最愛の女性、藤壺の宮(以下、宮)を激しく求めたものの、応じてもらえずスネた源氏。仕事である皇太子の後見もボイコットし、お寺での引きこもりライフに切り替えます。お寺で読経に経典読破、これで煩悩も消えかと思いきや、源氏が書く手紙といえばラブレターばかりでした。
「帰る実家がない」天涯孤独な紫の上の不幸
源氏はお坊さんたちが日々のお勤めをしているのを見て、うらやましく思います。「いいなあ、毎日やることがあって。こうして仏様に祈りを捧げていれば、来世のことも頼もしいだろう。それに比べて、俺はこんなところで自分を持て余しているだけだ」。
忙しいから考えないで済む、ヒマだから余計なことを考える…。源氏は正真正銘”いいご身分”だからこそ、お寺で油を売っていてもいいわけで。貧乏ヒマなしで悩みも多い筆者としては、あんたのほうがうらやましいよ!
季節は秋。紅葉がはじまり、秋の草花も風情のある頃。来し方行く末を思いつつ、やっぱり想われるのは、宮のこと。そして自分を頼りにしている紫の上のこと。結婚後、数日も家を空けることがなかったので、源氏はせっせと紫の上に手紙を書きました。
「出家でも、と思って試しにお寺に来たんだけど、やっぱり心細いし寂しいね。もう少しお説教を聞くつもりなのでまだ帰らないが、あなたを置いてきたので心配で」。
仕事を干され気味で引きこもりの旦那が、一両日どこに行ったかわからなくなった挙句、戻ってきたと思ったら今度はお寺。おまけに「出家でも」とか言われても…。奥さんはどうしたらいいの?実際、しっかり浮気歩きもしているし、紫の上が気の毒です。
紫の上の不幸は、宮の身代わり、源氏の浮気グセももちろんですが、なにより実家がないことです。
通い婚の時代、葵の上のように結婚しても実家暮らしなら、トラブルがあっても親兄弟が守ってくれる。紫の上はイレギュラーで、さらわれてきてそのまま結婚。
源氏が実父の兵部卿宮に結婚報告したので、親との付き合いは復活したのですが、実家にはイジワルババアの継母がいて、その子どもたちもいる。継母は紫の上のことを妬み、あら捜しをしています。
というわけで、夫の源氏に不満があっても、紫の上は他に行くところがない。源氏が浮気しようがなにしようが、一緒にいるしかないのです。「心変わりしやすいあなたを頼みにしている、私は心細い身の上です」。率直な気持ちを返事にします。紫の上って天涯孤独なんですね。
源氏は彼女の筆跡を見て「ますます上手になっていくな」と得意顔。自分の字とよく似ていて、それでいて女性らしい優しさがある点が魅力的です。「我ながらよく育てたもんだ」源氏は悦に入っています。
源氏は紫の上の教育に成功した、と今しばらく思うのですが、果たして10歳から女の子を理想通りに仕立てられるのか?その答えは終盤に明らかになります。ともかく、紫の上に類まれな性質と能力が備わっていたことが、源氏にとっては最大の幸運だったと言えるでしょう。
憧れの従姉、神に仕える方への禁断の恋文
源氏の年上の従姉、朝顔。長年の片思いの相手です。彼女は桐壺院崩御に伴い、賀茂斎院に任じられ、神に仕える生活を送っていました。お寺から近い場所なので、彼女にも手紙を出します。
「物思いの果てに家を出て、こんなところで旅暮らしをしています。物思いの原因がどなたかは、お察しいただけますね。いつかの秋が思い出されて恋しいです。昔を今に戻したいと思っても仕方ないですが」。まあ、良くもスラスラ言えるもんです。
源氏と朝顔の間には手紙のやり取りしかないのですが、源氏はまるで何かコトが起きたかのように、馴れ馴れしい様子で書きます。返事は「なんのことだかよくわかりません、俗世間とは離れた所におりますので。昔、一体何があったと仰るのですか」。
相変わらずのつれない返事ですが、高雅で巧みな筆跡を見るにつけても「今はどんなに綺麗になられたことか」と、あれこれ妄想をたくましくしています。
源氏は六条との別れを思い出し「どうも神様に恋路を邪魔されるなあ」。神への冒涜もはなはだしい!結婚しようと思えばできた朝顔だけに、彼女が遠くなってしまってからの方が気持ちが昂ぶる…。困難な恋愛こそ燃える、源氏の悪い癖です。
作者はここで、朝顔について「今までの経緯からも源氏の手紙にもたまに返事を書いているが、きつい言い方をすれば、神に仕える方として少し慎みが足らないのでは」。
