「近くにいても逢えないほうが寂しい」ご無沙汰の恋人詣で
帰京後、社会復帰を果たし、大臣という重職に就いた源氏ですが、プライベートは波乱含み。何と言っても明石の君とちい姫の件で、紫の上のご機嫌取りが大変です。せっかく戻ってきたのに、かつての恋人・愛人へはずいぶん不義理を働いていました。
やっと落ち着いた梅雨の間に、源氏は久しぶりに花散里の元へ。離れている間も源氏は援助を惜しみませんでしたが、何年かぶりに訪れた屋敷はますます荒廃していました。
それでも花散里とその姉・麗景殿女御は相変わらず慎ましく、穏やか。「水鳥が鳴くたびに戸を開けるけど、いつも入ってくるのは月の光ばかり…今日は珍しくあなたが来てくださったのね」。源氏がめったに来ないことをそれとなくいう様子も嫌味ではなく、源氏はやっぱり見捨てられない女だと思います。
「水鳥が鳴くたびに戸を開けていたら、私以外の月も入ってくるかもしれない。それじゃ困るね」。源氏は冗談でこう言いますが、花散里が浮気などするはずもない。長く逢わないでいても大丈夫、ある意味安心して放っておけるのも、花散里だからこそです。
それでも源氏が京に戻ってからすぐ来なかったのは堪えたらしく「あなたが須磨に行かれた時は、これほどの悲しみはないと思ったものだけど…お戻りになってから逢えない方が寂しかった」。ヒネるとか、持って回ると言ったところのない、花散里の素直な訴えは源氏の胸を打ちます。
実直さこそ、花散里の最大の武器。でも、ここまでアクがないとちょっとリアリティがない感もあり、怒ったりプライドが邪魔して素直になれない方が共感出来る気もします。
「出世したのはいいが、身動きが取れなくなるのはかなわない。面倒なものだ」。源氏の公的な立場は、プライベートを圧迫していきます。以前のようなお忍びデートも難しいため、過去の女性たちを一同に集めようと、源氏は本宅の二条院の東の建物を増改築します(二条東の院)。ここに明石の君も呼ぶ予定で、工事は急ピッチで進められていました。
気楽にエンジョイ?権力に未練?朱雀院周辺のその後
過去の女が忘れられない性分の源氏。あの朧月夜にもまだ未練がありました。冷泉帝の即位後、朱雀院について宮中を出た朧月夜は、源氏から誘いの手紙が来ても今は全く相手にしません。源氏は向こう見ずな朧月夜との危ない恋が懐かしい。そして、結局は兄に負けた気がして悔しいのかも。
朱雀院は退位後、たびたび趣味の音楽会などを催して、気楽な毎日をエンジョイ中。悲観していた体調も回復し、ストレスから開放されて生き生きとしています。母・太后と妃たちも一緒ですが、新しい皇太子の母(承香殿女御)だけは宮中の東宮御所にいます。この人は朧月夜に圧倒され続けていましたが、皇子を産んだことで一転、出世の道が開かれました。
朱雀院も朧月夜に「子どもがいれば」と言っていましたが、愛されても子どもが授かるとは限らないのが難しいところ。愛され続けているが将来が不安定な朧月夜と、愛情はそこそこだけど、子どものお陰で安泰な承香殿女御。どっちがいいのか、一概に言えませんが…。
太后は復権した源氏を恨み「世の移り変わりは本当に嫌だこと」とボヤきっぱなし。病気や老いも手伝って、息子の朱雀院に当たることもあり、優しい彼でさえ持て余すことがあったとか。年を取ってなおカドカドしい太后…ああ、毒母。
桐壺更衣をいじめ殺したところから始まって、この人の恨みつらみも約30年。この人からすれば、更衣や源氏や藤壺の宮(以下、宮)は宿敵に過ぎなかったとは言え、父右大臣と結託して息子を支配し、あれこれえげつないやり方を通してきたのも事実。夫に愛されず権力に走り、その魅力にどっぷりハマった太后には、穏やかな老後なんかどうでもよく、死んでも権力の座に居座り続けたかったのでしょうね。
反対に、妹の朧月夜は出世欲が感じられません。源氏との不祥事での出世コースリタイアはもちろん、源氏とよりを戻して再婚、権力者の妻として生きる、という選択もなし。妹からみても、姉の生き方は見習いたいようなものではなかったのでしょう。朧月夜の破天荒な生き方には、本人の性格に加え、姉・太后の影響も大きいのだろうなと改めて思います。
源氏は太后にも礼を欠かさず、丁寧に接しますが、世間は「あれじゃあ太后もかえってやりにくいだろうな」。本心からそうしているのか、それとも皮肉交じりの嫌味なのか?というのも、源氏はある人に対しては露骨に復讐的な態度を取っているからです。
「絶対に許さない!」源氏が根に持つ”小心者の義父”
即位したばかりの冷泉帝には、まだ妃も揃っていません。貴族たちは早々に娘を後宮に送り込み、寵愛を得ようと考えています。宮の兄で紫の上の父・兵部卿宮もその1人。娘は紫の上とは腹違いの姉妹(冷泉帝とはいとこ同士)になるので、政権中枢にいる源氏にも是非後押しをして欲しい…。しかし源氏は全く取り合わず、付き合いも避けていました。
源氏は自分が世間から見放された時、手のひらを返した兵部卿宮が許せません。「あの時、紫の上は親からの援助どころか、優しい手紙ひとつもらえず、どれだけかわいそうだったか」。おまけに、継母からは「あの子は不幸の星の下に生まれてきているのね、いい気味よ」と嫌味まで言われて、さんざん恥ずかしい目に遭いました。
同じ義父でも、左大臣(現太政大臣)一家の誠実さとは大違い。小心者の兵部卿宮は自己保身をしたつもりで、結果的に自分の首を絞める羽目になったのです。リスクを承知で、はるばる須磨に訪ねてきてくれた頭の中将の男気のかけらでもあれば、こんなことにはならなかったのに…。
「藤壺の宮と紫の上、最も大切な2人の肉親と思い、前はずいぶん親しくしたのに…」源氏としては、その分寝返ったことを根に持ち、今となっては憎さ百倍。基本的には親切で寛大な源氏も、兵部卿宮一家だけは露骨な態度を取り続けます。まあ、仲良くしていた人に裏切られるのが一番腹が立ちますよね。
宮もこの件を聞いて「仲良くしてくれないのは困ったわ」。宮は息子が帝となったので、本来なら新太后となるべきですが、既に出家しているので『女院(にょういん)』という立場になり、社会面・経済面も相応の格式になりました。
何よりも嬉しいのは、自由に宮中に出入りできること。以前は太后の仕打ちで、息子に会うことすらままならなかったことを思うと夢のようです。宮としては「息子を帝に」という悲願も果たし、何不自由ないのですが、源氏と兄との確執に胸を痛めています。ただの友達でも裏切られたら複雑なのに、社会的立場も絡んだ縁続きなので完全に断ち切れないのもややこしい。頭の痛い問題です。
能力・才能・容姿など、共感できないほど出来すぎていた光源氏に、復讐心というのがあったんだ!とわかるこのシーン。帰京後、光よりも影の部分が増し、だんだんダークサイドに堕ちていく源氏の姿はとっても恐ろしいのですが、若い頃よりもずっと面白く、魅力的だと思います。
ここから兵部卿宮一家との冷戦状態はしばらく続き、一見和解したかに見えた兄・朱雀院にも、源氏の復讐(?)と思しい対応が待っています。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
(画像は筆者作成)
―― 見たことのないものを見に行こう 『ガジェット通信』
(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか
コメント
コメントを書く