効果バツグン!年の差カップルを結びつけた共通の趣味
源氏側の「ゴリ押し」にも見えた年の差カップル、冷泉帝と斎宮女御。最初は年の近い弘徽殿女御と公平に扱っていた冷泉帝ですが、ある時から斎宮の元へ入り浸りになります。2人の仲を急接近させたのは共通の趣味でした。
帝は絵を見るのも描くのも好きで、貴公子たちの中でも、絵の上手な人がお気に入り、というほど。一方の斎宮も絵が大変上手です。おっとりしたお姉さんが絵筆を持って「次はどんな風に描こうかしら…」と悩んでいる様子がとっても可愛らしく、帝はどうしてもこちらに居続けるようになりました。趣味の効果は絶大です。
危機感を覚えたのは頭の中将。ゴリ押し年の差カップルだからと甘く見ていたのに、これは想定外の展開。でも絶対に源氏に負けたくない!「帝が今までご覧になったことがないような、斬新で珍しい絵をご用意せよ!」と号令し、自宅に絵師たちを集めてカンヅメさせ、極秘に絵巻を仕立てます。
今見ても面白い!人びとを夢中にさせた絵巻の世界
平安時代頃から本格化したと言われている”絵巻”。高価な紙や画材、素材を使って作られる絵巻は上流階級の楽しみの一つでした。古くからの絵巻を大切に所蔵・収集・修復するのはもちろん、新作づくりや、古い作品のリファインも盛んだったようです。源氏物語が書かれた時期の絵巻は残念ながら現存しないようですが、絵を描くシーンや絵巻を見るシーンは、貴族たちの身近な娯楽としてよく登場します。
筆者も参考までに『絵巻マニア列伝』という企画展を観てきました。平安末期から江戸時代までのコレクションで、絵物語絵や戦記物などの美麗なもの、壮大なものから、イラスト集やギャグマンガ風のものまで、知られていない作品も多く大変面白かったです(オナラネタが多かったのが印象的)。『海幸山幸』のお話では、海の生き物たちが擬人化され、今で言うコスプレっぽくなってるのも可愛かったです。
個人な感想としては、絵巻はコマ割りのない、横スクロールのカラーマンガを見ているような感じでした。詞書は別立ての事が多いですが、絵だけで話の流れがわかるものも多く、筆者の隣で見ていた見知らぬおばさん二人組は、ゲラゲラ笑っていました。
絵巻制作の裏側も紹介されており、「詞書は字のうまい○○院にご依頼しよう」「一巻は最初なので特に凝った装丁にして、紙も地紋入りの特別エディションに!」など、当時の絵巻プロデューサーの企画・依頼書や、絵巻オタクの情熱がびっしり書き込まれたメモ(字の密度が異常)、絵好きの父子で絵の貸し借りをした時のお礼状などもあり、”見る・描く・創る”それぞれの立場のアツい思いをうかがい知ることが出来ました。現代人がこれほどマンガ大好きなのも、なるほどそうかと思える内容でした。
「続きが見たい!」持ち出し禁止&小出し作戦で帝を釣る
弘徽殿女御のところにも面白い絵があると聞いた帝は「これはすごい。斎宮にも見せてあげたい!」。でも、頭の中将は「こちらは全て、持ち出し禁止でございます」。しかも勿体つけてすぐにしまってしまい、ゆっくり見せてくれません。更に「今も鋭意製作中ですから、新作にご期待下さいね」とPR。こうなると、帝はちょくちょく弘徽殿に足を運ばざるを得ません。
『絵巻マニア列伝』では、室町幕府9代目将軍・足利義尚が「僕のお気に入りの絵巻!あれが今すぐみたいんだよ~!!」とねだったエピソードも紹介されていました。9歳で将軍職に就いたものの名ばかりで、趣味に走るしかなかった彼は、有名な絵巻オタク。あちこちでこれを繰り返し、返却しないこともあったので”絵巻狩り”とも。ちょっとジャイアンみたい。
冷泉帝はそこまでではありませんが、続きが気になる絵巻を自由に見たいのは山々。そこを利用し、帝を釣る作戦は一応成功です。話を聞いた源氏は「頭の中将は相変わらずだな。それにしても、もったいぶって陛下を困らせるのはよくないことだ。うちにも絵はいろいろあるから、選んで献上しよう」。紫の上と一緒に、所蔵コレクションをあたります。
中国の故事を題材にした『長恨歌』や『王昭君』は、絶世の美女が帝と死に別れる内容なのでNG。中には源氏が須磨・明石で描いたスケッチもありました。紫の上はこの場で初めて絵を見、荒涼とした磯辺の風景に胸を打たれます。「今までどうして見せてくれなかったの?」
