロやアレクサンドリアの中心部で声の大きいリベラル派は国内外のメディアに露出度が高いが、膨大な人口を抱える近郊の「声なき都市民」の支持を取り付けている限りは、ムスリム同胞団の優位は揺るがないと言える。

また、旧体制派がナイル・デルタ地帯でかなり地盤を確保したことから、解散させられた国民民主党(NDP)の集票組織がまだ残っているようにも見える。ただし農村部にそのような県がいくつかあっても、都市部や郊外を押さえない限り、過半数には及ばない。そして「スイング県」のうち決選投票でシャフィーク候補が勝った県は、カイロを含め、紅海県や南シナイ県など、経済的に海外からの観光客や貿易に依存していることが顕著だ。これらの投票は旧体制への強い支持というよりも、その時々で「安定」をもたらしてくれそうな勢力を支持するという意味を持っているかもしれず、旧体制派の支持に根深い広がりがあるとは考えにくい。

● 覆し難い憲法草案

 憲法草案への国民投票の第1回投票の結果を「地盤」と「スイング県」に分けてみると、おおよその動向が見えてくる。

 大統領選挙でムスリム同胞団が「地盤」を固めた13県のうち4県が、憲法草案への国民投票の第1回投票で投票したが、やはり4県とも賛成が圧倒的多数である(76~79%)。

一方、大統領選挙で旧体制派が押さえた6県のうち3県で今回の投票が行われ、いずれも下エジプトのナイル・デルタ地帯だったが、1県(ガルビーヤ)では反対票が52.13%で賛成を上回った。残り2県では賛成票が上回ったが、シャルキーヤ(賛成65.94%)、ダカハリーヤ(賛成55.1%)と、上エジプトのような圧倒的な差ではない。しかし大統領選挙で旧体制派が支持を固めた3つの県のうち2つから賛成多数を得たことも、今回の憲法草案はそれなりに旧体制支持層からも支持を得ていることを示した。

そして「スイング県」のうち3県が国民投票の第1回投票を行ったが、ここには合わせて有権者数が1000万人に近い(全体の5分の1を占める)カイロとアレクサンドリアが含まれている。カイロが反対多数、アレクサンドリアが賛成多数と分かれたが、これは大統領選挙の決選投票でのカイロ(シャフィーク勝利)、アレクサンドリア(ムルスィー勝利)の結果の分裂と似ている。観光地の南シナイ県は大統領選挙の決選投票ではシャフィーク候補が勝ったが、今回の国民投票では57.72%が賛成した。これはいずれも「混乱の長期化を避けたい」という意思を表明した投票と見ることができる。

 第1回投票での県単位の投票行動を、大統領選挙の2回の投票と関連付けて見た限りでは、憲法草案はムスリム同胞団の強固な支持層からだけではない、より広い支持も獲得しているものと見られる。状況次第でリベラル派が優位に立つことがあるカイロとアレクサンドリアはすでに投票を終えた。第2回投票で人口規模が大きい県は、ギザ県などムスリム同胞団やサラフィー主義派など憲法草案を支持する勢力が地盤を固めている。大統領選挙で旧体制派が強かったナイル・デルタ地帯でも、今回の国民投票では一定の賛成票を得ている。(1)都市近郊スプロール地帯に反ムスリム同胞団意識を高める、(2)ナイル・デルタ地帯の旧体制支持層を、明確に現行の憲法制定手続きへの反対に転じさせる、といった難事業を成し遂げない限り、賛成と反対の差は広がりこそすれ縮まりはしないだろう。ムスリム同胞団の傲慢・独裁的な姿勢が見えたり、大規模な不正が報告されるなど手続きそのものの信頼性が低下したりしない限り、12月22日の投票でも同様の結果が出て、憲法草案が国民投票で信任されるという見通しが立つ。

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池内恵 Satoshi Ikeuchi

東京大学先端科学技術研究センター准教授

1973年生れ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』『イスラーム世界の論じ方』(2009年サントリー学芸賞受賞)、本誌連載をまとめた『中東 危機の震源を読む』などがある。

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