今回は『中村和洋法律事務所』からご寄稿いただきました。
■競馬の勝馬投票券に対する配当に高額な課税がなされている件についての担当弁護士からのご説明
本件については、私、中村和洋が主任弁護人として、また、不服申立て等についても代理人弁護士として担当しております。
各新聞紙等で広く報道をされておりますが、正確な事実関係をご理解いただくために、以下に本件に関するQ&Aとして、説明をさせていただきます。
●Q&A 1 どのような事案ですか。
会社員のAさんは、平成16年ころから、市販の競馬予想ソフトに、自らが過去の統計を基に分析したデータや計算式を付け加えることによって、独自のシステムを構築し、インターネット上で馬券を購入するようになりました。そして、JRAで開催されている期間の全競馬場のほぼ全レース(障害レースと新馬戦を除く)の馬券を購入し続けていました。
当初は100万円を資金としていましたが、その後、それは順調に増え続け、平成17年から平成21年までの5年間の馬券の収支は、購入金額が合計約35億500万円、配当金額が合計約36億6000万円となり、合計約1億5500万円の黒字となりました。各年度の成績はおおむね以下のとおりです(なお、いずれもおおよその金額です)。
平成17年 購入金額:9900万円/配当金額:1億800万円/差額:900万円平成18年 購入金額:5億3800万円/配当金額:5億4400万円/差額:600万円
平成19年 購入金額:6億6700万円/配当金額:7億6700万円/差額:1億円
平成20年 購入金額:14億2000万円/配当金額:14億4600万円/差額:2600万円
平成21年 購入金額:7億8400万円/配当金額:7億9800万円/差額:1400万円
合計1億5500万円
なお、配当金として得た金額については、次回以降のレースの購入費用に継続的に充当していたものであり、上記のように合計としては約36億6000万円の配当を得ていますが、それは各レースにおける配当金額を単純計算で合計したものにすぎません。
実際に口座に入金されていたのは購入金額との差額がまとめて週明けの月曜日にJRAから入金されていたのであり、口座の残高は各年度とも、多いときでも数千万円にすぎませんでした。
その後、平成23年に、Aさんは、国税当局から、上記競馬の収支について、一時所得であり、はずれ馬券は経費としては一切認められないとして、的中馬券だけを経費をとして計算した内容に基づく課税処分を受けました。
国税当局の所得の計算は、以下のとおりです(同じくおおよその数字です)。
平成17年 購入金額:600万円/配当金額:1億200万円/差額:9600万円平成18年 購入金額:1800万円/配当金額:5億2000万円/差額:5億200万円
平成19年 購入金額:3200万円/配当金額:7億6700万円/差額:7億3500万円
平成20年 購入金額:6500万円/配当金額:14億4600万円/差額:13億8100万円
平成21年 購入金額:3100万円/配当金額:7億9500万円/差額:7億6400万円
合計34億7800万円
※なお、配当金額の計算方法等に一部異なる点があるため、Aさんの計算と国税当局の計算では若干の食い違いがあります。
国税当局は、上記計算を根拠に、所得について約17億円とし(一時所得は収入の2分の1が所得とされます。)、そのため、Aさんは、所得税約6億8000万円、無申告加算税約1億3000万円の課税処分を受けました。
また、確定申告をしていなかったことをもって、単純無申告犯として検察庁に告発し、起訴されています。
その他、地方税としても約1億7000万円の課税処分を受けており、延滞税も合せると約10億円以上もの多額の税金を支払うことを求められています。
●2 どうして確定申告をしなかったのですか?
Aさんは、当初、競馬の収支が黒字になったことから、確定申告をすることを考えました。しかし、インターネットで情報を集めて調べたところ、国税当局は、上述のようにはずれ馬券を経費として認めないことを知りました。
そうすると、Aさんは、もし申告すると、自分の手元に残ったお金の何倍もの多額の税金を払わなければならなくなると思いました。
Aさんは、普通の会社員として当時年収約800万円(額面)があったにすぎず、実際に手元に入った馬券の払戻金を大幅に上回る納税をすることは不可能でした。
そのため、もし確定申告をして国税当局の言うとおりの納税を求められると生活が破綻してしまうと思い、確定申告をすることができなかったのです。
●3 本件では、何が争点ですか?