源氏は紫の上の恨み言をもっともだと思いつつ、別なことを考えています。(海の絵巻は、最終的には藤壺の宮に差し上げよう。明石の彼女は今頃どうしているだろう…)。苦労の日々の結晶は、妻の紫の上には見せず、結局は宮にあげたいんだ…。ただ源氏をひたすら待っていた紫の上が、今この時も不憫です。
空前の”絵巻ブーム”!覇権をかけたバトル開催へ
貴族たちは絵巻ブームに湧きます。ちょうど、宮中に来ていた藤壺の宮もこれを見過ごせず、珍しく仏様へのお勤めもサボりがちになるほど。女房の中から知識人を選んで、ふた手に別れ、『竹取物語』『宇津保物語』『伊勢物語』など、著名な物語絵について内輪のディベート大会を開きます。
「かぐや姫は世間の汚れに染まらず月へ帰っていった所が気高く、神秘的」という意見もあれば、「竹から生まれた素性の卑しい女が、月へ帰るなどというのは飛躍しすぎ。宮中の描写はどこにもないし、求婚者たちが次々偽物をもってくるのもイヤらしい」と批判も。物語の内容、絵の出来、巻物の装丁にまで話が及び、なかなか決着がつかないこともしばしばでした。
教養の浅い、若い女房たちは参加できなかったので「どんな風だったの?」「私達も見たかった」と悔しがります。源氏は「それは面白い。公務も行事も暇な時期だし、せっかくだから帝の御前でオープンに、お互いの絵を競わせてはどうだろう」。こうして絵巻バトル『絵合わせ』が大々的に開催されることが決定します。
表面的には雅やかな遊びですが、実際は源氏と頭の中将の、後宮の覇権をかけた代理戦争。頭の中将はますます燃え、「あっちも本腰をいれてきたぞ。絶対に負けないように、絵だけではなく、軸や表紙、装丁もバッチリ仕上げろ!」。自らプロデューサーを務め、気合を入れて絵巻制作を指揮します。
源氏は一応「新しいのを用意したんじゃキリがないから、手持ちのものだけで」と言い、手広く収集するのみにとどめていますが、頭の中将はお構いなし。源氏が決めたことを平気で無視できる所が彼らしい。
今や宮中の仕事は、名画を集める事と、新作をリリースする事以外にはなくなってしまったかのような狂騒ぶり。いくら公務が暇な時期とは言え、こんなんでいいんでしょうか。貴族は命令してばっかりで楽そうですが、絵師の過労が少し心配です。
「あの日に戻りたい」恋路の邪魔は源氏の報復か
話題沸騰の絵巻ブームに朱雀院も参戦。斎宮へ、宮中の年中行事を描いたクラシックなものや、自分の在位中の出来事を絵師に描かせた絵巻をプレゼントします。特に、斎宮が伊勢に行く際の儀式は当代一の絵師に描かせた、まばゆいほどの出来栄えです。今で言うと人気のイラストレーターさんにお願いして描いてもらいました!みたいな感じでしょうか。
今回はお手紙はなく、使者からの口上のみ。でもその内容は「今は宮中を離れた私ですが、あの時の気持ちは忘れていません」。この期に及んでもまだ諦めきれません。斎宮は恐縮し、別れの儀式に賜ったかんざしの端を少し折って手紙に包み、「宮中も以前とは様変わりし、神に仕えていた頃が懐かしく思われます」と返事を書きました。
またまた返事をもらってしまい、朱雀院は「本当に、あの頃に戻れたら……」。それもこれも、在位中に源氏を辛い目に遭わせた報復なのかもしれない。一見、寛大そうな源氏の怖ろしい一面をこの人も感じています。
院は頭の中将側にもたくさんの絵を贈ります。朱雀院と弘徽殿女御はいとこ、朧月夜の姉は頭の中将の正妻という、二重三重に濃い血縁関係です。朧月夜も絵は大好きなので、珍しいもの、見どころのあるものを積極的に集めてあげていました。この辺は血縁という以上に、先帝という立場上、公平性に配慮しているのかなとも思います。
どんなに思っても、あの人は今上帝の妃。既に表舞台から去った朱雀院の無念をよそに、宮中では熱狂的絵巻バトルが展開して行きます。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
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