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琵琶湖の遊底部ログ

Talking Memorie 前編【小説】

2018/06/03 22:44 投稿

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・この物語は、以下の動画シリーズに関係ありはしますが、FromtheDepths要素皆無です。



 よお。
 俺はクジョーシュ・キノーシュ。
 昔語りをしたくなるほどには年を食っちまった、しがない男さ。
 あれは、もう何十年も前の話になっちまうな……。
 リジュ号の寅の乙階層、五三区画にある公園から始まった話だ。



 クジョーシュは手持ち無沙汰のまま、緑地公園のベンチに腰掛けた。
 非番だからと兵営から抜け出してきたものの、特にする事がある訳でもない。ただ、家系的に緑色の髪を持っているが為に、他人との関わりを避けたくなっているだけだ。だから、服装も緑色の軍服に“外出”と書かれた腕章をつけただけの、かなりおざなりな格好だった。
 現総帥リジュリュア・ヴォーフは、何年もかけて確固たる地盤構築に砕身し、それに成功した。その最たるものが、人民の間に『髪色には人的優劣が存在する』という非科学的な意識を植え付けることだ。
 先天的遺伝子操作を行い、人工子宮から産まれてくるというのに優劣もへったくれも無いものである。だが、徐々に染み込まされた“常識”というものは恐ろしい。これを非科学的として否定していた論者は、総帥義勇隊により物理的に叩かれるか、あるいは謎の力学が働いて行方不明になっている。残ったのは、我が身かわいさに口が開けなくなった者か、あるいは嘘を頭から信じている愚鈍な者だけだ。そして、この状態で世代が進めば非常識な事柄も、常識と化してしまう。
 クジョーシュ自身に物心ついた時が、変化の始まりの時であり、そして人生へのケチの付き始めだった。教育の場で無意味に吊し上げられ、職業選択の自由も無く、ただ糊口を凌ぐために軍隊へと進まざるを得なかった。これには、血をもって忠誠心を示し、無用の嫌疑を防ぐという意味合いもあった。それと同じ考えの者がクジョーシュ以外にもいたため、現在の軍隊は青系以外の髪色の者が多数を占めるのが普通だ。
 ただ、そういった面子が集まっているというのは、下手をすれば“反総帥的活動を策動している”という嫌疑をかけられかねない為、兵営内では皆、私的な付き合いを極力避けていた。クジョーシュが非番で無意味に外出するのは、その為だった。
 クジョーシュはポケットから無煙煙草を取り出し、電熱器を作動させて一服吸い付けた。リジュ号は広大ではあるが、空気税が存在する程度には狭い。だから、空気税やら純粋農作物税やらが加算される本物の煙草などクジョーシュには手が届かない。それでも捻くれた気分を晴らす為に、何らかに頼らないとやっていけなかった。
「……曹士には、なったがなあ……」
 軍隊の外で煙たがられている人員が、軍隊で出世できる訳はない。厳格な階級社会であり、自律を求められる暴力装置であるから、自ずと社会的に好ましい者が出世しやすい。従って、クジョーシュの出世の道はほぼ絶たれていた。目端が利くことから、なんとか二等曹士まで昇任したが、あとはもう退役までに一つ階級が上がればいいところだ。
「“小タ”も無理しやがって……」
 クジョーシュの上官である小隊長は、青髪だったが何かとクジョーシュに目をかけてくれて曹士まで引っ張り上げてくれたが、それが仇となって早期退役になってしまった。元から確かに退役は近かったが、転属して中隊長になるのが妥当であったのに、クジョーシュなどに構った為にそれを逃して小隊長のまま退役した。それがやりきれなかった。



 リジュリュア・ヴォーフが、権力の妄執に取り憑かれたのがいつの頃かは分からない。だが、その妄執たるや、すさまじいものであった事だけは確かだ。
 本来、都市宇宙船リジュ号の頂点たる総帥は、名高き家からなる県人会議――なぜ賢ではなく県という字なのか今や意味合いは喪われている――で決定される。リジュ号の総帥になるということは、都市宇宙船の進路、運営、そして何十万もの人民の命に責任を持たねばならず、決して権力的な旨味だけの立場ではないからだ。概ね、今までは名家の持ち回りだったが、この事は明文化されていない。リジュリュア・ヴォーフはこの点を突き、次の総帥候補であるバイバル家を蹴落としにかかった。
 リジュリュア・ヴォーフは、交代までにバイバル家を合法的に県人会議から除外できるよう、あらゆる手を尽くした。総帥義勇隊なる、軍隊以外の暴力装置を保有する事から始まり、御用学者を用いて『友人から譲られた技術に敬意を示すものが、この青髪である。それ以外は恩知らずだ』なる論調で緑髪を攻撃した。細かい事柄まで挙げていけばきりがないほどだ。そして、その手管を見ていた他家は、明日は我が身と考え口をつぐまざるを得なかった。
 ここで、バイバル家の髪色が緑系だったという本来であれば些細であった事が、クジョーシュの人生をも狂わせていた。



