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『シン・ゴジラ』(総監督:庵野秀明、監督・特技監督:樋口真嗣、音楽:鷺巣詩郎/2016年)が話題になっているが、ここでもやはり劇中においては伊福部昭(いふくべ・あきら[1914~2006])の手による1954年、初回東宝ゴジラ作品の音楽がその主軸をなしていることが分かる。特に「平成ゴジラシリーズ」にも受け継がれてきたメイン・テーマは、エンディングでも62年前のサウンド・トラックがそのまま用いられている。ではこの伊福部音楽の真の魅力・秘密とは果たして何なのか――作曲学的なアカデミズムの切り口よりその魅力と秘密に迫る。

7つの魅力と秘密
1)オーケストレーション
2)特殊な音階(旋法性)
3)変拍子
4)反復
5)和声法
6)ゴジラの鳴き声と足音
7)映像と音楽の合体

では詳しくみてみよう。まず、1)オーケストレーション。人間が日々異なった衣装を身にまとい化粧を施すように、作曲においてもさまざまな楽器の組み合わせによる音響・音色の創造が可能で、それらは無限大。この点、伊福部のオーケストレーションは超一流で、ここでは特にテューバ、コントラファゴット、またコントラバスといった低音楽器の活用と打楽器の使用法とに工夫が認められる。彼は多種多様なソースを生み出す事が出来るミシュラン五つ星、いわば第一級のシェフなのである。

次に2)特殊な音階(旋法性)であろう。私たちは日常、モーツァルトやベートーヴェン、またシューベルトやシューマンなどの音楽に用いられている長音階(ドレミファソラシド)や短音階(ラシドレミファソラ)といった音階に基づいて作られた、いわゆる西ヨーロッパの伝統的な音楽(通常、ハ長調やイ短調等で表される)に耳が慣らされている訳だが、伊福部は自作に東洋の音階や種々な民族旋法を用いた。そしてこのゴジラのメイン・テーマでは古いヨーロッパの教会旋法の一つであるリディア旋法(ピアノの白鍵でファ~ファまで)が使用されており、それが、3)変拍子を伴い、4)延々と反復される。変拍子については、冒頭1小節間(ドシラドシラ)は4/4拍子、次(ドシラソラシドシラ)は5/4拍子で、再び4/4~5/4拍子で繰り返され、偶数拍子と奇数拍子との交替が音楽のフレーズに微妙な変化をもたらすのである。この反復する発展手法(オスティナート)は伊福部作品における最も重要な特徴と言ってよい。

さらに5)和声法(複数の異なった音が同時に鳴る“和音”を扱う方法)。通常は、基本となる音階から導き出され、3音以上の異なった音の集まり、例えばド・ミ・ソ等によってその和声機能は成立する。しかし伊福部はあえてその中の1音をカットするのである。メイン・テーマ冒頭の強拍(第1拍目)では、ファ・ラ・ドの和音、その中央(第3音)に位置するラ音を故意に省くのである。したがってオーケストラがファとドの音のみを演奏することにより、結果このファ~ドの5度のインターヴァルが主に低音楽器の奏する空虚かつ高い共鳴度で響き渡り、ゴジラの容姿とその歩みをも連想させるのである。

6)ゴジラの鳴き声と足音。ここにもまた伊福部のアイデアがちりばめられている。彼は通常、横振動しか持たない弦楽器のコントラバス、その低いE線(ミの音)を松脂を塗ったなめし革の手袋で縦に引っ張った。すると逆の縦振動によって弦の張力は変化をきたし、複雑な音が響いた。それをテープに録音し、回転をさまざまに変化させて作り上げたのがあのゴジラの鳴き声なのである。またドーンというゴジラの大きな足音は、マイクで拾った音に残響をつけるスプリング・リバーブという機器を駆使した結果、完成されたものである。

最後に、7)映像と音楽の合体について。今日の様にコンピューターをはじめとする最新機器とはまだ無縁の時代、劇中の会話や自然音、それらを邪魔せずにかつ両者の融合を図りながら秒単位での音楽を書き進める技術――、ここにはヒッチコックのサスペンス・スリラーに代表されるハリウッド映画と真に比肩し得る作曲家伊福部昭、その彼のメチエ、アルチザンの技を垣間見ることができるのである。

この記事は、大輪公壱の寄稿による。

大輪公壱プロフィール
作曲家、秋草学園短期大学准教授・昭和音楽大学講師

Image:SNAP/REX/Shutterstock

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