Aさんが、馬券で得ていた所得の種類と経費として算入できる範囲です。
国税当局は、「一時所得」、つまり、偶然入った所得だと主張しています。
Aさんは、一時所得ではなく、「雑所得」だと主張しています。
そして、馬の収入の経費について、はずれ馬券を経費に認めるべきか否かという点が争点となっています。
●4 国税当局の主張の根拠はどのようものですか?
通達で、馬券の収入については「一時所得」の例としてあげられています。
国税当局はこれをそのまま適用して、馬券はたまたま的中したことで偶然、配当が得られるものだから「一時所得」であるとしています。
また、当たり馬券の配当については、はずれ馬券の有無や金額は関係ないので、当たり馬券の購入金額だけが経費になると主張しています。
●5 Aさんの主張の根拠はどのようなものですか?
Aさんは、自ら独自のシステムを構築した上で、そのシステムに基づいて、インターネットで自動的に馬券を注文していました。その回数は、極めて多数回にのぼるもので、継続的なものでした。
また、Aさんのシステムは、過去のデータを統計的に分析した結果に基づいて、各レースで馬券を多数購入し、投資した金額の全体の回収率を高め、投資金額よりも多くのリターンを長期的に得るというものでした。
所得税法において、「営利を目的とする継続的行為」は、一時所得に当たらないとされています。
Aさんのしていた行為は、まさに「営利を目的とする継続的行為」であるから、一時所得には当たらないと主張しています。また、競馬は娯楽という面もありますが、単に消費するだけでなく、一定の馬券による払戻があることや、実際にAさんが継続的に利益を上げていたことからしても、「営利の目的」があるのは明らかだと考えています。
そして、その他の所得にも当たらないことから、「雑所得」であると主張しています。なお、雑所得の例としては、FX取引や先物取引で得た利益が挙げられます。このように雑所得となる場合には、1年間の間に得た利益と生じた損失との差額が、所得と解すべきことになるので、当然、はずれ馬券の購入金額も、経費となります。
●6 本件が「一時所得」ということであれば、はずれ馬券は経費にはならないのですか?
必ずしもそうとはいえません。
Aさんのシステムは、多種類かつ多数の馬券を継続的に購入することで、統計的な見地に基づいて、投資金額よりもおおきな金額を回収しようとするものです。
したがって、購入した馬券のほとんどは必然的にはずれ馬券になります。
しかし、そのようなはずれ馬券も含めてたくさんの種類の馬券を購入しないことには、回収率を上げることができず、利益を得られない仕組みになっているのです。
ですから、仮にAさんの所得が「一時所得」であるとしても、はずれ馬券の購入経費も、投下資本に当たるといえるので、経費として認めるべきであるとAさんは主張しています。
●7 現在、Aさんは、税金は納めていないのですか?
Aさんは、本件で不服申し立てをしていますが、課税処分を取り消されるまでは、納税をしなければいけません。
課税処分を受けた後すぐに、上述の自分の考え方に従うと納めなければならないであろう税金として約5500万円を納税しています。
その後も、残っていた預金から生活にどうしても必要なお金等を除いた約1300万円を納税し、給料の中から、毎月、当初は10万円、現在は8万円ずつの納税を続けています。
なお、Aさんは、競馬で得た配当金の一部で株式を購入していましたが、リーマン・ショックの影響で多額の損失を出したこともあり、現在、預貯金等はほとんどありません。
●8 Aさんは、今はどんな生活をしているのですか。
Aさんは、現在、手取りで毎月30万円くらいの収入がありますが、妻子を抱えている中、上記のような納税を続けているので、生活は大変な状況です。
しかも、ひょっとしたら10億円以上の納税義務が確定しまうかもしれないという大変な不安の渦中にあり、これは、一生払っても払いきれないですし、破産をしても免れることはできないので、ご家族も含めて暗澹たる気持ちでおられます。
●9 そもそも競馬の配当金にそんなに重い課税をする必要があるのですか?
