うーむ。観終わってうなってしまう。これは衝撃的な作品です。
「子どもの言うことは信じていいのか」から始まり、無実を証明することの難しさ、小さなムラ社会ゆえの怖さなど、誰にでも起こりうる、身近でかつ難しいテーマに頭を抱えてしまいました。
主人公のルーカスは、離婚と失業を経験し、ようやく幼稚園に再就職したところ。ところが近くに住む親友テオの幼い娘、クララがある作り話をしたことで、ルーカスは幼稚園でクララに性的ないたずらをした、ということにされ、彼は変質者の烙印を押されてしまいます。
ルーカスが無実を訴えても、それを証明する術がなく、小さな町ゆえに噂がすぐに広まり、彼は仕事に行けないどころかスーパーで買い物することすら拒否されるほどに。さらに、ルーカスを心配して訪ねてきたひとり息子のマルクスにまで危害が及んでしまい......。
もともと、子どもたちと真剣に向き合い遊んでくれるルーカスは、幼稚園でも大人気。クララもルーカスのことが大好きで、作り話というのも、ルーカスを貶めようといったものではなく、ちょっとした気持ちの揺れから起きたこと。
ところが、いったん話が走り出すと、大人たちは、そのストーリーに合うように事実を解釈していくもの。ルーカスの子ども好きな側面は「変態だから」、クララがあとから作り話を否定しても「ショックな出来事は記憶から消されるからだ」とされてしまう。冷静なふりをして、大人たちがどんどんヒステリックになっていく様子は、怖いけどありそうな話です。
それにしても、人物描写がリアル。脚本と俳優の素晴らしさですね。怒りを内に秘めながら冷静であろうとするルーカスと息子のマルクス、裏切られた気持ちと娘へのおぞましい犯罪への怒り、でもどこかにまさか? という気持ちを抱えた親友のテオ、その妻、クララ、クララの兄まで、ふとした表情やしぐさに、感情の揺れが見える。
ほんの小さなきっかけで、誰もが、誤解するほう、される方のどちらにも簡単になってしまう、という流れの説得力にショックを受けました。
いっそ、ルーカスが怒りに狂って町中に火でも放ってくれれば、ああ、映画のお話ね、と少しは切り分けて考えられるのに、最後の最後まで真実味があってゾクッとします。ものすごく複雑な気分......。
ハッピーな気持ちになれる映画ではないけれど、観ることを強くお勧めします。
----------------------------------------------
『偽りなき者』[公式サイト]監督:トマス・ヴィンターベア
出演:マッツ・ミケルセン、トマス・ボー・ラーセン、アニカ・ヴィタコプ
原題:JAGTEN
3月16日(土)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー
(c) 2012 Zentropa Entertainments19 ApS and Zentropa International Sweden.
----------------------------------------------
(文/ミヤモトヒロミ)
ミヤモトヒロミ | ブログライター・エディター。女性誌、女性向けWebメディアで映画やアート、カルチャー関連の記事を執筆。カフェグローブでは2007年よりブログ連載「ムービーハンター」で大人の女性のココロにささる映画評を手がける。