主婦と悪魔

現代アートか…うーん、わけがわからん…

2016/04/23 23:37 投稿

コメント:7

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 次回「人がモノを見るとは?」に続く


 各ページで使用した絵画、画像一覧

(ページ内で説明のあるもの、および絵画以外の画像でストックフォトサイトから購入したものは除く)

1p,2p,3p1コマ目:

フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)

『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』

(1886年、wikipedia掲載画像)

3p,4p1コマ目:

ワシリー・カンディンスキー(1866-1944)

A Village Street

(1886年、wikipedia掲載画像)

4p

クロード・モネ(1840-1926)

『積みわら、夏の終わり』

(1890-1891年、wikipedia掲載画像)

5p,15p5コマ目,16p7コマ目:

ワシリー・カンディンスキー(1866-1944)

『コンポジションⅥ』

(1913年、wikipedia掲載画像)

8p3コマ目右隣:

フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)

『アルルの跳ね橋』

(1886年、wikipedia掲載画像)

8p3コマ目左隣:

クロード・モネ(1840-1926)

『日傘を差す女』

(1875年、wikipedia掲載画像)

8p4コマ目右隣:

パブロ・ピカソ(1881-1973)

『アヴィニョンの娘たち』

(1907年、ストックフォトサイトから購入)

8p4コマ目右隣:

ピエト・モンドリアン(1872-1944)

『灰色の樹』

(1911年、wikipedia掲載画像)

9p4コマ目:

ワシリー・カンディンスキー(1866-1944)

『白の上にⅡ』

(1923年、wikipedia掲載画像)

9p4コマ目:

ピエト・モンドリアン(1866-1944)

『白の上にⅡ』

(1923年、wikipedia掲載画像)

10p1コマ目:

画像元:フリー素材屋Hoshino

11p1コマ目:

ピエト・モンドリアン(1866-1944)

『赤、黄および青のコンポジションⅡ』

(1930年、wikipedia掲載画像)

11p3コマ目:

ジャン=フランソワ・ミレー(1814-1875)

『落穂拾い』

(1857年、wikipedia掲載画像)

11p4コマ目右隣:

ウジェーヌ・ドラクロワ(1798-1863)

『民衆を導く自由の女神』

(1830年、wikipedia掲載画像)

11p4コマ目左隣:

ジャン・オノレ・フラゴナール(1732-1806)

『ぶらんこ』

(1768年、wikipedia掲載画像)

12p3,4コマ目:

wikipedia掲載画像

ファイル名:Biellmann-spin svg.svg

作者名:Barbetorte

12p5コマ目:

ワシリー・カンディンスキー(1866-1944)

『即興 渓谷』

(1914年、wikipedia掲載画像)

16p2,4コマ目:

画像元:フリー素材屋Hoshino


コメント

yume (著者)
No.6 (2016/05/15 05:15)
>>4
とまと船さんコメントありがとうございます。
絵画の値段や世間での価値がどのように決まっているか?という疑問を調べるのも凄く面白いと思います。
そっちの方の本も少し読みましたが、美術鑑賞とは美術館に飾られた作品を鑑賞するものであるという、現代の一般的な感覚が、そもそも近代西洋が生み出した(本来なら)独特の価値観であることなどが分かって、かなり面白かったです。
現代絵画の値段や世間での価値がどう決まるかも、基本的には、どのような価値基準でもって絵画を評価するか?を考えることが理解への近道のような気がします(まあ値段は、金持ちの投機や自己顕示的消費の対象になっていることが主らしいですが…)。
とまと船さんが推測する画家のネームバリューや、画家がその絵を描くにあたった背景なども影響するようです。
ただ、マンガの方では、現代絵画の値段や評価は妥当なのか?という疑問は今回触れずに、画家自体としては、どのような表現を目指して絵を描いたのか?を考察していく話になります。
yume (著者)
No.7 (2016/05/15 05:26)
>>5
こちらはご推察の通りです。
まさに最初はだまし絵の例から入ります、絵も「老婆と婦人」ですw(パブリックドメインなので使いやすいからが理由)。
実は、今回悩んだことの1つに、一話(章)目をどこまで描くか?というのがありました。というのは、今は、だまし絵やトリックアートが一般的に広まってるので、同じ絵でも見え方が変わったりすること自体は、それほど不思議と思われてないからです。
なので、話の途中ならともかく、話の引きを一般的にそこそこ知られていることにするのはちょっとな~と思い、せめてだまし絵の所くらいまでは描くべきかで悩んでました(なので次の話の途中で、次回に続くになりそうなページがあります…)
ただ各話の内容としては、見え方が変わることの説明を、次の話に持っていく方がスッキリするので、結局、一話目は今回描いた所までにしました。
あまり書くと次回のネタバレになるのでここらへんで(ネタバレ気にするようなマンガか~というのは重々承知ですが、まあ描いてる本人としては一応ね…)、では、良ければ次回も宜しくです。
とまと船
No.8 (2016/05/15 11:04)
yumeさん、お返事ありがとうございます。

>画家自体としては、どのような表現を目指して絵を描いたのか?を考察していく話になります。

これは知りたいですのぜ。何か特定の印象を狙った表現なのか、
それとも、その場の感情の赴くままに筆を走らせ、その感情を感じ取ってもらいたかったのか…

楽しみにしてます!
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