>>11 この大会で引退することで、長い長いうつ状態から抜けて躁転し、躁病の凄いパワーで日本人に大いなるパワーを与えている坂本花織選手の活躍を見るに、「鬱がカジュアルかつクールな時代は完全に終わったな」と思わざるを得ないのですが=総理も含め「躁の時代」が来るなと思っています。躁状態をもたらすものには、総理のような「バブル組」だけではないことを坂本選手は証明したと思いますが、躁だの鬱だのうのは、狂気ではありません。単なるノイローゼですね。 その点、三浦選手は、現在も、日本選手団氷上組の応援をしているのですが、旗を振ったり、応援したり、ごくごく普通のことをしているのに、表情、態度、オーラ、たまに出る言動などから「金メダリスト」に全く見えません。このことは何気にすごいと思います。 この件を「金メダリスト」という存在自体の価値変化とするか、三浦選手の個人的な狂気とするか、非常に重要だと思っています。金メダリストというのは、これまでは、国家を背負っていたものです。「チョコレートを模して齧ってみせる」というアレはもうこの際どうでも良いので、僕は今、きっとIOCが検討しているだろう「芸術系競技へのウエイト制の導入」が、いつから実施されるか?に興味が集中しています。 これは、旧体操(新体操の対語として)のドーピング(成長停止剤)の問題や、有名な、当時「東独」の選手で、国家の観察下にあったカタリーナ・ヴィット選手への「西側」ジャーナリストからの虐め、等々、オリンピックのダークサイド(ミュンヘン大会でのパレスチナゲリラのテロリズムのような極大な例ではなく、競技自体に内包される病理のようなもの)、それを、全くそんなつもりはなく、三浦選手は振り撒いてしまっており、同時に、出場選手の中にそれを解毒する若く健全すぎる選手を配置している。といったアンサンブルに、JOCの「周到さ」を感じますね。
「ポップ・アナリーゼ」の公開授業(動画)、エッセイ(グルメと映画)、日記「菊地成孔の一週間」など、さまざまなコンテンツがアップロードされる「ビュロ菊だより」は、不定期更新です。
音楽家/文筆家/音楽講師 ジャズメンとして活動/思想の軸足をジャズミュージックに置きながらも、ジャンル横断的な音楽/著述活動を旺盛に展開し、ラジオ/テレビ番組でのナヴィゲーター、選曲家、批評家、ファッションブランドとのコラボレーター、映画/テレビの音楽監督、プロデューサー、パーティーオーガナイザー等々としても評価が高い。
(著者)
>>11
この大会で引退することで、長い長いうつ状態から抜けて躁転し、躁病の凄いパワーで日本人に大いなるパワーを与えている坂本花織選手の活躍を見るに、「鬱がカジュアルかつクールな時代は完全に終わったな」と思わざるを得ないのですが=総理も含め「躁の時代」が来るなと思っています。躁状態をもたらすものには、総理のような「バブル組」だけではないことを坂本選手は証明したと思いますが、躁だの鬱だのうのは、狂気ではありません。単なるノイローゼですね。
その点、三浦選手は、現在も、日本選手団氷上組の応援をしているのですが、旗を振ったり、応援したり、ごくごく普通のことをしているのに、表情、態度、オーラ、たまに出る言動などから「金メダリスト」に全く見えません。このことは何気にすごいと思います。
この件を「金メダリスト」という存在自体の価値変化とするか、三浦選手の個人的な狂気とするか、非常に重要だと思っています。金メダリストというのは、これまでは、国家を背負っていたものです。「チョコレートを模して齧ってみせる」というアレはもうこの際どうでも良いので、僕は今、きっとIOCが検討しているだろう「芸術系競技へのウエイト制の導入」が、いつから実施されるか?に興味が集中しています。
これは、旧体操(新体操の対語として)のドーピング(成長停止剤)の問題や、有名な、当時「東独」の選手で、国家の観察下にあったカタリーナ・ヴィット選手への「西側」ジャーナリストからの虐め、等々、オリンピックのダークサイド(ミュンヘン大会でのパレスチナゲリラのテロリズムのような極大な例ではなく、競技自体に内包される病理のようなもの)、それを、全くそんなつもりはなく、三浦選手は振り撒いてしまっており、同時に、出場選手の中にそれを解毒する若く健全すぎる選手を配置している。といったアンサンブルに、JOCの「周到さ」を感じますね。