一連の遠隔操作ウィルス事件で逮捕された被疑者の母親に対して捜査員が「親子の縁切り」を宣言した旨の調書にサインするよう要求し、拒否されていたことを被疑者の弁護人が明らかにしたことを24日の記事で報じましたが、警察が自白を強要する材料に「親子の縁切り」を使用した事件と言えば2003年に発生し、2007年に起訴された全員が無罪判決を勝ち取った志布志事件について触れないわけには行かないでしょう。
●志布志事件の「踏み字」でも自白強要に使われた「親子の縁」
この事件は2003年4月の統一地方選に際して、鹿児島県議会議員選挙で当選した中山信一県議会議員(当時)の陣営が選挙区内の住民に対して缶ビールや現金を供与したとして13名が最長で1年以上も取り調べのために身柄を勾留され、起訴されたにも関わらず供述調書以外の物証が全く存在せず買収の場となったとされる会合についても全てアリバイが立証されて全員(1名は公判中に死去のため控訴棄却)が無罪となったもので、鹿児島地裁での公判中より事件そのものが中山さんを陥れるために警察が“創作”だったのではないかと指摘されていました。この事件において、鹿児島県警の強引な取り調べ手法の代名詞的な存在となったのが「踏み字」です。
選挙に際し、中山さんの陣営に運動員として参加していたホテル経営者の川畑幸夫さんは投開票翌日の4月14日に志布志署から出頭要請を受け、捜査担当者から「中山陣営の運動員が志布志町(現在の志布志市)内の集落で住民に票を取りまとめる見返りに缶ビールを配った容疑がある」と言われますが川畑さんはそのような事実に全く心当たりが無く否認しました。任意の取り調べなので普通ならばここで川畑さんの取り調べは終了するはずですが、警察は川畑さんを連日のように署へ呼び出して否認を続ける川畑さんに集落で缶ビールを配ったことを認めるよう再三にわたり強要します。そして、取り調べ3日の4月16日には警部補が川畑さんの父親・奥さんの父親・孫の3人からのメッセージに見立てた「お前をそんな息子に育てた覚えはない」「こんな男に娘を嫁にやった覚えはない」「早く正直なじいちゃんになって」と書いた紙を提示し、椅子に座っていた川畑さんの両足をつかんで3枚の紙を何度も踏み付けさせる「踏み字」を強要したのでした。結局、川畑さんが容疑を認めず物証も出て来なかった(そもそも存在しなかった)のでこのルートの捜査は打ち切られましたが、川畑さんは精神的ショックから体調を崩して入院を余儀なくされました。後にこの警部補は特別公務員暴行陵虐罪で刑事告訴され、有罪(懲役10月・執行猶予3年)が確定しています。
●全員無罪、そして民事訴訟は今も続く
公判中から指摘されていた「この事件そのものが警察主導で一から作り上げられた創作だったのではないか」と言う点に関しては、中山さんら無罪判決を勝ち取った当事者と遺族が「刑事裁判では解明されなかった捜査手法の問題点について明らかにしたい」として国と県を相手取って起こした民事訴訟の審理が現在も続いています。今月21日に鹿児島地裁で開かれた本人尋問では、中山さんが当初の取り調べに際して容疑を認めたことにつき捜査員から「妻は認めている。お前が認めれば妻はすぐ釈放する」と言われたことが理由であったとし、後に接見した弁護人から「奥さんが容疑を認めている事実は無い」と知らされて否認に転じると「死ね」と暴言を浴びせられ「殺せ」と言い返すと「自分で死ね」と返されたと取り調べの凄惨な実態について証言を行いました。
2007年に鹿児島地裁で全員の無罪判決が確定した後、鹿児島県警は捜査員の指導徹底などを主な内容とする『いわゆる志布志事件無罪判決を受けた再発防止策について』と題する文書を発表していましたが、この文書はいつの間にか鹿児島県警のサイトから削除されています(Wayback Machineにも残っていません)。民事訴訟は現在も続いているにも関わらず、鹿児島県警にとって重大な汚点である志布志事件はもはや「遠い過去の話」扱いにしたいと言う意図すら疑われる後ろ向きな対応と言わざるを得ないでしょう。
●志布志の教訓はいずこ──遠隔操作ウィルス事件でも繰り返された自白強要
この事件当時、鹿児島県警のトップだった久我英一本部長は東京都青少年・治安対策本部長や警察庁警備局長を経て2011年より神奈川県警本部長となっています。遠隔操作ウィルス事件の捜査に関して神奈川県警が公表した検証報告書では、当初の被疑者であった大学生に対して「台所にチョコレートケーキがあった。その横にお前がいた。ケーキが無くなった。お前の口の周りにチョコレートが付いている。誰が食ったのか。俺は食ってない。今のお前は、それと同じだ」と自白を強要したことが明らかになっていますが、図らずも志布志事件と同じトップの下で同じように結論ありきの自白強要が繰り返される構図が存在していたのです。今月20日の定例記者会見で久我本部長は新年度から民間の技術者を採用するなどサイバー犯罪対策強化に取り組む方針を明らかにしましたが、そうした対策と合わせて取り調べの全面可視化を導入し未だに警察内部で平然と幅を利かせている「自白は証拠の王様」と言う前近代的な“常識”と決別することこそが急務ではないでしょうか。
また、久我本部長の後任で鹿児島県議会において再三「取り調べは適正だった」「自白を強要した事実は無い」と裁判で認定された事実に反する答弁を繰り返していた倉田潤本部長は前任者と同じ東京都青少年・治安対策本部長を務めた後、兵庫県警本部長を経て現在は警察庁交通局長となっています。
画像:川畑幸夫の踏み字公式ブログ [リンク]
※この記事はガジェ通ウェブライターの「84oca」が執筆しました。あなたもウェブライターになって一緒に執筆しませんか?
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