「……俺にも違う人生があったのかねえ」
 クジョーシュは、咥え煙草のままベンチに寝そべった。天井には、公園らしく“青い空と白い雲”が投影されているが、産まれてこの方クジョーシュは天然の空を見たことがなかった。惑星降下の機会がある空間挺身隊ならば、天然の空を見られるのではないかと思ったが、あいにくとクジョーシュを始めとして、空間挺身隊自体がまだ大気を有する惑星への降下を行っていなかった。
 このリジュ号は滅び行く郷里を離れて新天地を目指したものであるが、歴代の総帥は頑なに先住民不在の惑星か、先住民と共存可能な惑星にこだわった。その理由としては『誰かに追い出された訳ではないから、平和的に新天地を手に入れるべきだ』という、至極真っ当なものである。だが、リジュリュア・ヴォーフは、この点も無視しようとしていた。
 自らの弾圧によって、青髪以外が軍隊に大量流入する様になった事を奇貨として、軍隊の拡張を始めたのだ。非生産部門の人員を増加させる事は、リジュ号内の閉鎖系生存機構に多大な負担をかける為、禁忌として行われてこなかった。だが、武力による惑星制圧を目論むリジュリュア・ヴォーフの言い分を借りれば『もはや、我々はリジュ号なる安寧の揺り籠から出るべき』であり、更に『古くなった揺り籠は、使い潰せば良い』のであって、『我々は、自らの足で惑星に降り立つ』のだという。
 本当にそんな事が可能なのか、誰も分からない。ただ、新天地が見つからない内にこのリジュ号から放逐されることは、死を意味する。暴君リジュリュア・ヴォーフから逃げられる場所など、どこにも無いのだ。



 物思いにふけっていたクジョーシュの視界に、誰かの影が差した。逆光の為に、人であることは分かるのだが顔は影になってしまって分からない。
「ねえ、おにいさん」
「……何だよ」
 耳に入ってくる声からすると、影の主は年端もいかない少女の様だ。クジョーシュは不機嫌そうに起き上がると、ベンチの上であぐらをかいた。
 それで、ようやく声の主の顔が分かった。暗めの緑色をした髪を、うなじで一本結びにした赤眼の少女だ。顔は、通例によって整っている以上の事は言えない。クジョーシュを始めとして、みんな遺伝子調整の結果として美形なのだから、大半の人間が他人の識別を髪と眼の色で行っている。服装はワンピースで、ぱっと見たところ上等な生地で出来ているようだ。
「そこ、俺の指定席なんだ」
「はあ……?」
 少女の一人称が俺、というのはこの際置いておいてよい。そういう手合いも、少ないが珍しいと言うほどのものでもない。問題は、公共物であるはずのベンチを指定席だとのたまう、その考えだ。
「このベンチはお前の私物か? ふざけるんじゃないぞ」
 クジョーシュが不機嫌そうにベンチをノックして見せると、少女は鼻白んだ様子を見せた。しかしそれは、どうもクジョーシュが指摘した事に対しての事では無さそうだった。
「……なんだ。まだ噂を知らない人がいたんだ。へえ……」
「おい、何を言ってる」
「ねえ、軍士のおにいさん、食料切符、余ってないかな」
 当惑するクジョーシュを無視して、少女は実質非公式通貨となっている食料切符について聞いてきた。確かにクジョーシュは軍士であるから、給料以外に食料切符の配分を受けている。
「あるが……」
「それ、くれたらさ……。いいこと、してあげるよ」
 今度はクジョーシュが鼻白む番だった。
 何の事は無い。少女は私娼であり、このベンチは噂を聞いた客が待機場所にするものだったのだ。道理で周りに誰もいないと、クジョーシュは今更ながら気付いた。
 だが、目の前の少女は身長はともかくとして、発育状態から見てとてもそういう行為に及ぶのが適切な年齢とは思えなかった。
「あのさ。俺、こう見えても二次性徴終わってるから。十六だよ」
 少女は、そんなクジョーシュの内心を見透かしたかのように言ってのけた。多分、こんな視線には慣れているのだろう。営業場所が決まっている辺りからしても、手慣れたものだ。
「良く検挙されないな」
「……まあね」
 事も無げに言う少女の表情は、しかし酷く傷ついたものだった。
 よくよく見ると、少女のワンピースは生地こそ上等であるものの、着古しすぎてくたびれた様子があった。私娼などやっているぐらいだから、まともな定職に就けないのだろう。緑髪だから、それは今や当然なのかもしれない。
 定職に就けない人間は最低限の配給切符でしのぐしかなく、それは人間として生かされているだけの、ひどく矜持を傷つけられる状態だった。病院や孤児院などの社会保障施設に入っていればまだマシなのだが、そういった施設に入れない労働可能年齢層の人間までもが無職者として存在するようになって、社会問題化していた。そういった受け皿として軍隊が機能している訳だが、全員を受け入れられる訳でもない。言うまでもなく、リジュリュア・ヴォーフが原因である。
「……頼むよ、おにいさん。俺を買ってよ。今月ぐらい、肉、食いたいんだ……」
 少女は後ろ手に組んで、もじもじとした様子で艶っぽく言った。
 しかし、クジョーシュはこの少女を抱く気になどなれなかった。自分より弱い立場の人間をどうこうして、気が咎めない訳は無い。そして、少女が弱い立場になったのは、彼女自身の責任ではないし、彼女よりクジョーシュがほんの少しだけ強い立場にいるのもまた、クジョーシュ自身の成果ではないからだ。
「なあ」
「……なんだい?」
「お前を抱く気は無い」
 クジョーシュの言葉を聞いた少女は、端的に言い表せないほどに複雑な表情になった。いい食事ができなくなった事は悲しいが、しかし望んで体を売っている訳でもないから、悲喜こもごもの表情になってしまうのだろう。
「そっ……か……」
「だけど、一つ話がある」
「な、に?」
 戸惑った顔を向ける少女に、クジョーシュは一言告げた。
「俺が肉を買ってやるから、お前ん家で一緒に食うぞ」



 うん、俺自身も思うぜ。ひでえ話だって。
 その時のあいつの顔ったら、なかったな。こう、目を見開いてな、顎を落とさんばかりに口を開いてなあ。
 え、それからどうなったかって?
 それはだな……。ああ、すまねえ。今日はもう時間だ。付き合わせて悪かったな。
 今度機会があったら話すよ。



 あなたは、クジョーシュの分の酒金まで払わされた。

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