歌音日記。

charlotte・charlotte考察《シャーロットの正体とは?》

2019/03/03 05:03 投稿

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超久しぶりの投稿です。飽き癖はだめですね。

さて、前置きなどどうでもいいです。先日
THE IDOLM@STER MILLION THE@TER GENERATION 14 Charlotte・Charlotte
が発売されたところであります。

私が仕掛け人ということもありまして発売前からずっと待ち焦がれていたものですが、
いざ聞いてみると、これがまぁ考察しがいのあるものでして。

結局シャーロットって何者?っていう疑問が残るので、そのあたりを考えてみようかと思います。

※仕掛け人さまたちによる本CDの同時視聴企画のあと、複数人で考察を行っており、その際にでてきた意見も取り入れ、自分なりに出した考えを書いています。
 仕掛け人さまたちの総意や公式の見解とは異なりますのでご注意ください。

ネタバレを大いに含みます。CDを聴いていない方にはこの先を読むことはお勧めいたしません。

※精神医学・心理学についてほんの少し触れていますが、筆者本人はそれらについてズブの素人であるため、誤った情報、適切でない表現を書いている可能性があります。







まず、シャルロットとシャーロット、2人の基本的な情報を挙げていきます。


シャルロットの基本情報

 ・実母はシャルロットが小さいころに亡くなっており、義母に育てられている。
 ・父親は健在だが、仕事が忙しく屋敷にはなかなか帰れない。
 ・病弱であり、屋敷の敷地外に出ることを許されていない。


シャーロットの人物像

 ・屋根裏の物置部屋にてシャルロットが出会う人物。
 ・シャルロット本人である。(シャーロット談)
 ・シャルロット以外に見たり声を聴いたりすることはできない。
 ・シャルロットの実母を知っている。


ドラマを聴くと、シャーロットはシャルロットを湖に連れていったり、義母に毒を盛ることを企てたりと、シャルロットを先導する言動、行動が多いことがわかります。

また、シャーロットの魔法により直されたはずの野薔薇の柄のティーセットでしたが、ドラマの最後、シャルロットが寄宿学校へ出発する朝に、『義母により修復された』同ティーセットが贈られます。

つまりシャーロットは、シャルロット以外に物理的にも精神的にも影響を与えることができません。そこでシャーロットとは、シャルロットを想う霊的なもの、若しくはシャルロットの妄想、幻想であるのであると予想がつきます。

以上を留意の上で考えられるシャーロットの正体として、おそらく以下の3つのうちいずれかを考えた方が多いのではないでしょうか。

 〇シャルロットの実母

 〇シャルロットが小さい頃に亡くなった双子の姉妹

 〇シャルロットの解離性同一性障害(多重人格)の一つ、或いはイマジナリーフレンド


さてこれらのどちらか、と言われると、
私なりの意見としては、三番目を取ります。




シャーロット人格が生まれたのは、おそらく実母が亡くなったとき。

シャルロットは、母の死という強いストレスから、母の死を受け入れる自分という人格をシャーロットに閉じ込めてしまいます。


シャルロットの心の奥底にある「母の死を受け入れ、乗り越えて成長したい」という気持ちから、シャーロットは実母が生前使用していた姿見の前で、シャルロットに語り掛けました。

シャルロットの「外に出てみたい」「父親に喜んでほしい」という気持ちから、シャーロットは、湖へ行き、鈴蘭の花束をつくるように語り掛けました。

シャルロットの義母に対する不信感(=実母への依存)と、それに隠れていた義母を信じる気持ちから、シャーロットは鈴蘭の香水を「毒」として、決して紅茶に入れられることのない液体をシャルロットに託しました。

成長できない子供の自分 → 毒 (=自分の思い通りにするためのもの)
一つ大人に成長した自分 → 香水

という隠喩かなとも思います。


香水を手に入れたシャルロットに、香水を授けるシャーロットはもう必要ありません。

「シャルロット、あなたはこれから一人で生きていくの。…もちろん、ずっと一緒よ。だけど、私は消えなくてはならないの。それに、これは仕方無いことでもあるの。いずれ分かるわ。なぜなら、あなたにはもう、私は必要ないから…」




・・・とまぁ、ここまでは正直、シャーロットの正体は実母でも、死別した双子でも、考え方によってどうともとれるのですが。



…シャーロットはシャルロットへ、消える直前にこのような問いかけをします。

「シャルロット、お母様のお顔は、思い出せた?」


この最後の問いかけが、シャーロットはシャルロットが母の死を乗り越えて成長するための人格ではないかという考えに至った最終的な判断材料のひとつでした。



そして判断材料のふたつめ。
カップリング曲であるミラージュ・ミラーのCメロの前に、シャルロットとシャーロットによる語りが入ります。

「もしもこのときがミラージュだったとしても、手と手を合わせ感じたこのぬくもりは、確かにここにあるから。出会えてよかった。鏡の奥の、私たち」

このセリフは、シャルロットの前からシャーロットが消えたあとの発言であることは明らかです。
鏡の奥にいるのはシャーロットだけだったはずです。それが『私たち』と言っているのは、シャルロットがシャーロットの正体について気づいた(自分の人格であると理解した)から。
ミラージュ・ミラー ”蜃気楼の鏡” を通して見た自分自身であると理解したからではないでしょうか。







とりとめのない、長ったらしい文章をここまで読んでいただきありがとうございました。
エラそうに記事を書く前に文書を書く練習をしなさい。すみません、もうひとりの私。


郁原さんのチョクメに書いてありましたが、本CDの物語には脚本家による、ある意味で明確な正解があるようです。

正解が世に出るのか、はたまた永遠に世に出ることはないのか。
どうなるかはわかりませんが、物語の妄想をするのは正解が世に出る前しかできないので、このように自分自身の備忘録も兼ねて書き記しました。



 いや、香水もそれはそれで毒じゃね?

とか、

 シャルロットとシャーロットが読んでた寄宿学校についての書籍って、まつり個人が持ってる少女漫画じゃね?

とか、

ここで書き記したこと以外にも語りたいことは尽きないですね。(もちろん真面目なこともよ)


これを読んでくれた皆様も、是非お茶を飲みながら、charlotte・charlotteついて考えてみませんか。





歌音-canon-

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