六条が、娘の斎宮が潔斎中の野宮で源氏を受け入れたのに比べたら「手紙くらいいいじゃん」とも思いますが、やっぱりあんまりよくなかった様子。この件は後日、源氏の窮地に油を注ぐ一因になってしまいます。
やっと自宅へ…でも捨てられない本命への気持ち
源氏はやっと自宅に帰宅。数日会わなかった紫の上は一層美しく見えます。源氏の行動の真意がわからず、不安がっている様子もいじらしい。源氏はいつもより細やかに彼女をいたわりました。
持って帰った紅葉は、自宅の庭のものと比べると色鮮やかで綺麗です。源氏はこれを、宮中で皇太子と対面している宮に贈ります。宮も「季節の贈り物」として喜んで飾っていたのですが、よくよく見ると枝に小さく結んだ手紙が…。宮の顔色が変わります。
事情を知らない女房たちは紅葉に見入っているので、宮は気が気ではなく、「まだこんな下心があるのね、本当に困ったこと。きちんとして立派な一面、こんな無謀な事をするんだから。そのうち本当に発覚してしまう」。不快がって、紅葉を見えないところへ飾るようにいいつけました。
「宮が同情してくれるまでこっちからアクションしない」とか言ってたくせに、やっぱり宮が恋しくなって、危なっかしいことをしてしまう。煩悩だらけの源氏には、出家なんて夢のまた夢です。
宮からは息子・皇太子に関することが事務的に送られてきます。源氏はそのことが悔しいやら恨めしいやら。でも「やっぱり行かないのもおかしいか」ということで、宮が宮中を退出する日に付き添うことにしました。
高貴だから楽しめる?平安時代のNTR(寝取られ)属性
宮中に上がり、まずは兄・朱雀帝(以下、帝)に挨拶。ちょうどおヒマな時で、源氏と長々とおしゃべりを楽しみます。帝も源氏が好きだし、源氏もこの優しいお兄さんが好きでした。
帝は、自分の愛する朧月夜が源氏とまだ続いてる、というのを知っています。でも「前から続いていたらしいし、2人とも美男美女でお似合いなのだから」と考えて、責めることはしません。優しいのか意気地がないのか、それでいいのか!お兄さん!
話によっては刃傷沙汰になって誰か死んでもおかしくないレベルですが、彼はいわゆる今で言うNTR(寝取られ)属性の人…と見ていいでしょう。
実は『宇津保物語』にも似たようなケースがあり、帝が自分の寵愛する女御と、臣下がデキている気がする、でもすごくお似合いだ。2人だけだとどんな風に過ごすのだろう、妄想が広がるなあ…と独りほくそ笑み、当てつけ的に宴会のネタにして、他の人はなんだかよくわからない、というシーンがあります。
自分の女を寝取られておきながら、罰するどころか、妄想して楽しんでみる。朱雀帝が妄想して楽しんだという描写はないですが、どうも上流社会の人としては目くじらたてる方が野暮、こういうことを楽しめるのが本当に高貴な人、ということらしい…。高貴な人が持つ心の余裕というべきか、普段の生活に刺激が少なすぎるせいなのか?おおらかなのか倒錯しているのか、よくわからない!
当然ですが、みんながみんなNTRというわけでもなく、源氏なんかは後半、自分の妻を寝取られてとんでもなく怒り恨みます。そのあたりもまた多様だなあという感じです。
さて、源氏がおしゃべりを終えて、宮と皇太子の元へ行こうとした時、若い男が源氏の前を横切りながら「白虹日を貫けり、太子懼ぢたり」。故事を引いて、源氏は謀反を企てているのだろうが、政治転覆は失敗に終わるだろう!というあてつけです。
彼は太后の甥で、コネを使って出世した、虎の威を借る狐。言いがかりをつけられて嫌な気分でしたが、反論しても仕方がないので、ここは我慢してスルー。しかし、この言葉は源氏の心に突き刺さり、しばらく朧月夜との連絡も途絶えます。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
(画像は筆者作成)
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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか
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