その点については、多いに疑問があります。
競馬の売上げの25%は、JRAの収入となりますが、実際にはその半分近い10%が国庫に入ります。つまり、最初から税金を引かれているようなものです。
はずれ馬券とはいっても、結局はJRAの収入になっているのですから、それを経費として認めず、当たり馬券だけに多額の納税義務を課すのは、明らかにおかしいと考えています。
●10 Aさんは悪いことをしたのでしょうか。
そうとはいえません。
上記のとおり、国税当局の馬券に対する課税の取り扱いはあまりに非常識で、誤っていると思います。
税金というのは、「担税力」、つまり税金を支払う能力があるところにかかってくるものです。しかし、国税当局の取り扱いは、Aさんの担税力を大きく超えて、実際に入っていないお金を所得として課税するもので、違法性が重大だと考えています。
生活が破綻することを覚悟してまでAさんに確定申告を期待することはできなかったものと思います。
また、Aさんは最初に準備した100万円を元手に競馬をしていたのであって、生活を犠牲にしてまで競馬にのめり込んでいたわけではありません。むしろ、健全な馬券の買い方をしていたといえます。一定の決められた枠内で馬券を購入し、それがもし増えればそれを元手にまた馬券を買うというのは、競馬ファンとして、むしろ模範的な買い方といえるでしょう。
Aさんが、違法な賭博をしてお金を得ていたというのであればともかく、公営の競馬で、健全な範囲で投資を続けていたいたことを原因として、こんな不当な課税処分にまきこまれ、生活が破綻しかねないというのは、あまりにも理不尽ではないでしょうか。
●11 どうして課税当局は、そこまでして多額の課税をしてきたのですか?
馬券で高額の収入を挙げるということは通常は考え難く、また、実際にはそれを国税当局として把握することは難しいので、課税されることはこれまでほとんどなかったものと推測されます。
万馬券がたまたま当たったとすればそれは偶発的所得なので、一時所得になる、という従来の素朴な考え方を、現在の予想ソフトやインターネットを駆使した継続的な取引にまで形式的に適用したことで、こんな非常識な課税になっているものと思われます。
●12 今回のことは、どうして課税当局に発覚したのですか?
それはわかりません。
●13 国税当局の考え方が認められてしまったらどんな影響がありますか?
馬券を年間で継続的に購入している人は、たとえトータルでは負けていても、競馬の配当から当たり馬券の購入金額のみを差し引いた金額が90万円以上になる場合には、確定申告し、納税しなければならなくなります。
でも、そんな不合理なことはおかしいので、競馬ファンは、実際には申告をしないか、そうでなければ、馬券の購入を控えるかしないことになり、いい影響があるとは思えません。
●14 Aさんの主張が認められたらどんな影響がありますか?
年間トータルで利益が出た場合には、確定申告をしなければならないということになれば、ルールが明確になるので、むしろ確定申告をきちんとしようという人が増えると思います。悪影響があるとは思えません。
●15 今回の事案について担当弁護士としてはどのように考えていますか?
非常に理不尽であり、国税当局、検察当局の主張は間違っていると考えています。特に、本件で刑事起訴までしたことについては、事案の実質をみておらず、法律家としてのセンスを疑うとしかいいようがありません。
「本件についての報道 平成24年11月29日付読売新聞・毎日新聞(PDF)」 『中村和洋法律事務所』
http://www.k-nakamura-law.jp/img/publications/20121129.pdf
執筆: この記事は『中村和洋法律事務所』からご寄稿いただきました。
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